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Laboの男28

 Labの男28

すれ違うヒト雑踏の中
茶色のタイトスーツの男、道端の角へ
よそ見をしながらポケットをまさぐり
銀色に輝くガスライターを取り出し火をつける。
口にくわえた細タバコ
ため息あとに
息を吸いこみオレンジの火が灯る。
そのまま添えた左手で
タバコを指に挟んで煙をはく。
行き交う人達がたちまち景色と化し
普段は意識もしていない事柄が
タバコきっかけで
頭の片隅に引っかかることがある。

心象風景ってのは霧のよう。
ヒトそれぞれに漠然とした家族像があり
どんな景色であっても家族は家族。
スペシャルなものでも
なんでもなく
定型は無いはずなんだけど
どこから拾ってきたのか
家族像という蜃気楼を誰しも忍ばせている。
本人の気にも止めていてない
放置された意識の枠外にある憧れ。
この広い世界には
様々なカタチがあるはずなのに
いざ同種族が集まると
違いを差だと捉えてしまう。
身近に感じやすくなるのはニンゲンらしさ
可愛らしさとも取れる。
比べると始まりだす
どのカタチであれ自身がスペシャルでありたい
その割りには
突出し過ぎないユニークさを求め
どの基準だかもわからない
データですらないかもしれない
吹けば飛ぶような平均値よりも
自分は上である事を信じてやまない。
誠実さに隠れた素直で歪な願い。
大多数が仲むつまじい家族な訳でもないのだが

無類に家族の事となると

他と変わらず同じであると
くだらない一般に憧れてたりする。
ありもしない問題ですらないのに
マボロシの理想という
個別の正解を求めようとする。
個別が集まって家族なんだから歪なはずで
様々なカタチがあるはずなんだけどね。
ましてや同族が多い事に安心するなんて
それすら、かりそめだ。
他とは違う個性を求めるわりには
ロールモデルに憧れたりと
ニンゲンは、忙しい生き物だ。
異質までいっちゃうとやり過ぎで
孤高に憧れつつ、まともでいたい。
どこかに属するというのは安定であり
無償の安心が手に入る感覚というのは
同族が多く生息する島国ならではの
日本らしさでもある。
 「イヤだねぇ〜」
七三分が風になびいて
 ふぅ〜〜っ
ため息混じりの煙が空に舞ってゆく。


薄明かりにピコピコと点灯している
メカニックな壁、凛とした空気感に
孤高のお内裏様と、お姫様はいない。
1人並んですまし顔。
キラキラとした
胡坐の男クリスタルマンの周りに
研究者は、あくせくと忙しそうだ。
モフモフを触りながら近づいてく白衣の男

「マコちゃんっそっちの方はどうよ?」

ショートボブの黒髪を耳にかけ振り向くマコ

 「データーに重さがあることが分かったわ」

中指でメガネを上げ「それは興味深いね」

 「クリスタルマンはホントっアート作品よね。
  純粋すぎてどうすると
  この境地に至るのか不思議で仕方ないわ?
  ただ、彼のニンゲン味が少し
  分かったかもしれないわ」

カレの情報収集欲に比例して
絶えず情報の網をあちこちに張っているのは
知っているよね?それこそouter spaceに
脳神経繊維を張り巡らしてるくらい
精密でいて大胆に張り巡らされた
我々人類には見えないアンテナが。
それこそ宇宙に繋がってないと
説明が付かないくらいの規模よね。
その蓄積されたデータには差があるのよ。
種類は沢山あるんだけれど
どうも優劣は無さそうで
どのデータも同列に扱われてる。
私達人類がカレゴライズしている
形式とは違うファイリングをしてるみたいで
現時点で分かったのは
データ圧縮の良し悪し、濃度は関係ないみたい。
データ密度で重さは変動するんだけど
我々でいうところの感情
個人の思い入れの部分に重さが宿るみたい。
結晶化まで昇華すると手が離れた
興味の対象が梱包された状態、
執着から解放された状態なのかしらね。
データ圧縮度は断然高いんだけど
重さはさほどないのよね。
業が深い彼は、結晶化されていない
まだ至ってない案件を
恐ろしい数、抱えてるみたいね。

