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『探偵・武蔵(仮』第1話

 はらはらと落ちてくる粉雪が野山を白く染める年暮れに、一介の浪人者、武蔵は京の都にやってきていた。流浪の旅道中、一年ぶりの京だ。
 前はごろつきも多かった町は今や平穏。
 そこら中、人であふれている。呉服屋に大工、数寄者、馬子衆、仏者。えっほ、えっほ、えっほっほぉ! と声を出しながら笊に座った客を運んでいくのは〝かご屋〟なんてものらしい。大名や公家じゃなくても笊に尻を下ろせば目的地まで運んでいってくれるってんだから、こりゃ驚きだ。

 にぎわう六条坊門通りを眺めながら武蔵はみたらし団子を食う。
「ん~、うんめぇ! これが京の味か!」
 思わず声を上げると、茶屋の娘が、ふふ、と笑った。
「お侍さん、京は団子じゃありません。食べられませんよ」
「あいや! せっかくの都町なんだ、俺はこの京を端から端まで、まるっと食いつくすぞ! 団子娘、京じゃ何が流行ってんだ?」
「そうですねぇ、値は張りますけれどお蕎麦が流行りですかね」
「おそば? うまそうには聞こえねぇな」
「これがおいしいのなんの。きっと食べてくださいね」

 そこで、
「娘さん、京の団子に勝る物はありません。茶屋の誇りを持ちなさい」
 黒地に黄金の南蛮刺繍が入る羽織を着た男が横に座ってきて、煙管を吸って冬空に煙を吹く。きれいにちょん髷を結った端整な顔立ちで、糸のように細い目をしている。役人か何かなのか腰には雅な刀を二本差ししている。
 剣気はまるでない。
 男は煙管を置き、三色団子を一つ食べてうなずいた。
「私は桜、緑、白のこの三色団子に目がありません。桜が咲き誇る春。緑が野山を覆う夏。白が京を染める冬。そして三色団子には秋──飽きがない」
 流れるように語る男に、武蔵は言ってやる。
「俺の団子だけどな」
 男は口に薄いしわを寄せて、ふっふ、と笑った。
「これは失礼をしましたな。私、団子となるとどうにも手が止められない性分でして。先日などはお奉行様の団子に手を付けてしまい、あわやのところでお縄をちょうだいするところでしたよ、ふっふっふ。我ながら困ったものです。この三色団子のお代は私が払いましょう、宮本武蔵殿」

 武蔵は食いかけの団子を皿に戻し、顔を歪める。
「何で俺の名を知ってんだ」
「なに、少々ご縁がありましてね」
 ざんばら頭をがりがり掻く武蔵に、男は続けて言う。
「ときに宮本武蔵殿、私と果たし合いをしませんか」
「あん? 果たし合い、だと」
「貴殿は、申し込まれた果たし合いはすべて受ける、とお聞きしました」
「ああ、まぁな。けどあんた、剣なんて振れんのかい」
「ええ、それなりには」
「ふーん。まさか、真剣勝負なんて言わねぇよな」
「勝負はすべて、真剣です」
 武蔵は再び頭を掻く。剣気もないくせになかなか言うじゃねぇか。
「行儀のいい団子侍は、団子食って道場稽古してりゃあいいものを」
「ほ。団子侍とな」
「お前さん、名は何てんだ」
「申し遅れました。私、京八流、吉岡伝七郎といいます」

 京八流、吉岡。名門だが、それ以上に思うところがある。
「……そういうことか」
 一年前の京で武蔵は、吉岡道場の当主、吉岡〝拳法〟清十郎と木剣で立ち合いをした。その弟の名が確か、伝七郎。
 武蔵は目を上下させ、あらためて団子侍を見る。
「似てねぇ兄弟だ」
「そうですか? よく、そっくりと言われますが」
「剣気がまるで違うんだよ。清十郎は燃え盛る火のような気をまとった武芸者だった。剣気がまったくないお前とは似ても似つかねぇな」
「ああ、兄者は剣に熱いお人ですからね」
「で、あいつは今どうしてる?」
「兄者は貴殿との立ち合いからぱたりと剣を握らなくなり、今は妻子とともに家伝の染め物ばかりするようになりました」
「剣の鬼のようだった吉岡清十郎が、染め物……」

 団子侍は肩をすくめる。
「そういうわけで、次は私が当主を継ぐのです」
「その景気づけに、清十郎を倒した俺を倒すってのか」
「弟子の前で、正々堂々たる打ち返しをせねば、〝拳法〟は継げません」
 武蔵は口の端を上げて、顎の無精ひげをなでる。
 ……悪くねぇ。
「受けて立とうじゃねぇか。で、その真剣勝負、いつやる?」
「慶長十一年の幕開けとなる元日の朝、卯の下刻です」
「場所は?」
「東山、蓮華王院、本堂──三十三間堂にて」
「いいねぇ」
「楽しみにしていますよ、宮本武蔵殿」
 そして団子侍は三色団子を食い、串を煙管に持ち替えて去っていった。
 団子代を払わず……

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