見出し画像

「やりたいことが見つからない」あなたへ

「やりたいことが見つからない」
「生きがいが見つからない」

個人的には、そんなことで悩む必要はないのだと思うけれど、結構悩んでる人っって多いな〜と思ったんです。

今日は、「やりたいこと」について考えてみました。

やりたいことって何?

「やりたいことが分からない」って、話をよく聞くんです。わかりやすいように知人の例をあげておきましょう。彼女は私と同世代、子育ても終盤に差し掛かっています。私と生活環境が似通っているので、私に気持ちを吐露したのでしょう。

気持ちはわかります。子育てをする女性というのは、意識しなければ家族や子どものケアが中心になってしまう。そのため、つい自分のことは常に後回し。他人の世話ばかりしていると、いざ時間ができたときには心にぽっかり穴が開いてしまうのでしょう。その穴を埋めようと「やりたいこと」を探してしまう。やりたいことなんて待っていても見つからないものだから不安は増幅するばかり。

けれど、そんなことで悩む必要あるのかな。

かつては、「やりたいこと」を大人が作ってくれていた

そうやって「やりたいこと」を必要なものと感じてしまうのは私たちの成長過程に大きな原因があるのかもしれない。

例えばですが、大人になるまで親や先生たちは「やる」に対して明確な動機づけをしてくれていました。普通に「将来の夢は何?」って聞いたりする。子どもたちが明確に答えると満面の笑みで褒めてくれる。他にも、大人が期待することを頑張っているとすごく褒めてくれたりする。(ポイントは大人が期待することという点、特に勉強やスポーツね)。すると子どもたちは「これをすると親が喜ぶ」とか思っちゃうんですよね。

本当に、勉強やスポーツが好きだったのならならば、また再開すればいい。けれど、他人を喜ばせることや達成感を「やりたいこと」だと捉えてしまっていたのなら思考の仕切り直しをしてもいいんじゃないかな。そう思うと、ミドルエイジは「自分なりの生きがい」について改めて考えるチャンスなんじゃないかな。

そもそも

人はそれぞれに興味関心が大きく異なる。「AとBの、どちらに興味関心があるのか」「何に情熱を感じるのか」そんなことは、自分の心しか知らない。それを「やりたいこと」「生きがい」と定義づけるのならば、とりあえず何でもやってみて、興味が湧けば始めてみればいいし湧かなければやめればいい。もっというと、興味が湧かなくても誰も困らない。

仕事も同じで「やりたい仕事」がないなら「お金を稼ぐための時間」と割り切ってしまえばいいだけのこと。全員が「やりたいこと」=「人生に最も大切なこと」な訳じゃないのだから「やりたいことがない」なんて嘆く必要はないのだと思う。

何が言いたいのかと言うと、行動しないと経験もできないという自己理解。経験がなければ、心も揺さぶられない。気持ちが動かなければ「やりたい」という気持ちを持つこともないし、スタートラインすら立てないということなんじゃないかな。

大切なのは「行動」が原点ということ。だから「やりたいことがない」と悩むのならば、とにかく行動だと思うんです。ためらいを捨てて直感で行動してみると、ある日突然に何かと出会うかもしれない。

Google検索でするのは答え探しではなく、情報の収集のみ。
さあ、動きましょう!

けれど、現状が好きで何ら不満もないのなら「今を保つ」っていうのも一つの生き方だよね。


いただいたサポートは、我が家の自閉症児2人のおやつか私の一息の休憩代に使わせてください。私もいつか、ひとり親や障害児育児にサポートできる側に回りたいです。