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リレーエッセイ「わたしの2選」/『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』『メトロポリス』(紹介する人: 吉川美奈子①)

はじめまして。ドイツ語字幕翻訳者の吉川美奈子と申します。このたび、おすすめの映画2作品をご紹介することになりました。大好きな作品、私にとって大切な作品はたくさんあります。だけど視聴できなければ意味がないし、私のひとりよがりでもいけない…。悩んだ末、次の2作品をご紹介することにしました。お読みいただければ幸いです。

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(2018)

1本目は旧東ドイツを描いたもので、実話を基にしている。当時ドイツでの評価がとても高かったので、どうしても見たくなった私はDVDを取り寄せて鑑賞した。この作品が2021年5月に日本でも公開されるそうだ。これはグッドタイミング!ぜひこちらでご紹介したい。

原題:Gundermann
監督:アンドレアス・ドレーゼン
出演:アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー、ミラン・ペシェル
字幕翻訳:山根恵子

<あらすじ>
東ドイツの褐炭採掘場で巨大な掘削機を操るゲアハルト・グンダーマンは、仕事の合間にせっせと歌を作り、歌手としても活躍している。よりよい世界を目指し、党に対する批判もいとわない。ところがそのグンダーマンが、シュタージ(国家保安省)のIM(非公式協力者)として仲間を密告していた。

東のボブ・ディランとも呼ばれたグンダーマン。東西ドイツの統一後、仲間を密告していたグンダーマンは過去の自分に失望し、苦しむのだった。ドイツ語版DVDのジャケットでは、矛盾を抱えるグンダーマンを次のように説明している。

映画「グンダーマン」が描くのは、歌を作り、掘削機を操る男だ。詩人でお調子者で理想主義者である。夢を見、希望を抱き、人を愛し、そして闘う。スパイであり、スパイをされる。不器用な正義の味方、矛盾した人間なのだ。

<東を描くということ>

旧東ドイツを描いた作品はたくさんある。シュタージによる国民の監視という負の面を描いた作品も数多く公開された。閉塞感に苦しんだ多くの国民が、物質的に豊かで自由な西側社会に憧れる様子も多く描かれている。私自身、80年代に東ドイツの友人宅へせっせと通った経験があるため、当時の彼らの気持ちはよく分かる。1週間ほど友人宅に滞在して西ドイツへと戻って行く日、友人たちは皆、涙を流してくれた。当たり前のようにベルリンの壁を越え、自由な西側社会へと戻って行く私の背中を見るのがつらかったのかもしれない。閉塞感と物資の不足による日々の生活の不便さは外国人の私にも感じられ、滞在初日からすでに私は西へ戻りたくなっていた。

一方で、私の頭から離れない言葉がある。旧東ドイツ出身で今もドレスデンに暮らす友人がつい最近、私に言った言葉だ。

「本当の東ドイツは、東ドイツ出身の人にしか描けない」

彼女いわく、「東ドイツを劣った国として描く作品はもうウンザリ」。それを聞いてドキッとした。映画製作者は、東ドイツの負の面を感動の材料にしてはいないか。もちろん、西側出身であっても、綿密にリサーチを重ね、数々の証言を集めて真摯に向き合い、丁寧に作品を撮っている監督も数多くいる。壁崩壊から30年以上が経った今、映画制作者を西出身・東出身と区別すること自体がナンセンスなのかもしれない。それでも、「ステレオタイプではない真の東ドイツ」「誇張されていない東ドイツ」を描く東出身の監督として、ドレーゼン監督の存在感はさらに増していくだろう。

「仲間を密告する」行為は、確かに褒められた行為ではない。シュタージは間違いなく卑劣な組織だ。だけど西側にいた人間に東側の過去を断罪する権利があるのだろうか。“西側目線”で断罪したところで、東ドイツの本当の姿は分かるのだろうか。本作を見て、そんな思いに駆られた。

『メトロポリス』(1927)

これは古典的名作なので、ご覧になった方も多いのではと思ったのだけれど、現代に通じるテーマであるので、改めてご紹介したいと思う。

原題:Metropolis
監督:フリッツ・ラング
脚本:テア・フォン・ハルボウ、フリッツ・ラング
主演:ブリギッテ・ヘルム、アルフレート・アーベル、グスタフ・フレーリッヒ

<あらすじ>
舞台は「メトロポリス」と呼ばれる未来都市。地上の楽園では支配者階級が豊かな生活を享受している。一方、地下の世界では劣悪な環境で労働者が働かされている。裕福な家庭の息子フレーダーはある日、謎めいた美しい女性マリアと知り合う。マリアによって地下の実態を知り、目覚めたフレーダー。一方、フレーダーの父はその様子に危機感を抱き、アンドロイドのマリアを学者に作らせる。そのマリアが地下に潜入、労働者たちの団結を阻止すべく混乱をもたらす…。

