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Labの男66

 Labの男66

高層ビル最上階までもう少し
 コッ コッコッコツ
階段を上がるリズムがしだいに
ゆっくりになってる。

 「ちょっと身体、鈍ってきてるか。
  流石に運動不足を感じるな。
  この階段を下って
  帰ることを想像するとゾッとするっ」

それでも明智の表情は涼しい。
汗ひとつ、かいてはいない。

「そのわりには明智さん
 余裕のある顔してますけどね?」

 「ああ、もうナイスミドルに
  突入してるんだから、それ相応に
  代謝も悪くなってるだろう?」

「そぉ〜なんですよ。明智さんとは
 少し違いますけど
 今まで、燃費の悪い身体の使い方
 してたんだろうなって」

「無駄に考えてたり意識しすぎてたり
 エネルギーの持っていき様が
 分からなかったんですよ。
 納得がいくまでいくら考えても
 思うような答えが
 出てくるとも限らないんだから
 途中でほったらかすってのも
 できる様になりました」

「来栖さん直伝の呼吸法のおかげです。
 それでも気を抜くと集中してる間に
 呼吸止まっちゃうんですけどね」

 「ああ、オレもそうだよ。
  意識のスイッチが入ってないと
  そんなもんさ。
  万次郎はまだ仮免状態だから
  しばらくは絶えず練習してた方がいいな」

「ちょっと安心しました」

 「ここぞって時に
  大らかな呼吸ができるかどうかだ。
  普段はどうでもいいって位で十分だ。
  まっ、万次郎の場合は
  身体に覚えてもらってる
  状態だから、今の段階では
  絶えず呼吸は意識した方が良い
  のはいいけどね」

最上階に到着する手前で非常階段は終わり
フロアー内へ
それまでとは少し反応が違うジェイソン楠木
続いて明智and万次郎。
見渡す限りのすべてがガラス張り
異様な空間に絶句の万次郎

明智
 「これは、いただけないな〜
  趣味が悪いねぇ〜。丸見えじゃない。
  なんだろうな〜下品な清廉さ?
  潔白を表現してるのかな?
  結局権威的になってるんだよね」

 「見え過ぎちゃって困らない?
  一方的に押しつける感じ
  ちょっと好きじゃないね」

  「落ち着かないですね。
   なんだかソワソワしません?」

その気になれば2フロアー全部見渡せる。
全方向から気が抜けない
自ずとスイッチが入る。

最上階へは一本道の硝子の階段。
ジェイソン楠木は機嫌よく
ガラスの階段を登っていく。
明らかにうれしそうなのが見受けられる。
最上階の床もシースルー
明智は天井を指さし
 「向こうからの視界に入りそうだ。
  どちらにしてもこのフロアーは目立ちすぎる。
  楠木との会話が聞けるかと思ってたが
  コレじゃ〜近づけないな」
明智は少し距離を取ることを提案。


先ほどとはうって変わって
ウェルカムなオールバック走馬 灯吉(仮)
「おおっ!待ってたよ楠木くん!
 元気にしてたかね?」
ジェイソン楠木の表情も明らかに違う。
 「走馬くん、少しヤツれてないか?
  しっかりと寝た方がいいよ」
だいぶ親しい間がらなのが
会話のトーンから伺える。

玄白からの情報によると
ジェイソン楠木は週に一度、必ず
この高層ビル立ち寄る。
走馬 灯吉に会いに行くのが
昔からの習慣となっている。
走馬が一代で成り上がる以前
鉄工所時代からのつきあい。
世間的には兄弟が2人 
走馬 灯次郎【とうじろう】
走馬 灯三郎【とうざぶろう】
兄弟とは名ばかりで
走馬 灯吉【とうきち】のクローンである。
その事実もジェイソンは知っており
全員が走馬 灯吉であると同じ温度で接している。
ジェイソン楠木の分け隔てない人柄
あったかさを感じるエピソードだ。
悪くいえば、ジェイソンにしてみれば
走馬であれば、どの走馬であれ関係ないのである。
他愛のない会話が2〜30分

下のフロアーで待機していた明智and万次郎
丁度、大型観葉植物に重なるように
プランターの影に身をひそめている。
会話内容は声がでかいジェイソン楠木のおかげで
ほぼマル聞こえだったが
大して重要な内容ではない。
耳を傾けているうちに万次郎は
走馬の発する波長が違うことに気がつく。

