なみなみの風呂

その人は言った。
「湯をなみなみにした
風呂に入りたかったんです」
しみじみ思い浮かべている。
「なみなみにした風呂に
ザブーンと入って
お湯をザーッとこぼして
ゆっかり浸かる。
やってみたかったんです」

その人はジェット機の
エンジンを整備する人で、
毎晩遅くまで働いていた。
家に戻って風呂に入るとき、
前の奥さんが言ったそうだ。
「もったいないから
お湯は足さないで」
その人は仰向けに寝そべり、
浅い湯に浸かったそうだ。

新しい奥さんはやさしい。
そんなひどいことはしない。
湯をあふれるほど入れて、
旦那を風呂に入れてあげる。
「ザブーン、ザバーッ」
大きな風呂にゆったりと
全身をお湯に浸からせる。
「夢にまで見た光景なんです」

疲れた体を風呂で癒す。
ちまちまとした浅い湯でなく、
あふれるほどのたっぷりとした湯。
それでこそ疲れも取れるというもの。
心身共に健康になったその人は、
いまほど幸せなときはないと、
毎晩なみなみの風呂に入っている。