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私のプロフィール

初めまして、ぐっちです。

現在、神奈川県の病院で看護師として働いています。

そんな私の幼少期からの生い立ち。


私は鹿児島県のど田舎育ち(写真は地元です)

小学は1クラス、中学でやっと2クラス。そんな人口も少ない田舎で育ちました。

町内全員知り合い、何かすれば翌日みんな知っている。そんな不思議な現象が起こるところです(田舎あるある)

昔は町内に信号が数えるほどでコンビニも1つ。

(今は多少信号は増え、コンビニは2つになった 笑)

バス停までも車で7、8分(泣く)

遊ぶ場所は海か町内体育館でバドミントンや卓球をよくしてました。

あとは木を揺らしてカブトムシ獲ったり、田んぼに入っておたまじゃくし捕まえたり。今では1mmほどの虫も大っ嫌いですが、、、笑


そんな私は小さいころからたくさんの習いごとをさせてもらい(当時は遊べる時間がなくて本当に嫌でした)剣道、書道、水泳、ピアノ、英会話、そろばん。毎日習い事で土日は大会や発表会、検定。そんな忙しい小学生活でした。その中でも高校まで続けたのが剣道でした。練習はすごくすごく(2度言うほど、本当はもっと言いたいほど)辛く、先生がとにかく怖かったです。でも1回も辞めたいと思わなかったのは、何より剣道がすごく好きだったからだと思います。練習に耐え、大会に勝ったときの喜びは半端ないです。部員は私以外全員男子だったため常に男扱いされてました。(おかげで男勝りの性格になった)礼儀作法をはじめ、忍耐、感謝、仲間、努力、妥協、多くのことを剣道から学び、武道をしていた本当によかったと思っています。


看護師を目指しはじめたきっかけは中学生の時に足の靭帯断裂し入院、手術を経験したことです。当時の私はとんでもない患者でした。手術後傷口の関係でお風呂に入れないのがどうしても嫌で勝手にお風呂に入ったり、患肢非荷重にもかかわらず松葉杖を使わないで歩いたり(当時の看護師さん、ごめんなさい)そんなわがまま患者に対しても共感を持ちながらも必要性を説明してくれた看護師の影響が大きかったと思います。


高校卒業後、看護師の専門学校に入学しバイトをしながら(ほぼ9割バイトしかしてない、なんなら国試1週間前までバイトしてた)勉強をし、無事看護師になることができました。

看護学生時代に一番辛かったことは、、、せーの、実習!(世の看護師の大半は共感できるはず!!)ストレスでしかなかったです。そんな私は1回だけずる休みをしました。そしたら翌日受け持ち患者から

「大丈夫、体調悪いの?僕の実習さんだけ昨日来なかったから、僕悪いことしちゃったのかと思った。今日来てくれてよかった(笑顔)」

と言われ心で自分をボコボコにしたの覚えています。(本当に土下座級に後悔)


無事国試も合格して就職先は関東と決めていました。あの、よくある都会に出てみたいという憧れからでした。親の大反対を押し切り神奈川県の病院に就職しました。誰一人として知っている人はいなかったのですが、寮に入ったので寮内で友達ができました。(田舎から就職する方、寮おすすめです!)

出勤初日に配属部署の発表がありました。

配属希望は①脳神経外科  ②心臓血管外科


「配属は救命救急センターです」


終わった。私の看護師人生終わった。救命なんてできないよ、、、。


そんな気持ちだった私でも救命に携わり早7年目、、、。

どっぷり救命にハマり今では本当に救命でよかったと思っています。



そんなこんなで今日まで看護師として働きながら過ごせています。


これから仕事を含め日常のことを気ままに更新していこうと思いますので

暇つぶし程度に見ていただけたら幸いです。




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