『パリの憂鬱』

19世紀のパリは
第二帝政下のもと
急速に近代化され、
貧富の差が大きくなり
パリの裏町には
貧しい人々が
喘ぎ呻き悲しみながら
息絶え絶え暮らしていた。

ボードレールは
韻文詩『悪の華』で
そうした人々も
描き出していた。
やがて己の気持ちは
韻文詩から散文詩となり
『パリの憂鬱』が
できあがってくるのだ。

最初の散文詩は
パリの裏町で暮らす
外国人である「異邦人」
「L’Etranger」である。
このタイトルが
アルベール・カミュに
小説への連想を与えたことは
大いにあり得ることだろう。

『悪の華』の韻文詩、
「旅への誘い」も
『パリの憂鬱』では
散文詩として
訥々と書かれている。
陰鬱とした日常から
解放されたいという
欲求が表されている。

『パリの憂鬱』の
フランス語での表題は
『Le Spleen de Paris』。
Spleenは脾臓のこと。
脾臓を患えば
血の巡りが悪くなり、
青白く鬱屈してしまう。
憂鬱を意味するようになった。

都会に暮らせば
今でも憂鬱に陥る。
汚い空気、不味い水、
暗い昼と明るい夜、
騒音と喧騒の渦、
暴力と鮮血の嵐。
生き地獄から抜け出す
詩の世界を彷徨う。

ボードレールの詩を
少しだけフランス語で読んだ。
難解で意味など理解できない。
それでも彼が表現したかった
カオスは肌で感じることができた。
文章でなく、詩である散文詩。
文字で綴るまさにこれぞ芸術。
そう思わせる作品だった。