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模型屋さん本屋さん(2005年06月12日)

2005年06月12日 記

 近所にいつ行っても繁盛している模型屋さんがある。店は眼鏡をかけたやせぎすのオバちゃん一人で切り盛りしている。ちょっと険があって話しかけにくい雰囲気のオバちゃんで、子どもも僕もいつも無言のうちにそそくさと買い物を済ませて出て行ってしまうのであるが、今日はちょっと違った。ガンプラを買ったら、「おまけ」と言って「BAKUSEED」というレーシングマシンのキットをくれたのである。オバちゃん曰く、バンダイの「BAKUSEED」は後発だからあんまり売れてなくって(タミヤのダンガンレーサーというのが先発らしい)、販促品としてタダでばらまいているのだそうだ。

 そのときの「あんまし大きな声じゃ言えないんだけどね」的な仕草がなんともかわいらしくって印象に残ったわけである。オバちゃんと目を合わせて会話をしたこと自体、初めてだったのだけれど、なるほどこの店の繁盛の理由がちょっと分かったような気がした。けっしてタダでモノをくれたからではない(と思う)。

 ウチの子にキットを渡す時、オバちゃんは「僕いくつ? お友達もやってる子いるでしょ?」と話しかけてきた。そういえばちょっと前に、友達がやってるのを見たことがあるので、僕はそのことを話した。するとオバちゃんはその友達のことをしっかり知っていたのである! しかも「あそこは、お父さんも昔から好きでね~」などとしみじみと語っちゃったりする。つまり模型屋さんというのは、親子代々で訪れる客が多いのである(うちもそうだけど)。オバちゃんの頭にはそうした顧客リストがきちんとストックされているのだ。

 考えてみれば、模型屋さんというのは子供たちの最高の社交場である。このお店の外にはダンガンレース用のコースが置いてあるし、店内にはカードゲーム用のテーブルもある。これでオバちゃんがお好み焼きでも焼いてくれたら言うことなしの遊び場である。その子供たちが長じて、今度は自分の子を連れてやってくる。そうした循環がおそらくこの店では完成されているわけだ。

 僕が暮らす名古屋圏の人々は、生まれた土地から離れない人が多いので、他と比べるとちょっと特殊なのかもしれない。でも、最近の個人商店は量販店に押されて消えていくばかり、というのが世の常識だとしたらそれは間違いだ。しっかりとお客(この場合は子供と親)の心をつかんで離さない個人商店は存在するのである――などとガンプラの箱を握り締めながら言っても、我ながら説得力がないなと思うけれど。

 顧客の嗜好をリサーチし、来店の際にちょっとした付加価値を与えるというのは商売の基本である。この模型屋さんの場合、そこまで計算はしていないのだろうけど、長年にわたって基本を守り続けてきたのだろうと思う。模型屋さんのビジネスモデル(と言うととっても大げさだけど)というのは、もっと注目されても良いのではないか? などと思う次第である。「さおだけ屋がどうしたこうした」という本が売れているらしいが、アレに載っているのはあくまで裏技。模型屋のオバちゃんのやり方が、すごく地味だし時間もかかるけど「商売の王道」のような気がする。いや、けっしてオマケをくれたから言ってるわけじゃないんだかんね。

 あ、その逆を突っ走って、どんどん衰退しているのが個人営業の本屋さんだと思うわけだけど、それを書くと長くなるのでまたの機会に。とりあえずちゃんと領収書ぐらいは切ってください。「23,68円」っていくらなのさっ!

2024年02月07日 追記

 残念ながら、この模型屋さんは数年前に閉店してしまいました。おそらくはオバちゃんの高齢化によるものだと思います。子どもたちの社交場だったので、それがなくなってしまい、ほんとうに残念です。一方で、まともに領収書を切れない本屋さんはいまだ健在です。世の中、ほんとうにわからない。


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