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影の帰りを待つまでは。


1.帰路


うとうととしていた。
バスの中で、男は重たい気持ちと一緒にまぶたをあげる。

妻は出産準備の為に入院している。状態が芳しくないらしい。

妻と出逢ったのは学生時代。
私の一目惚れだったが、後から妻も私を気になっていたと言う。

仕事も軌道に乗り、独立する事が出来た。
しかしながら子宝には恵まれず、不妊治療を3年続けてやっとの妊娠だった。
積極的に妻と頑張ってきたが、今日の診断で落ち込んでいた。
考えがグルグル回って疲れていたようだ。

最後席から前を見ると、自分以外の乗客数人が乗っていた。

ここはどこなのか。乗り過ごしを焦り外を見ると、見覚えのある山道を走っている。
降りるバス停はまだ先だ。
ホッと胸を撫で下ろす。

しばらく落ち着く為、外の景色を見ていると前の方で怒鳴り声が聞こえた。
見てみると黒ずくめのコートの男が運転手に何かを訴えている。
聞こえて来る内容からすると、降りる所を間違えて直ぐ降ろして欲しいという事らしい。
運転手は山道ですので急には降ろせないとの事。

男の声は段々と荒くなり遂には運転手に手を出そうとする。
中程に座っていた若いニット帽の男が止めに入る。運転席横でコートの男と若い男が揉み合いになり始めた。
これでは危ないと最後席を立った瞬間、身体が何かの力で空中身持ち上げられる。

衝撃と共に意識が遠のいて行く。


2.送る夢

夢を見ていた気がする。
私は森の中を歩いていた。樹々には穴の空いた木箱がかかっている。

ふと上を見ると図鑑で見る銀河系の様な壮大な星空が広がっている。
息を飲むような空の美しさに足を止める。
枯葉を踏む。"カサッ"と乾いた音が響く。

その音に反応するしたかの如く、蛍のように光る何百もの鳥が、木箱から夜空の星に向かって飛んで行き星の直近辺りで"スッ"と消える。

気にかかったのは、木箱から出ない鳥がいる事だった。

そんな美しく不思議な夢


目が覚めると白い壁が目の前にあった。
正確には、病室の天井だった。
現状に気づくと同時に妻が横から泣きそうな顔で喜んでナースコールを押す。

程なくすると、医師が看護師を連れて入って来た。
いくつか問診する。ペンライトで瞳孔の様子を見たり、手足の動きを確認する。

「検査していただいて結果次第ですが、多分あと数日で退院出来ますよ。意識も戻ったようですし。」

「何があったんですか?」と聞くと…

「乗っていたバスが山道で転倒したんですよ。昏睡は…一月ほどですね。」と教えてくれた。


検査の結果も良好で、翌々日には退院することになった。

退院時医師が「良い奥様をお持ちですね。誰よりも早く着替えなどを持っていらっしゃって根気強く看病しておられました。大事にしないといけないですよ。」と教えてくれた。
よほど看病に感動したようだった。


帰り際タクシーの中で妻に「ありがとう」と言うと、「珍しい。元気になっただけでも嬉しいよ。」とホッとする言葉を返してくれた。
「でも心配しちゃった。他の人たちは数日で退院したのに、あなたは一か月眠ったままなんだもの。」

他の人。と言う言葉で他にも同時に入院した人が居たのかと分かる。
どうも記憶が曖昧だ。

妻は話しを続けた。
「お仕事の予約は、事情を話してお休みにしてもらったから大丈夫。」

私は自宅でカウンセリングをしている。
患者の状況を把握する為に早く仕事に復帰しないといけない。
「帰ったら大仕事だな。」
と私が言うと。妻は、
「ダメ、今日はお休み。医者の不養生って言うでしょ。それに今から連絡しても患者の方にご迷惑だわ。」と注意する。

