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【中編】総理の選択


真っ暗で肌寒さを感じる森の中で、カラスが私に言った。


「人間は1日に6万回判断し、選択している。それはくだらないことから重要なことまで。だけど一つの判断を間違えるだけで、命を落とすこともあるし、生き延びることもある。」


私はカラスが人間のことなど理解出来るのかと思いながら続きを聞いた。


「あなたは3ヶ月後死ぬことになるだろう。」


その後、目の前がぼんやりと消えていく。そこで私は目を覚ました。



朝6:00。その日は寝起きがとても悪かった。前日お酒は軽く飲んでいたからか、それとも仕事の責任感から眠りが浅かったのか・・どちらかと言えば後者なのは分かっていた。

責任感をグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨ててしまえば、楽になる。しかし一国の総理という名目上、簡単に手放すことは出来ない。それを承知の上で今までの仕事は全うしてきた。

国民というものは批判ばかりする。私がやること全てに文句を言うが、結果を出したことには目もくれない。私がそう思っているだけだからか。

褒められたい訳ではないが、少しは褒めてくれてもいいのではないか。私も総理という前に一人の人間である。

一般市民の生活をしていれば、少しは感情移入が出来るのだろうか。


そんなことを考えていたら頭が痛くなってきた。ガンガンするというより、ドクンドクンと頭が脈打つ。それと同時に頭が強く締め付けられるような痛みがして気を失った。



また森の中だ。灰色の霧がかかってる奥から黒い何かが近づいてきた。リズリカルにスキップするように何かが近づいてきている。

その黒い何かは、止まった。


「運命は変えられないと思うと、流れる水のように身をまかして生きるようになる。それは大いにケッコーなこと。だけど運命はたくさんある。世界中の蟻の数ほどに。その中で、あなたが決めた運命を、数ある運命の一つの道を行く。」

カラスにしては言うことが達者だ。

「要するに選択次第で、どうにも変えられるってこと。」



再び目を覚ました時には、病室のベットの上にいた。穏やかなクーラの音と私の心臓の鼓動を機械に反映して一定のリズムで「ピッピッ」鳴る音が聞こえる。

「あ、目を覚ましたのね!よかった〜〜〜!」

妻が横にいるのに気づき、意識が徐々にはっきりしてきた。


「体調大丈夫?今お医者さんくるからね。」

「あー・・・どのくらい寝ていた?今何時?仕事行かなきゃ。」


左腕に点滴があるのを見ると少し腕に痛みを感じる気がした。

「今、夜の8時過ぎよ。明日も仕事は休んで大丈夫だから。」


重たい体をゆっくりと上げた。


「大丈夫って?3ヶ月後には大事な演説があるから、今休む訳にはいかないんだ。倒れたことは報道されているのか?」

「そんなこともういいじゃない。あなた死にそうだったのよ。これを機に辞任も考えてよ。いい年なんだから。」

「辞任なんてありえないからな。報道は?国民は知っているのか?」

「ここに運ばれてきたことは内密にしているわよ。それより今後のことどうするか考えてね!」

「考えるも何も、このまま続けるに変わりはない。」

と、言ったところでメガネをかけた細身の医者が病室に入ってきた。


「体調はどうです?」

「元気。問題ないよ。いつ退院出来るんだ?」

「元気でも、2日間は安静にしていて下さい。」

「官邸に戻らなきゃいけないんだ。明日には出たい。」

「総理、あなたは頭に爆弾を抱えています。またいつ再発するか分からないので、4日間は安静にしてもらえますか?」

「嫌です。」

医者は総理の意地は山奥の冷え切った岩より頑丈なことを知っていた。

「分かりました。では明日1日休養して、明後日退院しましょう。その代わり、薬は絶対に欠かさずに飲んで下さいね。」


1日休みがあるなんてどれくらいぶりだろうか。思えばここ数ヶ月は連続して仕事をしていた。その結果がコレだ。久しぶりにゆっくり過ごすのも悪くないなと思い、TVを付けながら眠りについた。



翌日、いつものように朝6:00に目が覚めた。習慣というのはとても便利だ。体は、これからニュースを見ながら朝食を食べて、歯を磨いて、犬の散歩をして、トイレに行き、スーツに着替えて家を出る・・・と、思っているだろう。そんな体にサプライズをするように、今日は何もすることがない。

いや、何もすることがないというのは嘘になる。病室でもやることと出来ることは沢山ある。だけど、今日は何もしないと決めた。晴れた青い空も何もするなと後押ししてくれているような気がした。


ボーっと外を眺めていると、(テロリン♪)妻からLINEが入った。

「おはよう。体調大丈夫?9:00には病院行くわね。何か持ってきて欲しいものある?」


私は考えた。今日はなるべく自分に時間を使いたい。仕事では会議の嵐、疲れて家に帰ると愛する妻の話を聞く毎日。昨日倒れたのは神様が私のために休みを与えてくれたのでは。


「ごめん、心配しなくていいよ。今日は一人で過ごしたいんだ。明日の朝迎えに来てください。」


妻は私より頑固ではないので、やんわりと断りを入れた。さて、現在朝の6:30。今日全ての時間自分に費やせると思うとワクワクした。1日のスケジュールを組むことにしよう。


私は、紙をペンを用意し何をしようか考えた。しかしどうしたものか、何も出来ることがないのだ。美味しい寿司屋に行くことも出来なければ、お墓参りに行くことも出来ない。病院という限られた枠の中での自由でしかないのだ。


病院で出来ることと言えば、TVを見る。医者と世間話をする。病院内を探検する。

「これくらいか・・・。」

とりあえずTVを付けてニュースを見た。TVではいつものキャスターがいつもの服を来て、いつものトーンで話していた。人々が動く日常は変わりなく私だけ世間に取り残されたような気がした。

