日野啓三という作家

戦中に朝鮮で育ち、
敗戦によって広島の
父の生家に引き上げた。
裕福な暮らしから一転、
一気に侘びしく貧しい生活を
送ることになった青年が
後に作家となる日野啓三だ。

アルバイトで食いつなぎ、
東京の大学を何とか卒業。
新聞社の通信員となって
再び韓国に渡った日野は、
暗く美しい女性に惹かれる。
東京に遺した妻を捨て、
女を東京に呼び寄せる。

そんな自分の憂う人生を
そのまま小説にしたのが、
代表作の『此岸の家』だ。
平林たい子文学賞をとり、
『あの夕陽』で芥川賞受賞。
どれも短中編ばかりだが、
やりきれぬ倦怠感と虚脱感が漂う。

口喧嘩が絶えない韓国人の妻、
冷たい突風が吹き荒れ、
いつ崩れ果ててもおかしくない
薄氷を踏むような家庭生活。
彼女とは無事に暮らせるのか、
それとも祖国に帰ってしまうのか。
異邦人と暮らす焦燥と困難。

日本人であるのに朝鮮で育ち、
日本に戻れば爪弾きにされる。
祖国を失った暗澹たる主人公、
日野啓三に果たして未来はあるのか。
読者も彼の人生に巻き込まれ、
底なしの不安に心と身体が震える。
私を寒風にさらけ出す私小説。

しかし実際の日野は妻と別れず、
73歳まで作家生涯を全うする。
妻の奈美は夫が死んだ4年後に
74歳の生涯を閉じる。
愛し合い憎しみ合ったのか。
二人は今、天国で再開し、
再び一緒に暮らしているのだろうか。