「確かにそうだな、分かった。でも、少しだけカルテを見ておきたい。記憶が曖昧な所があるんだ。」と妥協案を出す。

「大丈夫?」と妻は不安な顔をする。

「体調は大丈夫。ただボーっとしてるだけだと思う。」と答える。

「じゃあ尚更今日はお休みです!」と珍しく食い下がって来る。

「分かった、わかったよ。今日はゆっくりする。」さっきの医師の言葉もあり私は根負けした。


タクシーの窓を開けて外を見ると、空は夕陽の明かりで紅くなっている。星も少し見え始めていた。



3来客

退院の次の日には仕事を再開した。
最初はスケジュールを詰めて色々な人と話をしていたが、2か月程で以前のペースで仕事を続けられるまでになっていた。

午後の最後のカウンセリングを終え、カルテを書き、2階の書斎兼診察室で自分で淹れたコーヒーを飲んでくつろいで、少し仮眠を取ろうと目を閉じる。


例の樹々の中に立っていた。

光る鳥が羽ばたかなかった木箱からコトンと何かが落ちる。


"キンコーン"

診察用入口のチャイムが鳴り目を開ける。
時計に目をやると15分ほど眠っていた様だ。

今日の予約は終わったはずだが…
と思い窓から入口見下ろすと人が4人(正確には子ども2人と大人2人)が居た。

飛び入りかと思い降りて行き扉を開けると、長髪の男と天然パーマの若い男、中学生くらいの女の子と小学生くらいの男の子が立っていた。

一瞬長髪の男の顔が整っていて女性に見えたので家族かと思ったが、どうやら違う様だ。

私は「診察ですか?」と聞く。
うちは子どものカウンセリングも行っている。
大抵は保護者のカウンセリングも必要なので、その為に来たのかと思い「どうぞ中へ。」と待合室に案内する。

4人が腰を落ち着けた後、長髪の男が「私たちを知りませんか。」と、おもむろに質問してきた。

私は
「どこかでお会いしましたか?
すみません。記憶力は良い方なのですが。存じ上げません。」と率直に答える。

すると男は、
「話すのが得意ではないので、誤解があるかも知れない。失礼があったら先に謝っておく。」と前置きし話し始めた。

「自分たちは共にこの付近で目が覚め、何も覚えていない。
天然パーマの男は頭が悪いので当てにならないが、しっかりした答えを返す子どもたちまで記憶がないのだ。自分たちが、この付近の人間なら病院の人なら分かるだろうと思い来た。良ければ自分たちを探してほしい。」
との事だ。

不思議なお願いだと思ったが、粗野でも悪い人には見えなかったし、子どももいるのだし探す事にした。

うちは病院とは違うのだが近所の人には顔が効く。しかし、それらしい人もいない。
警察を当たってみたが一致する人はいないと言う。

手掛かりが見つからず難航していた折、妻が驚きの提案をしてきた。

「手掛かりを見つけるまで家で預かりましょう。」

「確かに部屋は空いているが、見ず知らずの人を家に入れるのは…」
と渋っていると、

「私の人を見る目が信用できないの?診察には色んな人を上げてるでしょ。何より、子ども2人を預けるなんて可哀想よ。それにあなたのお話しで記憶が戻るかもしれないし。」
と、捲し立てられてしまった。

こうなったらぐうの音も出ない。
単に子どものいる生活に憧れてるのかもしれないとも思ったが、渋々半年をめどに了承した。



4.生活

こうして奇妙な共同生活が始まった。
程なくして皆名前は思い出した。

長髪の男がタカシ、私より年下で口数も少ないが、理数に強く子ども2人の勉強の面倒を見ている。私の最初の警戒も、知的さの奥に優しさと真面目さが垣間見え、次第に薄らいでいった。

天然パーマの男がシンゴ、学習障害がある様に思えるが、たまにハッとするような深い言葉を使う。もっぱら子どもたちの遊び相手になっている。

女の子はカズミ、勉強がよく出来き、運動神経も良い。優秀を絵に描いたような子どもだ。
ただ、近所の人が気にかけて来るとスッとタカシの後ろに隠れるシャイな子どもである。

男の子はリョウスケ、カズミよりも年下であろうこの子は、勉強はまあまあで運動神経も可もなく不可もなしといった所。しかし性格は明るく好奇心旺盛、待合室にあるピアノに興味を持ち、それを見つけた妻に教えられるとメキメキと上達していった。

