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Behind the Scenes of Honda F1 2020 -ピット裏から見る景色- Vol.06

皆さん、こんにちは。Honda F1マネージングディレクターの山本雅史です。今回は2020年という怒涛のシーズンを終えて、いつも応援いただいているファンの皆さまへのご挨拶とともに、今シーズンを私なりに簡単に振り返ってみたいと思っています。

―異例の一年ながらも開催できたことに感謝

今シーズン、まず何と言っても一番先に触れるべきは、新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、誰にとっても経験したことのない一年になったことだと思います。F1だけでなく、おそらくすべての皆さんの日常や仕事に影響があったと思いますし、私個人としてもこのような事態を経験することは初めてでした。

ご存じの通り、3月に開幕戦のために訪れたオーストラリアでは金曜の朝になり大会の中止が決定し、レースをすることなくメルボルンを去ることになりました。その後Hondaのレースメンバーは英国や日本に戻ることとなり、先が見えない状況下でシーズンの再開を待つことになりました。その間、欧州各国でのロックダウンや日本の緊急事態宣言などもありました。

この先どうなってしまうのだろうという不安も大きかっただけに、無観客や欧州中心といった異例の開催形式ながらも、結果として年間17戦のシーズンを戦うことができたことはとてもよかったですし、ホッとした部分もありました。

―コロナ禍でのシーズンは過密日程に

改めて7月にオーストリアの地で開幕したシーズンは、4度の3連戦を含む非常にタイトなカレンダーの下に行われました。肉体的な部分はもちろんですが、渡航先やサーキット内でも多くの制限が敷かれ、精神面でも多くの負担を強いられるものになりました。

私自身は他のレースメンバーと同様に全17戦に帯同し、レースとレースの間は主に英国に滞在、日本にはほぼ戻らずに約5か月半のシーズンを過ごしました。各国の規制に加え、F1/FIAとしても感染防止に向けた対策を非常に厳格に行っていたため、私個人としてもPCR検査を43回受診しています。

(↑アブダビでのホテルチェックイン時。ホテルスタッフは防護服を着用。ソーシャルディスタンスの保持が徹底され、物々しい雰囲気に。)

コロナ禍でなくとも、長距離移動や長時間勤務により、世界各国を転戦するF1は非常にタフではあるのですが、その中でもスペインやイタリアなどでおいしい食事を味わうという時折の楽しみもありました。しかし、今年はホテルとサーキット以外の行き来を除くと基本的には外出禁止でしたので、そういったつかの間の息抜きもできませんでした。

移動を繰り返すがゆえに、常にどのような状況でも感染リスクに向き合わなければならない緊張感が続き、その面ではとてもストレスが溜まるシーズンになりました。特に日本を拠点とするメンバーは私と同じような形での参加となったので、家族にもほとんど会えず、タフな戦いを強いられたと思います。

(↑アブダビでのレース開催時。サーキット一帯は関係者以外立ち入り禁止となり、周囲は閑散と)

このように無事にシーズンを終えることができたのも、それぞれのメンバーはもちろん、Red Bull Racing・AlphaTauriというパートナーをはじめとした各チームの大きな頑張りと、異例の事態でも状況を見極めながら迅速かつ適切に対応を決め、安全な環境のもとにレースを開催したF1やFIA、レースオーガナイザーの尽力によるものだと思っています。

ただ、今シーズンの戦いを楽しみに待っていてくれたファンの皆さんに、サーキットで我々の走りを見せられなかったことは本当に残念です。皆さんの声はSNSなどを通じて届いており、いつも私たちの大きな力になっていますので、今年のような状況にはもどかしさを感じます。未だにCOVID-19の感染状況は楽観視できるものではありませんが、それでも来年はなんとか鈴鹿をはじめとしたサーキットで皆さんにお会いしたいと、切に願うばかりです。

―チャンピオンに届かず、悔しい結果に

我々のパフォーマンスについては、Red Bullとコンストラクター2位を獲得したものの、チャンピオンシップを獲るという想いで臨んだシーズンであることを考えると、悔しい一年になったと言わざるを得ません。

2019年シーズン終了後はもちろんですが、コロナ禍でレースを開催できないときでも研究所のエンジニアやチームはその時々でのベストを尽くし、我々としても自信を持って7月のオーストリアでの開幕戦に臨みましたが、ふたを開けてみれば、メルセデスに対して総合力で対抗できないという結果になりました。