 「彼が鉱石化している事を踏まえても
  ちょっと彼、重すぎるのよね」

ある意味、執念よねっ
燃え尽きないのかしら?
もしかすると人の想いってのが
重さの原因かもしれないわ。
だからヒトって思うことがあり過ぎると
身動きが取れなくなるでしょ?
彼みたいに物理物質化しないから
さしずめ見えない足枷ね。

生命的発想なら
子供に受け継がれる積み上げられた経験値を
次世代に
最新のデータを標準装備で。
カレの場合は全人類に叡智を授ける。
本人はそのつもりでなくて
ただ突っ走ってる結果
そうなったのかもしれないけど。

 「300年の時を経て
  超絶独り時間差で
  社会と関わっているのよね〜。
  ふしぎよね。結局のところ
  みんなと繋がってるんだからね」

頭を傾け頬に手を当てて
 「うんっ?そういえば
  万次郎くんの研究はいいの?」

「しばらく、実験はお休みなんだ」

 「ああ、そうか、万次郎くん学生だから
  休み期間で実家にでも帰ったの?」

「ははは〜っ
 そんなおだやかには済まないだろうな
 しばらくは来栖さんに、しごかれ合宿さ」

 「あらっ万次郎くんモテモテね〜。
  来栖さんが興味を抱くのも分かるわ〜
  彼女の感覚なら
  気になる弟みたいな感じかなぁ」

「来栖さんの特訓は、なかなかタフみたいで
 明智は大変な目にあったって言ってたね。
 ああ見えて明智は
 あまり根を上げるタイプではないから
 相当きつかったんじゃないかな?
 ボクはその地獄の特訓を
 受けたことはないけれど」

髪の毛を耳にかけ上げマコ
 「結果的に万次郎は多数派だった
  ただの適合者から
  少数派の選ばれし
  候補生訓練になっちゃったのね。
  ムキムキになって帰ってくるかな?」

「1週間くらいって言ってたから
 以前より肝っ玉が座った感じになって
 帰ってくるんじゃない?」

「人類に眠る太古のチカラ
 最下層の爬虫類脳
 そこにアプローチするには胆力がいるからね」

 「そうよね
  ロックな原始エナジーには
  バランサーとしての胆力なる人間力が
  必要だからね。
  ヒトとしての最も信頼に根付くバイブス
  ハートが大事だものね」

柄にもなく、当初は心配だった玄白だが
今となっては、どう変化して帰ってくるかが
楽しみになっている。


一方、その頃
季節代わりをつげる風が
吹き抜けてゆく街中をタイトスーツ姿の男が
ほっつき歩いている。
ビシッと決めた七三分けからは
頬へ汗が流れ落ち、革靴のきざむリズム音が
微妙にずれてきている。
足取りに力が無くなっているのがわかる。
大規模な区画整理が行われようとしている
情報をキャッチしたエビス薬品工業は
探りを入れるため
明智に調査を依頼していた。
巨大企業鉄道会社による
大幅な沿線周辺開発が噂されているらしい。
が、その周辺は
地元の大富豪達が所有する土地柄、動かすにも
一筋縄ではいかないであろうエリアだ。
調査すると他製薬会社の息のかかった
鉄道会社であることが分かった。
モンスター級の大施設、すべてを一挙に担う
薬品開発施設を建てる計画らしいが……
さて、開発にも数十年はかかりそうな
大風呂敷プロジェクトだが
一向に進んでいる気配すらない。
元営業の明智でも見当がつかないのも
それもそのはず
周辺調査しても土地開発するに当たって
ヒトらしい痕跡が出てこない。
人と人が関わったならではの交流の跡
それほどの規模の開発なら
しっかりとした根回しが必要なはずなんだが、
なのにまったくの手付かず状態だ。