唯一の隣家である山本さん老夫婦も、最初は不思議がっていたが、良くしてくれてたまに差し入れなども下さる。

そんなこんなで1ヶ月程経っていた。
依然として手掛かりがないが、家には前と違う明るさが出来つつあった。

最初は渋っていた私だがその風景に微笑ましさを感じていた。



5.小籔涼太

ある日の昼、その日は晴れているのに雨が降る。俗に言う"狐の嫁入り"。不思議な天気だった。

午前の最後の診療である。
その患者様は小学生の男の子である。数日前母親が予約して来た。
「息子が数ヶ月前から様子がおかしいのでカウンセリングを受けたい。」
との事。

まずは母親、小籔朋子さんに詳細を聞く。
「何をするにも元気がなく、通わせていた習い事教室も行きたくないと言う。以前遭遇した事故が原因かとも思ったが、脳外科で検査しても異常はない。精神的なものかと思い。ここを受診しすることにした。」そうだ。

話の中でも「習い事が遅れる。」事をしきりに気にしている様子だった。
どうやら勉強より、才能ある音楽に重きを置いているようだ。

習い事の件に触れると、最初はお子さんの希望で母子家庭でも習い事はさせてあげようと通わせていたのだが、クラスのグレードがすぐに上がるので頑張って通わせていたそうだ。

カウンセリングの肝はここにあるように思われた。

次にカウンセリング相手のお子さんの涼太くんと話をする。

最初入ってきた時背格好もリョウスケと似ているな。との印象だった。
しかし、リョウスケとは違い物静かで朴訥な印象を受けた。

最初の30分は絵を描いてもらった。
すると、天井のある部屋で影のない少年が
ピアノを弾いており。そのすぐ後ろでは母親らしき人が見ているというものであった。
絵の中の母親と比べ涼太くんは影が薄く表現されていたのが気になった。

学校について尋ねると、困ったことは無いと言う。

習い事について聞くと、辿々しいながらも話し始めた。

「最初は音が面白くて、安心する気がして行かせてもらっていました。
バスで事故に遭った後、練習が遅れて。
段々と難しくなってくると、お母さんも厳しくなって…
練習の時も具合が悪くなるようになりました。」

どうやら自分の体調などにも気が配れており、普通ならば抑圧や緊張から話せない子どももいるが、しっかりとした話しが出来ることに驚いた。
同時にキッカケがあれば回復する様にも思えた。

そこから2、3話しをして、今回は時間が来てしまった。

最後に涼太くんを妻に一階の待合室に連れて行ってもらい。母親の朋子さんと話しをする。

「今のところ事故がどうなのかは分かりませんが、お子様は習い事にプレッシャーを感じている様子があります。
1つの提案なのですが、少し休ませるかペースを落としてみてはどうでしょうか?」

そう言うと、不服そうな顔をした母親が
何かいいかける素振りを見せた時、ピアノの曲が流れ始めた。

楽しそうな曲調からリョウスケだと思った。

「あら、涼太かしら?」

「多分ウチで預かっている男の子だと思います。」

「うちの涼太もあんなに楽しそうに弾いていたんです。確かにコンを詰め過ぎかも知れません。」

しばらく2人で耳を傾けていると、連弾が始まった。演奏者の楽しそうな姿が浮かぶ。

最初は妻とリョウスケかと思ったが、2人目はリョウスケとタッチがほぼ同じと言うくらい似ている。妻はもう少し教える為の分かりやすさがある。


朋子さんとの話が終わる頃、ピアノの連弾も終わっていた。

一階に降りると待合室のピアノに涼太くんが座っていた。横には妻がいた。

朋子さんが
「遊んでくださったんですね。ありがとうございます。」と言うと、

「いえ。」と笑顔で控え目に返事した。

次の予約を二週間後に小籔親子は帰って行った。

去り際涼太くんが「おじさんありがとうございました。」と笑顔で言った。少し違和感を感じた。
母親が「失礼ね先生でしょ。すみません。」と言ったことで、おじさんと言われた事にショックを受けたのだと解釈した。

