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『探偵・武蔵(仮』第3話

 むめいと会ったあの日から三年。いまだ白飯は遠い。
 噛めば噛むほど甘くなるという白飯のことを考えていると、ぐうぅぅ、と腹が鳴る。武蔵は麦飯を口にかき込み、まずは、と誰にともなく言った。
 そうだ、まずは──
「天下無双だ」
 名を上げるために剣豪らと立ち会う。次はあの団子侍だ。

「ときに武蔵様。天下無双、なる文言の意味を知っておいでですか」
 むめいの問いかけに武蔵は、無論、と返す。
「最も強い兵法者のことだろう」
「違います。天下無双とは、天下に双つと並ぶものが無い、という意味。つまり、ただ剣を振って勝っても、天下無双にはなれませぬ」
「……何でだよ」
「剣で勝つ者など、世にいくらでもいるからです」
「そいつらを片っ端から斬り伏せりゃあ、俺が天下無双だ」
「と、お思いになるでしょう。しかし事はそう単純ではありません」
「んあ?」
「武蔵様の剣には、型がありません」
「そりゃそうだ。剣を振られたら避け、渾身の一太刀を放つだけだ」
「それでこれまでの戦いを切り抜けられたのも見事ではございますが、それなるは人のわざではありません。言うなれば獣のわざ」
「獣の何が悪い」
「天下無双になるには、唯一無二の剣術が必要なのでございます。剣の術理がなければ、人に教えることはできず、推挙もできません」

 武蔵はざんばら髪をがりがり掻く。
「剣術なぁ、面倒くせぇ。勝てりゃいいだろ」
「ただ勝つだけでは天下無双の剣豪にはなれませんよ」
「天下に武芸者が俺一人になるまで斬りまくりゃ、将軍も俺を認め──」
「白飯を食べたくないのですか」
「食いてぇ」
「では無二の剣術を収めるのです。武蔵様の剣は〝天下無双宮本武蔵が使った兵法〟として世に残ることになります。私にお任せください」
「お前が剣術を指南するってのか?」
「は。私は当理流の術理を会得しております」
「そりゃあ忍びのわざだろ」
「いえ、かつて私がお仕えしていたお侍様の兵法です。その当理流には、刀や十手を片手に一つずつ持って使う二刀術があります」
「二刀?」
「はい。そも、刀は鋼の塊。一刀を両手で振らねば敵の命には届きませぬ。それを片手に一つずつ持つなど、並の者にはとてもできません」
「確かに、二刀使いは見たことがねぇな」
「なればこその無双。武蔵様の豪腕があれば、必ずや収めることができましょう。これが将軍家剣術師範、ひいては白飯への近道なのでございます」
「白飯への、近道……」
「そして唯一の道でございます」
「わかった。団子侍とはその二刀術で戦おう」
 くノ一・むめいの言葉には不思議な響きがあって、坊主の説法のようにいつの間にやら説き伏せられてしまう。ただ二言は無い。
 術理を収め、団子侍を二刀で討つ。

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