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Labの男60

 Labの男60

季節がわりをつげる少し肌寒い
風が吹き抜けていく。
見通しがいい遮るモノのない広大な土地
ヒト気がない砂利道を独り男が歩いている。
まっすぐに歩く革靴が
砂利を踏みしめ規則的ななリズムを奏で
同じリズムで長髪の黒髪が揺れている。
チョコレートの箱を開けたように
規則正しく並ぶ四角の石が連なるなか
見定めた場所に到着したのか歩みが止まる。
石の前で腕を組みしばらく眺めている。
黒ずくめの男が墓石を前に突っ立ってる。
妖艶な異様さは隠しきれない。
あまりにも長身黒スーツのいでたちは
間違えて死神が迎えに来た風にしか見えない。
墓石には稗田 清十郎と記されている。
色白の顎に手を当て
口は手のひらで隠れている。

「私にはもう何もない、好きにさせてもらう」



最下層地下での宴会から数日後

行き交う人波の大半がスーツ姿
決死の精鋭不死身のビジネスマン達は
それぞれの任務を胸に最前線へ
歩みを進めている。
すれ違うヒト達を横目に
タバコを吸っている2人組。
四つ角の古びた雑居ビルを背に
煙をくゆらせる男が立っている。
さしずめリクルート面接に見える
あまり着慣れていない
黒のスーツにハンチング帽。
うって変わって七三分けのダンディー
茶色のタイトスーツの男は
スーツに喰われていない着こなし。
タバコを吸いながら
何やら2人は話し込んでいるが
視線は絶えず斜め向かいのビルに向けられている。

「まずはどうするのがいいかを考えるわけ。
 どうすると相手がその気になるのかを。
 基本的に我々が目指すゴール
 相手を侵入捜査できちゃえば完結。
 厄介なのが
 相手が求めてるのは仲がよくなること
 その仲良くなる延長線上の
 もっと相手のことが知りたい先に
 粘膜交渉があるのよ。
 発想そもそも概念が我々と大きく違う。
 他よりも優れた個体だってアピールする
 よりも
 『貴方だけのヒットチャートNo.1になりたいっ』
      イャーーーン
 ってのほうが響くわけ」

「貴方でないとダメな理由の強調ね
 そもそも他よりも優れていると思いたいのは
 オスmindであって
 メスmindでは決着を望まない。
 あらぬ争いごとを生む可能性は
 厄介事のタネと成りかねないからね」

「これを最速最短で行うのがガールハントだ」

「他の局面にも大いに活用が効く。
 瞬発力のいる計画の変更、立て直し
 アドリブ力を鍛えるにはもってこいだ」

「万次郎はセックスしたい?」

 「唐突ですね、そりゃ〜そうですよ」

「小五郎が,思うにそれほどではないんだよな」

 「そうですか?ボクも1人修行に励みますよ」

「それが違うのよ。なんていうか
 女に対しての渇きの種類がさ」

「女の局所が見たくて仕方なくなって
 夜な夜なブリッジをしたり
 やり場のない感情を抱えて
 外を走りまわったりしなかっただろ」

 「そこまでは無いですね」

「そこなんだよ。世代の差って言っちゃうと
 ひと言で終わっちゃうんだけど
 中学生の頃とか
 悶々で熱が出るくらい毎日が
 クラクラして大変だった訳よ」

「そんなことなかったでしょ」

「何世代か前になると女は、とてもありがたい
 ものだと社会から教わるのよ」

「モンモン欲望が上回って暴走しちゃうっての
 あるかい?」

「デートって、すばらしいって感覚ある?」

「そこまで無いでしょ?大のおとなが、
 この小五郎がここまで熱く語るほどの」

 「ちょっと鬼気迫り過ぎて
  ボクに危機迫ってる気がします」

「ちょいちょい、引いてるじゃんよ」

「当時は辞書で、それっぽい言葉を調べて
 文字だけでギンギンだったからな〜
 今ほどポルノコンテンツに
 溢れてなかったからな〜」

「ありがたみから、万次郎とは別モノだよな」

「時代だけでは片づけたくないけど
 環境がヒトをつくるからなぁ」

良かれと経験談を話そうとしたが
不発に終わる明智であった。


ジェイソン楠木を尾行し始めて2時間ほど。
彼は表の顔も持つ。年齢からいっても
もう外回りは若い社員にさせればいいのに
現役の営業マンで自ら色々とまわっている。
現在どこぞの会社に
入ってから30分は出てきていない。
あっという間に
張り込みといえばのアンパンと牛乳は
なくなってしまった。
明智が言っていたとおりジェイソンは
じいさんで、どこにでもいそうな会社員だ。
歳のいったインディージョーンズを勝手に
想像していたけれど荒くれマッチョの片鱗もなく
とても腰が低く愛想も良さそう。
ラクダ顔じいさん。
でも1〜2分もすればすぐに忘れてしまう
不思議な特徴の顔。
営業スイッチの入った貼りついた嘘の笑顔じゃない
素敵なスマイルを振りまくジェイソンじい。
そこには スリル ショック サスペンスが
巻き起こる気配すらない。