2人が帰ると妻に「リョウスケくんはどうしてる?」と聞くと、
少しの間の後「ピアノを弾き終えると、帰るところを思い出したの。帰っても良い?て言いだしたの。止めるわけにもいかないから、良いよって言ったの。」
私は「送らなかったのか?」と聞くと、
「送ると言ったけど、近いから大丈夫って。
あとおじさんにありがとうって伝えて下さい。ってお辞儀をして、部屋から出て行ったの。追いかけたけどもういなかったわ。」

大丈夫だろうか。
元気を取り戻した涼太くん。帰ったリョウスケ。
奇妙なシンクロを感じたピアノ演奏。

不思議な感覚を振り払い、午後の診療の準備を始める。


6.中谷悟

彼が来たのは涼太くんが帰った2日後だった。

涼太くん親子とは知り合いで、朋子さんに紹介してもらったそうだ。

本業は俳優で、彼も同じく事故に遭った頃から調子が出ないらしい。
病院で調べてみた末ここを訪れたらしい。

詳しく聞くと所謂スランプで、役にのめり込めないのだという。
賞を受賞する事もあったが、ここ最近は評価も悪くなっているらしい。危機感を感じてカウンセリングを受ける事にしたとの事。

日本では昔ほどではないが海外に比べて、精神的な問題に否定的な人も多い。

ましてや人目につく仕事の方がここを訪れるには勇気がいったのだろう。

最初はサングラスにニット帽、マスクの格好で診察室に入って来た。

椅子に座ると窓の外を見ていた。2階で周りに建物が無いのを確認したのだろう。正面に向き直るとおもむろにニット帽とサングラスを外し椅子横の机に置いた。

すると髪型と細かな顔立ちは違えどシンゴと瓜二つだった。

あっけに取られていると、
「やっぱり驚きました?悟は本名なんです。
こうゆうところ初めてなので、何をすれば良いか…」

仕事中だという事を思い出した私は、

「先ずはお話を聞いていきたいと思います。」

「スランプと言うと具体的には?」

「前は台本の読み込みと、演じる人の背景や人物描写、心情の想像。あとは人間観察などで感覚的にも手応えのある役が演じられていました。
自慢では無いのですが、最後に賞を取った役はかなり手応えがありました。」

「そこからどの様な変化がありましたか?」

「それこそ事故にあった頃、色々試したのですが役が入って来ないと言うか…
演じていても思う通りに出来ないと言うか。」

「そうでしたか。差し支えなければ私生活での変化があったかお聞きして良いですか?」

「それこそ事故に遭った事以外は…
大事な作品の練習中でしたから、練習と家の往復でした。」

「なぜバスに?普段ならタクシーか車のイメージがあるのですが。」

「役のために、隣の市内にある福祉施設を見学に行った帰りでした。何かと目立つのは避けたくて。
まさかあんな事になるとは。」
何かある様な口ぶりだった。

「あんな事とは、特別な事があったのですか?」

「いえ、バスの中で運転手と黒いコートの男が口論になったんですよ。
バスを停めろとか、今は無理ですとか。
男が手を上げそうになり危ないので止めに入ったんです。
そこで揉み合いになり。事故に…
その後から調子がすぐれなくなりましたね。」

「そうですか。そのショックもあるかも知れませんね。」

「なんとか早く調子を取り戻したいのですが、何とかなりませんかね?」

「一般的にスランプというのは、プレッシャーなどで普段の力が出せない事が多いんです。事故のショックもあるのだとしたら、ゆっくりと治して行くのが良いのですが…
演技の事はよく分からないのでこの様な事を言うのは恐縮ですが、今までと違うアプローチを試してはいかがですか?」

「というと?」

「上手くは言えませんが、手法や取り組み方の目先を変えてみてはいかがでしょう。
例えば、形から入るというか…」

「え、あ、はい。
自分のやり方を変えるのは大変ですね。」

「一時的な事になるかもしれませんし。
本来ならショックへの自覚から始めて、緊張や抑圧の緩和を話しながら実践していくのでしょうが…
突然ですが、瞑想はされますか?」

