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最高級の前向き妄想をくれる一冊 「もしも宮中晩餐会に招かれたら」

飛行機での旅が好きです。着陸態勢に入る前、しばし時間がありますよね。外の景色を見る事はあまりしません。あ、ヘルシンキから飛んだとき、夜の雲海に月が浮いているような景色に出逢った事がありました。さすがにあの時は、遠くまで続く景色に数分心が飛びましたね。さて、その着陸までの30分、ほぼ毎回この本を読んでおります。「もしも宮中晩餐会に招かれたら-至高のマナー学-

読みたくなるのです。言うならば、着陸前の瞑想とでも言うのでしょうか。飛行機の旅は、出張だったり外国旅行だったり、何かしらのビッグイベントが控えております。その前に、気持ちをポジティブに高め、そして落ち着く為の時間でしょうか。とにかく、機内での私は、この本から好きな一章を選び、短い時間で読むのです。

この本は、ある日あなたに宮内庁から、宮中晩餐会への招待状が届いたら、どう行動しますか?という設定から始まります。世界最高級の晩餐会と呼ばれる日本の宮中晩餐会。招待状が届いたら、返信はどうするのか?誰と行くのか、お金はかかるのか、手土産は?タクシーで行くのか?どこで降りるの?など、そう言えば、知らない…という準備から始まります。皇居坂下門到着、身分証明は?春秋の間での食前酒の飲み方、そして宮殿に通され皇族方との歓談が始まります。パニック!そして宮殿の正殿、竹の間に通された、という状況から、だんだん陛下に近付いていきます。70メーターの回廊を通り、そこに飾られた絵画が解説され、両陛下と主賓へのご挨拶がもうすぐ。どうすべきか?そして、石橋の間から会場である豊明殿に通され、柱が一本もない大広間に見とれていると、普段の常識が通じない状況での興奮を覚えます。そういえば、トイレは行けるの?そして、晩餐会幕開け。乾杯は、食べるスピードは?会話は誰とどんな内容を?食器やシルバー、ナプキンの作法は?ここからは、副題にある通り、「至高のマナー講座」ともなっています。最高級に仕立てられたフランス料理のメニュー、そこに込められた思い、食材の調理方法、そして配膳され、目の前で取り分け…。自分でやらなければなりません。食事が一皿一皿、自分だけの為に運ばれてくるわけではありません。自分で自分の分を取るのです。どのくらいの量を取るのですか?どのように料理をすくうのか、右手・左手、解説書のようにマナーを覚えながら読み進んでいきます。

とにかく、この本は晩餐会に出席し、食べて、帰るという行動を、細かい部分に焦点を当てて、ドラマチックに仕上げて解説するのです。そして、読み終えた時、フォークとナイフを美しく使いたくなる自分がいるでしょうし、皿の上に盛られたグリーンピースやコンソメのジュレも、今までと違った感動で見る事が出来るかもしれません。そして、取り分けすら、さっそうと出来るようになっているでしょう。何よりも、晩餐会で出てくる一品一品が、どのように作られるのか、どう演出されているのか、食好きならその描写に震えます。

なぜここまでリアルに様々な角度から宮中晩餐会を描けるのか。それは、この著者である渡辺誠さんが、1970年から宮内庁管理部大膳課(つまりいわゆる「天皇の料理番」)に勤務され、東宮御所の主厨を経て1996年の退官まで、長きに渡り皇室の「食」の為に仕事をされてきた方であるから。究極のロールプレイングを体感できる本であり、至高のマナー本でもある。また、それと同時に、宮中で長年渡辺氏が見てきた伝統や習わしも学ぶ事が出来ます。特に食の在り方について。「一物全体」を基本とした、食材の使い方、御料牧場での丁寧な育て方。タブロイド的な報道の見過ぎで、贅沢なブランド品と同様に捉えがちな晩餐会ですが、この本を読むと、目が覚めます。そこに流れる日本の誇るべき伝統、そしてひとつひとつの食材への感謝が生まれてくるのです。

この本をベースに、宮中晩餐会に招待された夫婦のコメディ映画が製作されることを願ってやみません。プロデュースしたいなぁ。

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