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211 日本酒は得意ではない

蒸留酒が体に合っている

 日本酒は、私が最後に味を覚えた酒だった。ずっと敬遠していた。得意ではなかったのだ。まずその匂い。そして舌に残る甘み。それでいて度数はそこそこあるので、気付くといきなり酔っている。
 酒のスタートは、ビールだった。父親は瓶ビールが好きでキリン派だった。つまり苦い昭和のラガービールである。これはさすがに子どもの私にはマズイ。法的にマズイだけではなく、味としてマズイのだ。泡の部分をよく舐めさせてもらったのだが、どうしても欲しいものではなかった。
 中学時代、父親が誰かから貰ったリキュールの小瓶が数種類、キャビネットに飾られていた。それはどうやらカクテルを作るために購入されたものらしいが、ビール好きの父はカクテルにはあまり興味を持たなかった。そのため、誰も手をつけなまま飾りとなっていた。
 忘れもしない、オレンジキュラソーの瓶を秘かに手にして、香りを嗅いだとき。得も言えぬ甘く華やいだ柑橘系の香りに魅了されて、直接グビッと飲んでしまった。「おー、うまい!」。
 中学を卒業するまでに十本ほどのリキュールをすべて飲んでしまっていた。カクテルにしたわけではなく、ストレートである。
 このことをすっかり忘れていて、それから二十年後ぐらいに銀座のバーへ行くようになってカクテルを飲ませてもらい、「この味は知っている」となったわけだった。
 高校を卒業する頃に、キャビネットを片付けることになり、父母は「もったいないけど、捨ててしまおう」と言っていたのを聞いて、いや、すでに美味しくいただいておりました、と告白して呆れられた。
 リキュールは、いわば梅酒のように、スピリッツ(蒸留酒、焼酎)に香りや味付けで果物などを入れて作られているので、そもそも、蒸留酒が自分には合っていたのだろう。醸造酒系統は、長く、苦手意識があった。ビールもだ。
 それでもスーパードライが登場した頃には、いっぱしにビールを飲んでいたはずだから、どこかで克服したのだろう。また、ボジョレーのブームもあって、赤ワインにもその頃に少しは飲み始めた。ケースで購入して毎週1本、赤ワインを飲んでいた時期があった。さすがに飲み過ぎである。
 その間も、「日本酒はちょっと」と言って、先輩が注ごうとするのを逃げていた。「ビールしか飲めません」は、ぐだぐだにならないためにはいい方法のようだったが、ビールで悪い酔いすると、とてつもなく苦しい。むしろウィスキーの方がいい。ウォッカやジンでもいい。
 日本酒は「チャンポンにするとよくない」と周囲の者たちが言っていて、酒をあれこれ混ぜて飲むのは危険だと言うのだが、中でも甘口の酒ほど危険だと思われていたフシがあった。だから余計に日本酒には手を出さなくなってしまっていた。
 結婚してからしばらくは、家でもビール中心で、酒屋さんからケースで購入していた時期もあった。生樽のブームみたいなのもあったが、私はそれほど生に拘らなかった。
 生ビールといえば、いまも吾妻橋の墨田区側にアサヒビールの本社とショップがあるけれど、そこで飲んだエクストラコールドは忘れられない。

日本酒を少し飲む

 現在も日本酒はメインではない。ビールではなく発泡酒。第三のビール。糖質やプリン体のオフになっているものはさらによい。焼酎は、キンミヤの本社を取材させていただいたこともあるけれど、いまは麦焼酎ならなんでもいい。芋焼酎に一時的に魅了された時もあったが、ある時から飲めなくなってしまった。ムリに飲むことはない。
 日本酒は一杯。それで十分、楽しい。それは妻の影響が大きい。いまは一滴も飲めない妻だけど、知り合った頃はしょっちゅう飲み歩いていた。日本酒が好きで、それは食べ物の選択とも合っている。日本料理系統のお店なら、日本酒が合う。ビアホールの油っこい食べ物を妻はあまり好きではない。どちらかと言えば珍味系が得意で、そうなるとやっぱり日本酒が合うのだ。食事と酒のマッチングは、飲む機会が増えれば増えるほど、いわば舌が肥えるというか、うるさくなってしまうようだ。
 その点で、麦焼酎のお湯割りは、私としてはなんにでも合うのでとても便利だ。しかも、焼酎をグラスに入れるのは最初だけで、飲んではお湯を足すので最後はただのお湯になっている。この飲み方があとに残らず、最も好きなのである。
 かつては、いくら飲んでも顔も赤くならず、大して酔わない人間だったので、仕事中に昼間から飲むこともあった。中年になると、体調によって顔に出るようになり、弱くなった。飲んだら仕事にならない。
 おっと、ここまで書いたら、酒にまつわる失敗が脳裏に浮かんできてしまったので、この辺にしておきたい。飲んでも飲まれるな、と言われるが、人は時として度を越して飲みたくなる時もあるのだ。その薄暗い記憶は、しっかりと奥深くに埋めておいた方がいい。

いまの段階ではこれで完成としたいけど。


 
 

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