「はい。週に一度くらいは。」

「まずは瞑想の頻度を一日一回寝る前などに行ってみて下さい。
呼吸と心拍数をイメージして。瞑想と言いますが、脳のや体のリセットには効果がありますよ。」

「はあ。何となく分かりました。」

あまり納得していない様だった。時計をチラッと見ていた。最初は効果的なお話が出来ることは珍しく、この様な感じになることもしばしばである。

「またいらして下さい。その時に変化など、お話を伺えればと思います。」

彼は椅子から立ち上がり「ありがとうございました。」と頭を下げて部屋を出て行った。

しばらくすると、診察用入口の鈴が聞こえた。
中谷さんが帰るところだろう。気になり見てみると、中谷さんは、門前で右に目をやり立ち止まった。
門の横に低い垣根の中に庭がある。

庭ではカズエとシンゴが話しながらブランコに乗っている。

どうやらシンゴに驚いている。そして暫く見ていた後、引き返してきた。

診察室をノックする音が聞こえた。

「はい。」と言うと、妻が顔だけ出して「中谷さんが戻って来て、シンゴくんと話したいそうなんだけど、良いかしら?」と聞いて来た。

「話したいのか…」
普通なら自分そっくりの人間など、気味が悪いと思いそうなものだが。何か思う事があるのは見ていて分かった。

「良いんじゃないかな。人と話すのはカンフル剤にもなる。」


2人とも危険はない様に思えたが、少し不安になり。遠目に見守っていた。
夕方からのせいか、2人の影が薄い気がした。

中谷さんは熱心に話し、シンゴくんは楽しく話している。横にはカズエがいた。カズエはシンゴの通訳のようだ。

しばらくすると、話の折がついたのかシンゴがこちらに走って来た。

そして、「僕帰ることにするよ。」と出し抜けに言った。そして「今までありがとう。」と言うと、中谷さんの方に走っていった。
すると、注視していたはずなのに見失った。

中谷さんの後ろ姿に重なり消えた様に見えた。

驚いて駆け寄ると、先程までの焦りを含めた表情とは違い、中谷さんは穏やかな顔をしていた。

私が「シンゴくんは?」と尋ねようとすると、
「この子は頭の良い子ですね。羨ましい。」と言った。カズエの事らしい。
今まで居た筈のシンゴくんは意識にはない様な話ぶりだ。
どう言う事か思案していると中谷さんは、
「では失礼します。長い時間ありがとうございます。何か掴めた気がします。」
と、こちらの疑問を気にしていない様に帰っていった。


7.三石双葉

中谷さんから貰ったチケットは4枚あったのでみんなで観劇をする事になった。
気晴らしも兼ねていた。
その日は暖かい陽気の空だった。

劇は障害を持った青年が一生懸命に生きる様を描いたもので、自分の最大限出来る事で苦難や失敗を乗り越え、周りの助けと青年なりの社会的自立をしていく話であった。

中谷さん演じる青年がシンゴくんと重なった事でより感情移入して、しまいには泣いてしまった。

終わった後、カズミの姿がない事に気付いた。
人混みの中子どもを見つけては確認していくが見当たらない。
諦めかけたその時、外の公園にカズミらしき女の子が話しているのが見えた。

走って行き「心配したよ。」と言うと、

「おじさん誰?」と言う言葉が返って来た。
今までの経験から冷静にみると、少し自信のない顔つきをしている。
「カズミちゃんじゃないのかい。」と聞くと、
少し悲しそうな顔をして「カズミはお姉ちゃん。一年前に私のせいで死んじゃったの。」