この作品を今見ると、身につまされる。地下の労働者はみんな同じ顔、同じ服、同じ動作。機械の一部となってただひたすら働かされている。一方、地上の楽園の支配者階級は1人1人に顔があり、人間的な生活を送っている。100年近く前に作られた作品なのに、今の社会に共通するものがあって泣けてくる。今さら共産主義のイデオロギーを持ち出すつもりはないけれど、今の世の中、もうちょっとなんとかならんものか。

本編中、印象的な中間字幕(インタータートル)が何度か出てくる。

Mittler zwischen Hirn und Händen muss das Herz sein.
(頭脳と労働をつなぐものは、心でなくてはならない)

そう、「心」が欲しいのだ。Herz (=heart) を「ハート」と訳すと、もっとダイレクトに意味が伝わるかもしれない。政治家が口にする薄っぺらなスローガンはいらない。人間味があり、人に優しい社会であってほしいのだ。

この作品は視覚的にも強烈な印象を残す。空高くそびえる摩天楼、「ゆりかもめ」のような立体的な乗り物、機械化された便利な生活。聖母のように美しい人間マリアと、無機質な美しさを持つアンドロイドのマリア。そんな作品を支えているのが優れた脚本だ。

脚本を担当したのは、一時期ラングの妻でもあったテア・フォン・ハルボウ。ドイツでは「ハルブー」と発音されているが、ここでは日本で定着した「ハルボウ」で表記することにする。ラングが天才であったことは誰もが認めるところだけど、この壮大な物語を書き上げたハルボウもまた、類いまれなる才能の持ち主だったのだろう。ハルボウは脚本と同時に小説版も書き上げることで知られており、小説版「メトロポリス」には新訳が出ている。

新訳メトロポリス』(中公文庫)
作者:テア・フォン・ハルボウ
翻訳:酒寄進一

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「訳者あとがき」にはラングとハルボウの関係も詳しく書かれている。ユダヤ系のラングはナチの迫害から逃れてパリ経由でアメリカへ渡ったというエピソードが有名だった。しかし実は自分のほうから宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスに売り込みをかけていたということが最近になって分かったという。うーむ…。知りたくなかった事実。一方、ハルボウはラングとの離婚後にナチ党に入党したために、後世になっていろいろ言われるようになった。確かに入党は正当化できる行為ではないし、肩を持つ気はまったくないのだけれど、彼女は必ずしもナチに心酔(または迎合)して入ったわけではなさそう。ハルボウはインドの独立運動家と恋仲になり、運動を支援していたとの話。ドイツの当局にも支援を働きかけたらしく、そのために入党せざるを得なかったのではという見方もあるらしい。いずれにしても、ナチ時代の表現者が生き残っていくには、現代の私たちには想像もつかない苦労と葛藤があったのだろう。

この「訳者あとがき」で興味を引かれたのが、ハルボウの小説の文体の推移。翻訳者なら誰もが気になるところだ。初期の作品では、接続詞や関係文が多用され、流麗な語り口で物語がつづられているとのこと。その後の作品では、『主語(=視点)の固定、単文の羅列。しかもその一文一文が映画のワンカットとして容易に想像』できる文体へと変化したそうだ。そして「メトロポリス」の小説版では、それがさらに進化。『単文の羅列は捨て去られ、代わりに目立つのは同語反復(ときには数行に及ぶ文章も)や類語反復、そして現在分詞を多用した長文』『ループするような目眩を感じさせる文体』へと変わったという。(『 』は訳者あとがきから引用)こりゃ、翻訳者泣かせの原文だったに違いない。

ハルボウが目指したのは、脚本や小説といった枠組みを超え、読むだけで映像が浮かび上がってくるような作品だったのではないかと思わされる。この小説版には「壮大」という言葉では物足りないくらい、様々な世界がてんこ盛りに盛られている。近未来的なSFでありながら、聖書の物語が随所に差し挟まれ、それに東洋的なエッセンスも加わる。メインのテーマは労働問題。『ループするような目眩』がするのも当然だ。この世界観を映像作品にまとめるのは至難の業であり、それを実現した夫妻はやはり天才だったのだろう。

改めて「メトロポリス」を見ていただきたいのだけど、皆様お忙しいので、なかなかそういった時間は取れないかもしれない。その場合は、せめて次の予告編だけでも。

Queenの「Radio Ga Ga」では、本作品の映像が背景に使われている。実は私はこのPVが大好きで、ちょくちょく眺めている。

その2へ続く

■執筆者プロフィール

吉川 美奈子(よしかわみなこ) ドイツ語・英語字幕翻訳者。1992年から実務翻訳に、2000年から字幕翻訳に従事。主な翻訳作品は「ハンナ・アーレント」「帰ってきたヒトラー」「コリーニ事件」「僕らは希望という名の列車に乗った」「お名前はアドルフ?」「名もなき生涯」「水を抱く女」「ハイゼ家 百年」など。翻訳が三度のメシと同じくらい好き。毎年2月にベルリン映画祭へ行くことを楽しみにしていたので、コロナ禍で行けないのが悲しい。ここ数年ハマっているのは、アゲハ蝶の幼虫(イモムシ)を育てて羽化させるイモ活。1頭1頭にゲルマンな名前をつけて放している。



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