もちろん、我々もシーズンを通してパッケージとして胸を張れるだけの進歩を遂げましたが、自分たちが考えていた以上にメルセデスの進歩が大きかったというのが実際のところだと思います。昨年末には彼らの背中が見えたと思っていただけに、結果として大きく水をあけられてしまったことは非常に悔しく思っていますが、同時に2014年から6連覇していても驕ることなく進化を続けた、王者メルセデスの慢心なき姿勢と組織としての強靭さは、敵ながら素晴らしいと感じています。

―パフォーマンス面での進化

一方で、Hondaとしては2004年以来のコンストラクター2位を獲得したということも事実であり、着実な前進を示せた部分もあったと感じています。

メルセデスの強さが際立ったシーズンのなかでも、フェルスタッペン選手のF1 70周年記念グランプリでの勝利や、ガスリー選手のモンツァでの初優勝、そして最終戦のフェルスタッペン選手のポール・トゥ・ウインなど、いくつか印象的なシーンを残すことができました。

どれもそれぞれに特別で、色々な想いがありましたが、特にガスリー選手の勝利は皆さんと同様にとても喜ばしいものでした。彼自身の初勝利、AlphaTauriにとってはホームレースでチーム史上12年ぶり2回目の優勝、我々Hondaにとっても彼らとの50戦目の記念レースであったなど、一番勝ってほしいタイミングで勝ってくれたような気がしています。

ガスリー選手はSuper Formula時代から合わせるとHondaとは4年の歴史がありますし、彼と一緒にF1で勝利を挙げられたのはことさら特別な気持ちでした。ここまで彼自身様々なアップダウンがありましたし、それをずっと近くで見てきただけに、心からおめでとうと感じました。Hondaにとっては、PUマニュファクチュラーとして、現行のハイブリッドレギュレーション下で、2チームと勝利を得た初のメーカー、という記録も作ることができ、その部分についても感謝しています。Toro Rosso(現AlphaTauri)との2018年のパートナーシップ開始時を想うと、一緒にすごい進歩を遂げてきたなと感じますし、本当に感慨深いものがあります。

―Honda F1の歴代記録と比べてみると

フェルスタッペン選手については今年2勝を挙げており、それも合わせてシーズン合計で11回表彰台に上がっています。実はこの数字は、Hondaドライバーとしては1988年のプロスト選手の14回、1991年のセナ選手の12回に次ぐ歴代3位タイの記録になります。

勝利数こそ及びませんが、シーズンのレース数がほぼ同じ状況で、HondaエンジンがF1界を席巻した黄金時代の多くのドライバーの記録を、今年マックス選手が上回ったことは、少し地味ながらも誇りに思っていい部分だと感じています。もちろん、これはマックス選手が歴史に名を残すレジェンドドライバーに負けない才能を持っているからこそ成し遂げられた記録であることは、言うまでもありません。

もう一つ、表彰台関連の話では、今年の第2戦シュタイアーマルクGPから第12戦ポルトガルGPまで、Hondaとして11戦連続で表彰台を獲得することができました。これもHondaとしては1990年の13戦連続、1987年の12戦連続に次ぐ歴代3位タイの記録です。マックス選手が表彰台に上れないときでも、アルボン選手やガスリー選手が記録をつないでいってくれたのでここまで数字を伸ばせており、HondaのPUを積む2チームが力を見せた上でたどり着いた記録だと感じています。

偉大な先輩方が作った第2期の成績を一つでも上回りたいという気持ちは常に持っているので、エミリア・ロマーニャGPで記録が途絶えたときには悔しい気持ちも感じましたが、この記録もマックス選手の表彰台回数と同じく、我々の着実な進歩を示す数字として前向きにとらえています。

もちろん、レースは勝つことがすべてですし、どれだけ記録を更新しても最終的にチャンピオンシップを獲得できなければ意味がありません。来年はこういった記録も更新しながら、チャンピオンを獲得できればそれ以上のことはないと思っています。

―2021年でのF1プロジェクト終了について

もう一つ、今年あった大きな出来事として、2021年限りでのHonda F1プロジェクト終了のアナウンスについて触れないわけにはいきません。

私はマネージングディレクターとして、サーキットでのレース運営や2つのチームとのコミュニケーションに携わるとともに、日本の本社サイドでも経営メンバーと直接話をする立場にあります。サーキットや研究所からF1を戦うメンバーの一人としては、Red Bull・AlphaTauriと手を携えて一歩一歩前進を果たしてきて、ようやくトップの背中が見えたタイミングでプロジェクトをやめなければいけないことは、言葉にできないくらい悔しい想いです。

ここまで地道な努力を重ねてきたSakuraやミルトンキーンズのメンバー、我々を信頼してパートナーシップを組み、今や素晴らしいパートナーになっている2つのチーム、そしてどんなときでもHondaを信じて熱い声援をくださるファンのことを想うと、本当に申し訳ないという言葉しか出てきません。