「そうなんだね。」と話を合わせる事にした。

「でもさっきお姉ちゃんと会ったの。」

やはり会ったのか。と内心思ったが、「そうなんだ。どんな話をしたんだい?」

「私は居ないけど、私と同じくらい頑張れる双葉は自信を持ちなさい。お父さんとお母さんのイジメにも負けちゃダメ。って。」

その日には似つかわしくない長袖を着ている。

「辛くはないかい?」

「怖いけど、自分の言いたい事が言えるように、お姉ちゃんの代わりじゃなくて、私のやりたい事ができる気がしてます。」

話しを出来る相手が居なかったのだろう。見ず知らずのおじさんにしっかりとはなしていた。

「お姉ちゃんはどこ行ったの?」と聞くと、

「建物の中」と言う。

日本の現状では虐待があっても子どもなどが助けを求めない限りなんとも出来ない。

悔しさを感じつつ、私は何かあって相談したくなったら電話でもしなさいね。と言いフリーダイアルの相談所と自分の名刺を渡してカズミを探しに戻った。

戻ると妻がカズミからの伝言を預かっていた。

「今までありがとうございました。帰る場所が分かったので帰ります。」と小さな手紙に書いてあった。

それ以来カズミも居なくなってしまった。



8.藤沢貴則

タカシくんが消えたのはその次の日だった。朝珍しく新聞を読んでいたのだが、連続爆破テロ事件がひさしぶりに一面に載っていた。
死傷者はないものの被害は大きく社会問題になっていた。

彼がこれを見てから様子がおかしい。

前からちょくちょく夜中に外出していたのだが、直ぐに帰って来ることが多かったので気にしてはいなかったのだが。
コンビニに行っているのであろうと。

その日はいつまで経っても帰って来ない。
心配していると朝方帰って来た。
そして、「3日後の夜中に少し付き合ってほいしところがある。」と言った。

「呑みかい?」と聞くと。

「いや違う。くれば分かる。」と言う。

気にしながらも日常の生活と仕事をこなしていると、約束の夜が来た。

家から山道を降りていると彼は途中でタクシーを呼んだ。

着いたのは廃工場だった。
どういうことか聞こうとすると、「助けてほしい事がある。静かに着いて来てくれないか?」と言った。

奥の部屋に辿り着くと、窓から作業している男が見えた。

「彼と話をする。」男は爆弾魔らしい。

私は「どうすれば良い?」と聞くと、

「上手くいかなかった時は逃げて警察へ。」そう言うと私に隠れる様に指示し、扉を開ける。
中の男が動転しこちらを向く、黒いコートの姿で何よりタカシと同じ顔だ。

男が言う「何者だ!!」刃物を持っている。
タカシが言う「そんなことをしても恋人は帰って来ない。」

「お前に何が分かる!!」
刃物を振り回す。

タカシは翻り見事に羽交い締めにする。
「俺はお前だ。そして、大事なことを覚えている。」

「何を言っている!!」その時2人は鏡に顔が映ったのを見た様だ。

タカシの顔を見た瞬間"ギョ"とする。

「自殺の時てを離したのは礼子自身だ。自分も人も責めるべきではない。」

「記憶が抜けたと思うが、最後に俺たちの礼子は言ってた。その知識は人のために使うんだよって。」

「ううっ」男は頭を抱える。

タカシが離すと、頭を抱えながら刃物をタカシに向かって突き立てた。

タカシは黒い煙の様になり男に染み込んでいった。

その瞬間男は金縛りにあった様に前のめりに倒れた。

しばらくすると起き上がり、机の上のらしきものをカバンに入れ扉を開けて出て来た。

ふとこちらを向くと「迷惑かけたな。出頭して来るよ。おじさんは帰んな。ありがとな。」
と言って出て行った。

のちに知ったことだがタカシくん、もとい藤沢貴則は大学院で化学薬品で資源問題を解決するため研究していたが、恋人の佐久間礼子さんの論文を悪用されたため、礼子さんのは自殺。
佐久間さんは関連施設へその知識を使いテロをしていたらしい。

刑務所では静かに裁判を待っていると言う。



9.小島妙子

「寂しくなったわね。」
そう妻の妙子が言ったのは夕食のことである。
4人が帰って2日が過ぎていた。
賑やかだった食卓を向かい合って2人きりで合って食べている事である。
「そうだな。子どもがいればまた違ったんだがな。」と言って、しまったと思った。

そんな私を見て寂しそうな笑顔で妙子は答えた。

「それにしても奇妙な事だらけだ。人が消える。ましてそれまで接していた人も忘れてしまう。」

一度山本さんにみんなが居ないなった時、ご挨拶に行ったのだが、彼ら4人の事は何一つ憶えていないのである。

そこでふと気付いた。
なぜ、妙子は憶えているのか?
リョウスケの件では冷静にしていたし、シンゴくんの件では何も言わなかった。
カズエのちゃんやタカシくんの件ではいなくなった事を聞きもしない。

