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井口富美子「きまぐれ日本文学」

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書物に出会い、言葉と巡り合う
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きまぐれ日本文学(井口富美子)その3 翻訳と創作を往来して - 夭折の詩人、左川ちか

日本は長く中国の影響を受けつつ独自の文学を創出してきましたが、明治になると黒船欧米文学の翻訳を通じてさらに新たな道が開かれました。詩歌では森鴎外らの『於母影』、上田敏の『海潮音』、堀口大学の『月下の一群』という訳詩集の系譜があり、それらは新体詩から象徴詩を経て現代詩へと続く道しるべとなってきました。 1920年代から欧米で始まったモダニズム文学は、日本においては小説よりも詩の分野で大輪の花を咲かせました。当時とりわけ光り輝いていたモダニズム詩人左川ちかは、女性であったこと、早

きまぐれ日本文学(井口富美子)その2 ほんとうはおもしろい『虞美人草』

夏目漱石といえば『吾輩は猫である』、『坊ちゃん』、そして『こころ』。明治の文豪は、立派な額縁に入れられ、高いところに飾られて久しい。近年その名を目にするのは、「I love you」を「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさいと教えたとかいう逸話ぐらいだ。今どき、わたしと同世代でもあまり漱石は読まないだろう。ましてや、専門家もほとんど言及しない、駄作とまで言われている『虞美人草』なんて、職業作家となった漱石が心血を注いだ第一作ということはおろか、書名さえ知られていない。今回も、

きまぐれ日本文学(井口富美子)その1 森鴎外随想

はじめまして。通訳・翻訳ブックに掲載された記事「時間がある時のドイツ語勉強法」に「優れた文章(本)を読みましょう」と書いたためか、若手翻訳者のみなさんからどんな本を読めばよいかと質問されます。そこで、若いころから自分が読んできた日本文学の中から、これはと思うものを『ほんやくWebzine』で紹介することにしました。ぜひ日本文学に親しんでいただき、一冊でもお気に入りの本を見つけてくだされば本望です。 ■ 森鴎外随想学校の音楽室にもれなく飾られているバッハとヘンデルの肖像のよ