明智「今までいろんなエージェントに会ったけれど
   あんなに欲望にまみれていない顔
   見たことがないな。
   ヒトを殺してたりすると人相に
   重力が乗る顔になるんだけど
   ジェイソン楠木は、やってないな」

万次郎「そうですよね、ただのヒトのいい営業マン
    ですよね。それと重力ってなんですか?」

「ああ、殺しの経験があると特有の
 ツラが厚くなるんだよ。
 ちょっとしたことでは動じないのっぺりとした
 重力で引っぱっても自前の重力で押し返す様な」

「重力が乗る顔ね。道端で見かけたら
 教えて下さいよ。通りすがりのヒトとかで」

「身近にいたわ、アイアン来栖メイデンが。
 かなりの数を葬ってるよね。
 あのクラスのツラ構えになると
 戦慄って言葉がふさわしくなるんだよ。
 ちっさいトラブルならむこうから
 避けて通っていくよね」

今回の場合、悪さをした犯人を
追い詰めるわけでは無い。
ホシをひたすら観察して
糸口を見出し事実をつぎはぎし
偉いさんが納得するように
報告書をまとめる。
明智
「最後に玄白が言い残したのが頭の片隅に
 張りついてんだよな」

我々の部署にまで降りてくるミッション。
ためされてる感もあるんでしょう。
アイアン来栖なしでどこまでやれるんだ
ってのもね。
だから明智も行ってよね。

「万次郎っ、あれメイデンさんじゃない?」

 「あれはそうじゃないですか。あんな
  重力が乗った顔は見間違えないでしょ」

「何で居るんだ?ややこしくならなきゃ〜
 いいんだけどな。万次郎見て見ぬフリね。
 ミッション中で無ければいいんだけどな」

 「あれスーツの男が尾行してません?」

「う〜ん、尾行してるねぇ」

参ったな。
一悶着くらいで済みゃ〜いいんだけどな。
身の丈の分からないバカの腕試し
ただの無鉄砲なシンプル道場破りであってくれ。
事を荒立てたくないんだよな。
しばらく見守るしかないなぁ。

明智と万次郎はあまり見た事のないシーンを
目の当たりにする事となる。


パッと咲いた火花に似た閃光が走った。
首を斜め下にかたむけ
鮮やかな鉄の味が口の中に広がってゆく。

「あぁ、生きてるなぁ。
 痛みを感じるのも久しぶりだな」

不機嫌な唇の片方が引き上がって
無意識に笑っている来栖。
いざミッションとなると相手に何もさせずに
一方的に終わらせるのがほとんどの彼女。
無駄なムーブを減らす効率的な
プロフェッショナルならではの流儀。

いくら戦慄の来栖でも不意打ちは喰らう。
ちょうど退屈していた来栖は少しうれしそうだ。
自然と相手の体さばきを見定めている。

「なんだっ さほど期待はできなさそうだなっ」

思った事がそのまま声に漏れている。
少しは身体に覚えがある動きだが
来栖のおめがねには叶わない。
業界では有名人の来栖は理由はなんであれ
売られたケンカは必ず買う。
そして完膚なきまでに知らしめる。
見せしめてそれを広めてもらう。
そうすると覚悟を決めた者しか
挑んで来なくなる。もしくは知らない者。
どのカタチであれ覚悟をした者には敬意を持って
トコトン叩きつぶす。それが彼女の礼儀であり
むえきな報復の芽をつむ為でもある。

「おまえ、やるならトコトン来いよ。
 楽しめるまで、もってくれよ」

構えない来栖にこのセリフのコンボ
腕に覚えがある者なら頭に血がのぼると同時に
男は大振りのストレートを放つ
寸前のところでハラリとかわし
つかんだ腕をそのまま肩にかつぎ
重心を腰に乗せて相手の勢いと共に一回転
 背負い投げ
そのまま体を預けつつ着地と同時に
肘鉄を腹部に全体重を乗せてぶち込む
 ゴォハッ
その勢いのまま前転 振り返る来栖
まだ起き上がってくる男
不機嫌な唇の片方が引き上がって