どこか達観している様な、でも冷淡な性格ではない。

良いしれぬ不安が過って、聞かずにはいられなかった。
「妙子。なぜ他の人と違って君は4人の事を覚えているんだ?」

妙子は答える「短いけど一緒に暮らしたからじゃない。忘れませんよ。」

「でもその割にはいなくなった時、動揺しなかったのはなぜなんだ?」

今度は少し困った顔をして
「帰れる場所があるのは良いことよ。」
そして、少し間を置いて。
「でも、もう向き合わないといけないかもしれないね。」と不思議な事を言った。

私が「何に向き合うんだ?」と聞くと。

「答えは自分で見つけなければ意味はないの。」と言った。

私は困惑していると、

「答えは家の中の思い出にあるわよ。」と言った。

意味も分からず家のあらゆるやものを探した。

初めは一緒に料理を作ったキッチン。
2人で弾いたら楽しいだろうと買ったピアノ。など。

最後に一緒に過ごした寝室を探すと、母子手帳が出てきた。

子どもが出来た記憶がない。
しかし、父親の欄には私"小島健"の名前が書いてある。
頭にモヤがかかっていた事に気づく。

妙子に「いつ子どもができたんだ?」と聞く。

すると、静かに私の半年くらい前に書かなくなった日記を渡して来た。

「読んでみて。」

日記には不妊治療の事が書いてあった。
読み進めると、出産も間近なある日の昼。
妙子の容体が悪くなり、救急車で運ばれた。

「そうだ、一緒に乗った。」段々と記憶が鮮明になってくる。

「その後に事故に遭ったんだ。」

「子どもは?」そう聞くと。

「分からない。でも妙子さんは元気にしてるわよ。病院でも、退院後も様子を伺っていたわよ。あなたは気づかないフリをしていたけど。」私が混乱していると、妙子は言った。

「私はあなたの記憶の中の妙子。言うなればドッペルゲンガーなの。怖がらずに現実と向き合って。」
そう言うと私の肩に手を掛け背後の扉を開ける。振り返ると、妙子と思っていた人物は消えていた。


10.小島健

翌日、早朝に目が覚めた。
横には誰もいない空間があるだけだ。
重たい目を擦りながら、寝室のある2階から降りて行く。

家が前より広く感じた。

前日のことで動揺していた。
夜中に連絡をする事は控えたが、確認をしようと電話を手に取る。
観劇の時連絡が取れなかった理由も分かった。
しかしながら妻への電話番号の発信ボタン。
勇気がいる。
意を決して押すと、案外すぐに出た。

「もしもし、どうしたの?何かあった?」

思いもよらない返しに一瞬間があく。

「元気にしてる?」と考えもひねりもない返答をする。

「2人とも元気にしてるわよ。実家生活も飽きちゃった。」

話をよく聞くと、どうやら彼女の中では事故と産後の体調の為実家で暮らしているようだ。
もう1人の妙子の存在などは覚えていない様だ。

考えてもらちがあかないので、妙子の居る実家に行くことにした。

訪ねた時の彼女の第一声が「お帰り。」だった。あっけらかんとしていた。

違和感を覚えるものの、彼女の腕に抱かれた小さな子どもに気を取られた。

涙が流れ出す。

ここ数ヶ月どうしていたかと聞くと、不思議そうに話し始めた。

難産だったが無事、母子健康で子どもが産まれた事。
私が泣きじゃくった事。仕事を気にしながら、近くに宿を取りお見舞いに来たこと。
ここ2日仕事関係で戻ると言って、私が家に戻って行った事


しかし妙なのは私が事故の後も妻へのお見舞いは行っていたらしい事だが…


私は無事も確認出来て、仕事に戻ろうと思うと彼女に言い実家を出る。

門のところまでくると男性とすれ違う。

全てを思い出す。

病院での辛さから私は一人歩きをしていたのだと。



すれ違った男性はふと後ろを振り返る。
そこには私は居なかった。

男性は小島健
私だった。





安心した感覚で私は玄関を開け、彼女と子どもに言う

ただいま。


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