一方で、自動車業界が大きな変革期にある中で、Hondaが企業として新たな一歩を踏み出さなくてはいけないタイミングにあることも事実です。今回の決定は、我々が持つ限られたリソースの中で、どうしたら優秀なエンジニアたちをHondaの未来のために有効活用できるのか、考え抜いた末での結論です。

もちろん、Hondaにとって「レース」や「挑戦」がどれだけ大切なものであるかは、この会社で働いている人なら身に染みて理解している部分です。それだけに、今回の決定は誰にとっても非常に苦しいものだったと思っています。そのうえでも、我々が企業として前進するために必要な決断だったとご理解いただければ幸いです。

どれだけ説明を尽くしても、皆さんをがっかりさせてしまったという事実は変わりません。せめて残された期間で最大限、皆さんを喜ばせられればと、今はそのように感じています。

改めて、HondaにとってF1は大切な企業文化であり、創業者の夢でもあります。だからこそ、ここまで様々なアップダウンがあった中でも、我々の目標であるチャンピオンを獲得するために挑戦を続けてきました。困難に打ち克つために挑戦をしていくのがHondaですし、実際にF1を通してここまでその姿勢を見せてこられたと考えています。

来年いっぱいでその挑戦をやめなくてはならないことは本当に残念ではありますが、前向きにとらえれば、まだ我々にはチャレンジできる期間が1年間残っているとも言えます。今年目の当たりにしてきたように、ライバルの壁は非常に高いですが、彼らに打ち勝ってチャンピオンをとるために、HRD-Sakuraやチームのファクトリーでは今も休む間もなく開発が続けられています。私はHondaが持つ底力を信じていますし、Red BullとAlphaTauriも来年に懸ける想いは強く持ってくれていると感じています。

―悲願だった日本人ドライバーの誕生

もう一つ、来年楽しみにしていることは、角田裕毅(つのだ ゆうき)選手のAlphaTauriからのデビューです。日本人F1ドライバーの誕生は、長きにわたりHondaの悲願であり、今回のように実力を評価される形で日本人F1ドライバーを輩出できることは、本当にうれしい限りです。彼のことは国内でF4を走っているころから見ていますが、天性のスピードと高い適応力、そしてアグレッシブなドライビングスタイルを持っている非常に優れたドライバーです。

今年はF2でルーキーながら優勝3回、ポールポジション4回を記録してシーズン3位となり、F1をドライブするのに必要なスーパーライセンスを獲得してくれました。F2は、F1のように予選結果通りのグリッドでスタートする土曜の「メインレース(フィーチャーレース)」と、メインレース上位陣の順位を逆にしたグリッドでスタートを切る日曜の「スプリントレース」という2レース開催形式です。もしもF1同様にメインレースと予選結果だけをポイントに換算した場合、全ドライバーの中で角田選手が最もポイントを挙げている計算になります。シーズン通しては3位ですが、ルーキーでこれだけの結果を残せることは稀ですし、この辺りの数字からなぜ彼が高い評価を受けているかわかっていただけるかなと思います。

それらの素晴らしいパフォーマンスにより、彼はF2のルーキー・オブ・ザ・イヤーに加え、F1・F2やその他のカテゴリーを対象にしたFIAのルーキーオブザイヤーも受賞しました。記録ずくめの年になったこともあり、日本国内のみならず、レース界全体から高い評価と期待を得る若手ドライバーに成長しています。

日本とは全く環境が異なる欧州での挑戦2年目で、角田選手が高い順応性を示し、F1に必要なスーパーライセンスを獲得してくれたことはHondaとして本当にうれしく思っています。世界で通用するドライバーを育てるという想いのもとに取り組んできた鈴鹿サーキットレーシングスクールなどの我々のプログラムと、サーキット以外でも地道に鍛錬を続ける角田選手の努力と才能が、実を結んだと感じています。彼と一緒にどれだけの成績が残せるか、今から本当に楽しみです。

―2021年は、皆さんとさらなる高みへ!

ここからまた年が明けると、PUのファイアアップやシェイクダウン、ウインターテストなど、イベントが怒涛のように押し寄せ、そこからあっという間にメルボルンでの開幕戦に向かっていきます。

2021年はさらなる高みを目指し、皆さんともっと多くの喜びや感動を共有できる年にするためにチャレンジを続けていきますので、最後まで応援をよろしくお願いいたします。

また、この年末年始は、どなたにとっても例年とは少し違うものになると思います。どうか皆さんお身体にはくれぐれもお気をつけて、よい年をお迎えください。またサーキットで会いましょう!


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