「ははっ おまえやるじゃない」

再び殴りかかってくる男
投げを警戒して少し腰が引けている。
左手で流してそのままに空いた右肘を縦に捻り込む
顔面に入った肘鉄を引くと同時に身体を捻り
左ヒザを横みぞおちにズドン
さすがに崩れ去る男。
が、まだ起き上がってくる。
こ首をかしげる来栖

「おまえ、何かやってるのか?」

よろけそうなのを踏み止まって無理やり
こっちに向かってくる。
右手の指を曲げ、ひらは開けたまま
男のアゴにめがけて一閃
掌の手首の近い部分で打ち抜く
 掌底
相手の内部に浸透する重いダメージ
アゴがあらぬ方向へ
脳が揺れ倒れる前から意識がとんで
膝から崩れ落ちる男。
胸ポケットからタバコを手にしようとして

「腰が入ってないんだよ、クスリに力を
 借りる前の問題なんだよな」

ん?箱の中は空っぽ チィ〜

「ついてないな〜」

白目をむいて大の字になっている
男のポケットをまさぐる来栖
あっ 手に四角の感触、手に取ってみると

「iQOSじゃね〜か、燃えないタバコは
 たばこじゃ〜ねぇ」 ポイっ

遠巻きから眺めている2人

万次郎
「来栖さんには珍しく1発もらってましたね。
 いつも、あんな感じなんですね」
明智
「たまたまだよ。それより上手くやり過ごせよ」

尾行中に、でぐわすアンラッキー。
ファーストmissionに
慣らし運転中の万次郎に明智教官。
さかのぼること昨日

語り出す白衣の玄白
「ボクから話すのは珍しいんですが
 調査依頼が入りました。
 伝説の男の身辺調査です。
 我が社では知らない人は居ないが
 正体不明なヒト。
 ダイハードな男 
 楠木【くすのき】正成【まさなり】」

「我々にはこっちの方が馴染みがあるかな?
 ジェイソン楠木」

「はい、万次郎っ」

 「あの〜もしかして死なないんですか?その人」

モフモフ頭をぼりぼり
「腕1本だとかは再生できるけど
 まだ、そこまでの技術は我が社にはないなっ」

明智「不屈のミッションの達成率
   必ずミッションをやり遂げ
   生還を果たすところから
   不死身の男 ジェイソン楠木って
   呼ばれる様になった」

「なぜか彼が訪れる所には必ず爆発が起こる。
 だから、炎のチャレンジャーってあだ名もある」

万次郎「そんな来栖さんみたいな人が他にも
    いるんですね」

玄白「いやいや、彼はそんなにバイオレンスな
   骨ぶとチャック・ノリスみたいな
   ダイナマイト刑事ではないよ。
   いたって見た目は普通のおじさんよ」

明智「だから不思議なんだよ。
   玄白は、おじさんって言ってるけど
   年齢からいくとバッチシじいさんよ。
   製薬会社がカタカナ表記になる前の
   恵比寿薬品工業時代からいる
   レジェンドなんだから」

万次郎「ジェイソン楠木さんには
    ナノマシーンは入ってないんですか?」

明智「旧世代のエージェント
   入ってないヒトは多いのよ。
   なんだろな〜
   頑なにスマホに変えないみたいなのに
   近いかなぁ〜。いち時代を支えた
   貢献した事で少し許されてる部分もある」

玄白「依頼内容なんだけど……」
社内でも何をしている人なのか
知らない人の方が多いくらいで
偉いさん曰く
近頃の行動が奇妙なんだそうだ。
別に他社とコンタクトを取っている節もない。
たえず独りで行動しているのは確かだ。
内偵調査だから危険は少ないと判断され
比較的若い我々に
お鉢が回ってきたというわけだ。
だから万次郎は
気楽に明智と探偵任務を楽しんできてよ。

 「えっ?オレが行くの?」

「だって明智小五郎は名探偵なんでしょ?」

 
後日集合場所にワクワクの万次郎登場

ハンチング帽をかぶって2人分の
アンパンと牛乳パックを持って万次郎。

「やっぱりこれでしょ!はい明智さん」

 「はっはっは
  万次郎はカタチから入るタイプなのね。
  ちょっとお手本が古くない?」

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