 「いくら何でも前振りが、なさ過ぎだ。
  この有り様だと工事着工まで
  どう考えても話を持っていけるわけがない。
  どうなってるんだ?」

細タバコに火をつけ眉間にシワを寄せ煙を吐く。
情報ソースは確かだ。
エージェントになる前からの知り合い
2人仲良く監禁された同僚からのタレコミだ。
彼は異常に鼻がきく、間違いない。
暗躍する何かをキャッチするのは抜群だ。
明智は密かに能力者でないかと踏んでいる。
ちょくちょく仕事はしているのだが
今だに名前も知らない。
彼自体あまり語りたがらないのもある。
明智も気を使ってわざわざ聞かない。
ちょうどいい、また
万次郎にコードネームでも付けてもらおう。
さてはて、どおしたものか……

 「直接の聞き込みかぁ〜っ
  めんどくさいな。
  とっかかりにビール飲めるとこにでも
  行ってみるか〜」

鉄道会社の社員が通いそうな
その辺のスナックにでも入って
聞いてみるか?
行き当たりばったりに歩いていたら
ひと気も無くなり
貨物列車が集まるところまで来てしまった。
ターミナル駅って言うんだっけか?
何も考えずにそのまま
目前にある階段を登ってゆく。
目線が段々と高くなっていくにつれて
線路が横並びに7〜8本
走っているのが確認できる。
電車をまたぐしっかりした作りの歩道橋。
そこからの眺めですべて見渡せる。
うち、3割くらいの空間に無機質な四角い
貨物列車が止まっている。
物の運搬以外は
ほぼ電車の行き来は無いみたいだ。
アクション映画のクライマックスバトルに
うってつけのロケーション。
足元、茶色の歩道部分がスリップ防止に
なっている。
やけにグリップが効いていて
サンドペーパーの上を歩いているようだ。
逆に足をとられるて危ないんじゃないか?
しっかりと取り囲んでいる転落防止の両サイド
電車チックに頑丈に仕上がっている。
安全第一、窓の部分が金網になっている。
あらぬ事を決行するにも覚悟がいる
よじ登らないといけない高さになっている。
技術が活かされている骨太な仕上がりだ。
線路反対側の土地が大きく展開されてはいるが
隔離されているに等しい
だだっ広い敷地の団地群。
ほぼヒトの行き来が無く
団地の住民や地元民でないと使われてなさそうな
歩道橋だ。とにかく活気がない。
なのでより一層さびしい風景に
メランコリックが身にしみる。

「戻るかっ、しっかし
 ひらけた所とそうでもない所の落差が激しいな。
 映画セットみたいに1方向からだけ見栄えイイ
 手付かずの開発ってな〜
 どうしてこうも
 痛々しくなっちゃうんだろうか?」

「そもそも街を良くするってのが
 開発ってな訳ではないか。
 どこぞの組織の第二、第三、計画の為
 であるかもしれないか」

世の中には第二の手まで至らず終わってしまう
計画だってある。別の手に落ちて別の計画の
第一手となり利用されることもよくある事だ。

歩道橋を引きかえし足取りは
ターミナル駅から外れに
鉄道会社の寮を見つける。
2〜3ブロック離れた位置からしばらく観察
社員の出入りを確認する。
思っていたよりも若者が少なく
いぶし銀なおじさんが大半を占めている。
例えるなら昔、炭鉱で働いてそうな
屈強な荒くれ者っぽい層がほとんど。
違和感がある。年齢層が高い?
大体は独身寮が相場で独り身のはずだ。
 他に行けない理由がある人達なのか?
 よほど職場環境、待遇が良い会社なのか?
たまたま寮の玄関を出てきた
不器用な角刈り高倉健タイプの男。
 「尾行してみるか」
早番と遅番の入れ代わりタイミングだったのか
たまたまオフだったのか?
案の定、酒場へ向かって行ってくれそうだ。
途中で自動販売機で何かを買っている。
これはベテランのムーブだ。
ワンカップを引っかけている。
飲み賃の単価を下げるために
酒飲みがよくやる行動だ。
ほどなくして
規模はそれほど大きくはないがネオン街に到着。
ご大層なアーケードな門
頭上には看板があり
メガロゴールデン通りと銘打っている。