キャスターを見ながら自分の話題が出るかとドキドキして聞いていたのだが、結局は何も出ず番組は猫の愛らしい動画を紹介してエンディングへと向かった。



男は、この国の仕組みに苛立ちを感じていた。この国の仕組みというより総理を含めた政治家の態度だ。

国民の税金で良いホテルに泊まり、良い肉を食い、良いお酒を飲む。GDPは下がる代わりに消費税は上がる一方。

その挙句、国会では寝ているやつもいる。国会中継でTVに映されていると分かりつつ、寝ているとは大した度胸だ。それを横目に何も言わない総理も同罪ではないだろうか。

男は、あるネットニュースを読み、3ヶ月後に総理の演説があるのを知り、行動に移すことを決意した。



「ありがとうございました!」

私は病院内のコンビニでお茶を買った。いつもは付き添いに買ってきてもらっているが、自分で買ったのは久々だ。レシートを見ながら、いつからお茶はこんなにも高くなったのだろうと考えた。茶葉の高騰は耳にしていないが、となると原因は水か・・?いやそれも代わりない。どのメーカーも同一くらいの価格で、とりわけこのお茶が高いわけでもない。

と考えつつ、自分の政策だというのを思い出した。長らくコンビニやスーパーで買い物をしていないせいか、一般人の金銭感覚が分からなくなっていた。

長い年月を経て再び買い物をすることで自分が行った政策がどれだけの人の生活を不便にしていたのかに気づいた。


「だけど、結果も残してきたし!」


と呟き、病院という限られた枠の中で唯一自由を感じられる屋上へ行った。


重い扉を開けると太陽の光が目に差し込んだ。風が吹き、植物は太陽を目指すように伸びて、アスファルトは綺麗に舗装されている。

道に添いながら奥に進むと、私が作っていった町が一望出来た。車が走り建設途中のビルがちらほら。その中には一際目立つタワーも立派に立っていた。


「綺麗だね!おじさん知ってるよ!そーりでしょ!」

ボーッと眺めていると、可愛い女の子が話しかけてきた。

「お、よく知っているね!そうだよ。何歳?」

「おじさん嫌われているから知ってるよ!5才!」

「あはは、嫌われ者ほど有名か!」

「でも、おじさんは頑張ってずっと働いているのも知っているよ!」

私は、目を丸くし驚いた。

「ありがとう、君はどうしてここにいるの?」

「私ビョーキなんだって。あと少ししか生きられないみたい。だから色んな人と会って色んな人と話して色んなところに行くの!」


死を目の前に前向きな少女をみて、夢の中のカラスを思い出した。


「もし、ビョーキが治ったら、何がしたい?」

「うーん、やりたいことは今やっているよ!!変わらないよ!」


私はとても感銘を受けた。一国の総理と病気の少女。普通に見れば少女の方が不幸だと思うだろう。しかし現実は私の方が不幸なのかもしれない。私は国や世論、過去や未来ばっか見てきた。それと引き換えに自分の今とは何も向き合ってきていなかった。私がもし、夢の中のカラスの言う通り3ヶ月後に死ぬとしたら、これでいいのだろうか。


今の私に残ったのは、批判と後悔と頭の爆弾。出した結果はどこかへ消えた。

今、私が一番やりたいことはなんだろう。もう死ぬとしたら国を動かすことがやりたいことなのだろうか。



3ヶ月後。

「あなた、演説頑張ってね!」

「うん、ありがとう。サプライズも用意しているよ。」


私は勝負ネクタイを締め、壇上へ上がった。


「皆様こんにちは。私はこの3ヶ月間あることを考えながら毎日を過ごしていました。それは、今日死ぬとしたら。」


男はビルの上から総理を銃で狙ってる時、ビクっとしたが狙い続けた。


「私は3ヶ月前、突然頭痛がして倒れてしまいました。」


観衆がワーと騒ぐ。


「今は大丈夫ですが、頭には爆弾があります。その時に1日病院で休養していたらある少女に出会いました。」


男は標的を狙うのを辞めない。


「その少女は、余命がありながらも前を向いて今を一生懸命に生きていました。私はその姿を見て負けたと思いました。」


観衆は静かに聞いている。


「私は国を良くしようと未来のことばかり目が行き、今をよく見ていなかったのです。その結果批判が生まれ、体も壊していく一方でした。」


男は標的を狙うのを辞めない。


「そして、私の人生も今をよく見ていなく、未来はとりあえず生きているという実感だけありました。」


観衆は息を飲んだ。


「しかし、少女に出会い私の”今”は死んでいる事に気がついたのです。」


男は標的を狙うのを辞めない。


「もし今日本当に死んだら、これからやるべきことは正しいのか。スティーブジョブズもこのようなことを口にしていました。」


観衆は総理を黙々と見る。


「今回倒れて大切なことに気づかされました。私が”今”、やるべきことは未来を見据えて国を動かすことなのか。」


男は標的を狙うのを辞めない。


「考えた結果、違いました。家族や自分を”今”、幸せにすることです。」


観衆は総理を見る。


「総理大臣を辞任します。」


男は標的を狙うのを辞めた。



暗い霧の中でいつものカラスが話しかけてきた。

「一つの判断を間違えるだけで、命を落とすこともあるし、生き延びることもある。」


私は静かにカラスを眺める。


「今回の判断は責任感をゴミ箱に捨てることができ、近い死も捨てることができた。」

「だけど、選択はこれからもやってくる。正しい選択をするのを願っているよ。」


終わり。



現実を元にしたフィクションです。

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後書き

初の中編???とても疲れました。

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