死にたい。

パニック障害の発作は、人によって出る症状や、トリガー等が様々です。
一般的な症状は、ちょっとネットやらで調べるとすぐに出てくると思いますが、これはあくまでも僕の体験した症状です。


飛び込み営業をしていた頃に初めて発症したパニック障害でしたが、その後はすぐに症状が治まり、服薬も継続していませんでした。
きっとそれは、仕事のストレスそのものが強烈なトリガーだったので、パニック障害になってすぐに仕事を辞めた事で、トリガーが無くなり、早くに回復出来たのだと思います。

ただ、この時は違いました。同居のストレスにずっとずっと耐えて、仕事でもストレスは当然ながら多少はありました。

実は、同居してからちょくちょく軽い発作、具体的には息苦しさや、軽い過呼吸、手足の震えは時折出るようになっていたのですが、服薬を再開して、なんとか抑えながら仕事には行っていました。
それが限界を超えてしまったのです。

僕のその時の主な症状は、息が出来なくなる程の過呼吸から始まります。
それが一定時間続いて、同時に立ってられない程に手足が震えます。そうなると思考も働かなくなってきて、最終的には離人感がしてきて、頭がボーッとしてきて、過呼吸が治まっても、頭がふらふらして思考力が明らかに低下しました。

よく聞く症状の吐き気は、僕はあまり感じる事はありませんでした。基本的に一番起きたのは過呼吸と手足の震え、そしてその後の離人感。
それによってどんどん広場恐怖が強くなりました。

怖くて動けないのです。「いつ発作が起きるか分からへん。」そう思うと、外に出る事が怖くて、仕事どころではありませんでした。
何も出来ない状態でした。

「とにかくこの家から出よう。」
そう思って職場に事情を説明し、休職届を出してすぐに、最低限の荷物だけまとめて実家に帰りました。

ちなみにこの頃は、車と電車に乗るのも怖かったです。バイクはなぜか乗れたので、バイクでいつもよりもゆっくりと走って実家に戻って療養生活に入りました。

パニック障害と併発してうつ病も酷い状態で、当時の僕は父親曰く「顔見てゾッとした。」というぐらいに暗い表情だったそうです。

何もやる気が起きない。そしてふとした時に起こるパニック発作。それでまた気分が沈む。
人間の三代欲求の全てが著しく低下して、
当然何に対しても興味も湧かない。
頭の中は不安と希死念慮でいっぱい。

「誰か殺してくれへんかな。」「寝てる間にそのまま死んでたら良いのにな。」そんな事ばかり毎日考えて生活していました。

そんな生きている意味も、自分の価値も何も感じない日々がどれぐらい続いたかは今では記憶にありません。当時の記憶はところどころ抜けています。

それぐらいにボーッとしていたのか、記憶から無意識に消したのかは分かりませんが、唯一強烈に覚えている事があります。

少しずつ回復してきた頃、相変わらず午前中には布団から出れませんでしたが、夕方頃なら少し散歩に行ったり、運動をするぐらいの元気が出てきた頃でした。

僕のバイクが壊れたのです。
義理の父から中古で買ったバイクです。
それが壊れて、修理に持って行くも「これはもうあかんで、酷いわ。買い換えた方が絶対良いよ。」と言われました。

働いて無い。お金も無い。その上唯一の移動手段まで失った僕は、強烈なショックを受けました。何かもう、何もかもこれからずっと悪い方向に進んでいくような気がして堪らなくて、色々な負の感情が溢れてきました。

壊れたバイクはそのまま馴染みの店に引き取ってもらって、家に帰ると父親が「どうやった?直るんか?」と心配してくれました。
僕はボソボソと話しました。
バイクはもう修理するのも無理で寿命。
バイク乗れな子どもにも会いに行かれへん。
新しいバイク買うお金無い。
いつになったら働けるかも分からへん。
どうしたら良いか分からへん。


喋っている内に涙が出てきました。
それでそのまま無茶苦茶泣きました。
声を上げて、嗚咽を漏らして泣きました。

親の前であんなに泣いたのは人生で初めてでした。
僕は泣きながら父親に土下座していました。
「助けてください。お金が無いんです。バイクが買えないんです。バイクが無いと困るのに、働いて無いから、働けないからお金が無いんです。」そんな感じで泣き叫びました。


父親は「もうお前、そんなん言わんで良い。そんな事するな。とにかくもう何も考えんでいい。バイクぐらいなんとかしたる。とにかくもうそんなんやめろ。お前らしくないからやめろ。」と諭してくれました。
そして、なけなしの貯金で中古で新しいバイクを買ってもらう事になりましたが、その日を境にまた僕は、自分の生きている価値も意味も無いように強く感じました。

死にたい。死にたい。なんで生きてるんや。
死にたいのに死ぬ勇気と度胸も無い。
生きてるのがつらい。生きてるのが怖い。

虚無感。希死念慮。恐怖感。
僕の頭の中はそんな負の感情で、真っ黒に埋め尽くされていました。
だから今となっては、ほんまにあの頃の記憶は曖昧なところが多いのです。
本能的に忘れたんかなと思っています。

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