 「どこが?ゴールデンなんだかなぁ」

看板周りをパールネックレス状に電飾が施され
昔ながらに電球が互い違いに点灯し始めた。
不器用な男は、何の迷いもなく雑居ビルの一階
その中の一軒のスナックに吸い込まれていった。
看板にはスナック『来夢来人』

おでこに手をやる明智
 「かぁはぁ〜っ
  ライムライトってネームセンス!
  はははっ 3周してオシャレ! 参ったねぇ〜」

エントランス入口横には共同看板があり
今ではあまり見かけない
第2飲食店街ビルのロゴを電飾が囲い
ピコビコ点灯しているその下のラインナップ。
少し間が空いて眉をひそめる。

「シビれるぜ」

 スナック A to Z   スナック 純 
 スナック ディライト BAR  SHOGUN
 居酒屋 山賊 カラオケパブ ボンソワール
 スナック 来夢来人

「これは絶対独りでは足を踏み入れない
 激ダサっスポットじゃないか。
 勘弁して欲しいなぁ」

もうしばらく夜が更けるのを待って
明智は仕方なしにスナックに
潜入する覚悟をキメるのであった。

 「さぁ〜て、まずは
  どこかで腹ごしらえでもするか」

夜のとばりが下りて
2〜3時間は経過しただろうか
ピコピコとネオン街に再び現れた
ほおに当たる怪しい光が
ちょっと乗る気じゃない表情を照らす。
くわえタバコで眉をひそめる明智

「う〜ん、ライムライトじゃないとこが
 いいんだけどなぁ〜 フゥ〜〜っ
 高倉健が入って行ったからなぁ〜。
 仕方ないか」

何気なしに尾行した不器用な男だったが
無意識に働いている明智の能力
眼識【げんしき】は正解を指している事が多いのも
明智は自覚しているようだ。
スーツの袖をまくりスマートウォッチに触れる。
 プププッ プププッ
時計越しに話しかける。

「玄白っ?今、大丈夫?
 これから潜入捜査しようと
 思うんだけど
 盗聴システムを作動してくんない?
 そうそう、マイッチingマコちゃんが
 最近開発してくれた奴、そうそう
 このスマート手錠と連動できんでしょ?
 結構なシステムだろうから
 明智発進で作動できないよね?」

「玄白は研究熱心だから
 まだ家に帰んないんでしょ?
 バックアップ頼むよ。
 今度またおごるからさ〜?
 ありがと ありがと
 準備できたら、手錠ブルブルさせてよ。
 よろしくね」

「さて、行きますかっ」

ドアを押してカランコロンカラン


頭をかきながら開発者を呼ぶ
 「マコちゃん?聞いてたっ?ちょっと
  付き合ってくれない?
  例の盗聴システム起動してくんない?」

「ちょっとぉ〜浮気調査とかで使わないでよ〜」

 「ちがうよ違う、製薬会社案件なんだよ。
  しごと、仕事よ」

「だから、ウチの会社の
 偉いさんの浮気相手調査なんでしょ
 大体察しがつくわよ」

 「ははははっ
  マコちゃんはマイッチingだなぁ
  どんだけ、想像が豊かなのよ。
  世の中はそれほど
  痴情のもつれで溢れてるわけじゃないよ。
  それでなくても現代では恋愛観が
  薄れてきてるのに。
  それにどんな会社だと思ってるんだよ
  マコちゃ〜ん」

「え〜っ!だって大体の上司は
 とろけるほどやらしくて
 愛人を囲ってるもんでしょ?
 それが男の嗜みって感じじゃないの?」

 「ぶっははははっ 吹き出しちゃったよ。
  いつの時代の話をしてるんだよマコちゃん?
  松本清張とか読みすぎじゃないの?
  現代は以前よりも
  よりイメージを大切にするから
  軽はずみな行動はもう、みんなしないよ。
  しても大体は後先考えさないバカだけだよ。
  互いを監視し合う感が割り増した
  世の中になっちゃったからね」

「そう聴くとなんだかな〜
 淋しい世の中になってるって思っちゃうわね」

玄白には無いメランコリックなセリフに
女性らしさを感じるのであった。

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