「ジェイソンの波長も不思議なんですけど
 相手の社長も変じゃないですか?」

 「どういうことよ?」

「ボクにしてみれば非常に思考が読みやすいです。
 まだまだビギナーなのにすごく鮮明に受信
 傍受できて分かりやすい」

 「あ、それね、クローンは
  比較的思考を読みやすいよ。
  旧世代クローンは特にね。
  走馬 灯吉っていってるけど
  彼、クローンだわ」

「えぇ〜っ!ニンゲンなんですよね?
 もうそんな技術が導入されてるんですか?」

 「もう今では廃れた技術よ。
  コストパフォーマンスが悪いからね。
  人道的にどうだとかは、あってないもので
  一昔前の権力者たちはこぞって
  やったものよ。自分の臓器だとかの
  スペアーにとか、影武者とかね」

 「今流行ってるのはもっぱら
  生体ナノマシーンの方だね。
  大げさに臓器移植するよりも
  病理に発展する前に
  ナノマシーンで治すほうが早い。
  万次郎が勝手に注入されたヤツね」

「あれなんですね
 今はDIYとか流行ってますけど
 いちから作るよりもリノベーションだとかの
 手を入れる感じなんですね。
 時代も反映されてる感がありますね」

 「確かにそうだな。発想がおもしろいよ」

 「玄白は世間だとかには興味が無いんだよ。
  だから万次郎は玄白とは違う
  角度の着眼点を持ってるね。
  で、自分の事なのにまるで他人事の様に
  話すのはおんなじだ。
  あれだなcrazyにも種類があるんだな」

「う〜ん、これは褒められてるのかどうだか」

 「唯一無二ってことでいいんじゃない?」

「まぁ〜いい〜でしょう。好意的に受け止めます」

上に動きがあったのを察知する明智
シースル天井を眺めて2人の靴底に目をやる。

走馬は、引き立ての豆で丁寧に入れたコーヒーを
楠木の手元へ
「いい〜豆が手に入ったから
 ぜひ楠木さんに試してもらいたくてね。
 しばらくコーヒーを
 堪能しておいてくれないかい?」
そう言うと席を立った。
ジェイソン楠木は瞳を閉じて
カップに鼻を近づけ「う〜んっ」まずは香りから
カップを口に運び「う〜んっ」唸っている。
コーヒーを全開で堪能中

オールバック走馬は両手を広げ
ガラスの階段を降りてきている。
ジェスチャーだけはウェルカム
距離にして5メートル
まっすぐにこちらに視線を向けている。

 「今日はやけに来客が多い日だな。
  今度はどこからの差金だい?」

目の色を変える明智and万次郎

 「事と場合によっちゃ〜
  タダでは返さんぞ、キミたち」

明智
「しまったな。楠木の大雑把さ
 どうでもよさが裏目にでたな。
 尾行の精度を下げていたようだ」

なんの躊躇もなくプランターの影から
姿をさらす明智。

 「楠木さんと同じ会社の者なんです。
  日頃の仕事っぷりを参考に
  しようと追跡してたんです」

ウソは言っていない明智
極力怪しくならない言葉も選んだ。
万次郎は不自然にならない様に
明智のあと姿をさらした。

ニヤける走馬
「この暴動の中をか?随分と熱心だな。
 不自然すぎやしないか?
 もう少し納得させてもらえないか?
 悪いヤツには見えないからね」

「せっかくの楠木さんとの時間なんだ。
 あまり邪魔はされたくないんでね」

明智はそばまで歩み寄り
 「エビス薬品工業からの内偵調査なんです。
  迷惑はかけないつもりです」

「半信半疑だが、すぐに姿をあらわしたのは
 好印象だ。いいだろう、信用してやるよ。
 後ろにいる若いヤツも呼んでくれないかな?」

明智の手招きで小走りに走馬の前に

「何にも言わず私と相撲をとろうか。
 若者とは相撲をとればどんな輩か
 察しがつく。性格が出るんだよ」

なんの疑問もなく明智は相撲をしろと
ジェスチャーする明智。
他部族へのアプローチは
その文化で応えるのが有効だ。

万次郎【なんでオジさんはすぐに
    相撲をとろうとするのかね?
    それよりも明智さんなら
    どう相撲とったのか見たかったなぁ】

まぁいい
新生エージェント万次郎のウデの見せ所だ。
我が四十八手喰らうがいい。

意外にテクニシャン万次郎はヤル気だ。

えっと、どっちかっていうと
器用貧乏万次郎か

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