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「考える」という選択 ~遅いインターネットを読んで~

 「遅いインターネット」(著:宇野常寛)、この1冊は僕に、この惑星に住む「人間」として当たり前だが、忘れられつつある大事なものを与えてくれた。それは「考える」という行為である。もちろん、ここで述べられている本来のインターネットの姿を取り戻すべく提示された「遅いインターネット計画」が結論であることは理解した上で、本作品を読み進めていくと、随所に「思考せよ。」と言われている気がする箇所が散りばめられている。
まず冒頭の「平成という失敗したプロジェクト」における高度経済成長期を成功へと導いた結果、今も捨てることの出来ない日本的経営、第3章、吉本隆明の共同幻想論における二者関係に閉じることで対幻想の機能を強化し、企業や団体に埋没していくことの両者に共通しているものは「組織の歯車となり、思考を停止すること」である。つまり、僕たちは考えることを抑制され、「機械的労働」を求められている。


 次に第1章における「境界のある世界」の住人、保守的で排他的な傾向を持つSomewhereな人々がトランプのアジテーションを信じたいというのは、Somewhereな人々にとってグローバル資本主義の出現によって現れた「境界のない世界」の住人、政治の、民主主義の力を必要とせず、世界に素手で触れることのできるAnywhereな人々が現代におけるゲームメーカーであると、もはや「考えたくない」からこそ信じるしかないのではと感じる。自分たちが劣っていると認めたくない、そんなSomewhereな人々のAnywhereな人々に対するアレルギー反応とは、目の前で起きている事象に対して、真剣に向き合い、考えるという行為に対する恐怖を抱いているということではないだろうか。


 そして、第3章の吉本隆明が肯定し、ほぼ日が実践した「モノ」の所有、消費による自己幻想の強化による共同幻想からの自立とは言ってしまえば、「考える」ことそのものを放棄したと言える。それは僕たち人類が唯一持ちうるはずの「知恵」を捨てるも同然の行為であろう。AIや人工知能などと叫ばれる現代において、「機械」に近づいているのは僕たちの方なのかもしれないと、この作品を通して恐怖すら感じてしまったというのが正直なところである。政治が非日常となっている現代社会のように、僕たち人間にとって「考える」という行為は「非日常」になっているのかもしれない。その結果、著者が述べるように自由であるはずのインターネットが息苦しくなり、フェイクニュース、ブレグジット、トランプを生んでしまった。それでも今日、私たちは快楽を得るために、発信し続けている。TwitterのタイムラインやFacebookの投稿などのSNSで行われている多くの発信には「考える」という行為が含まれていない。


 第4章で著者が述べたように、対象の事物に対する正しいアプローチとは本来どうあるべきなのだろうか。僕は「知る」→「考える」→「分析・批評する」→「問いを立てる」→「発信する」が本来あるべき姿と本作品を読んで考えた。だが、不幸にも「知る」→「コピーして発信する」というのが現在の姿だ。これはスマートフォンが定着したことも原因の一つだと個人的には感じている。対象の事物に対してGoogleで検索し、誰が書いたかもわからないWikipediaを見れば、万事解決なのだ。つまり、僕たちは対象を「知る」ことがゴールになっているのかもしれない。そしてその中で他人に共有したい(リツイート)、共感してもらいたい(いいね)ために「発信する」のだろう。ボトムアップの同調圧力、インターネットが「考える」という行為を「非日常」にしてしまったのだ。


 本来あるべき、アプローチ方法を確立するために、非日常から日常へと「考える」を取り戻すために何をすべきか。著者が第1章で述べた「民主主義を半分諦めることで、守る」(P.56)ための第二の提案がクラウドローを例に取った、「情報技術を用いてあたらしい政治参加の回路を構築する」(P.61)は政治を日常に取り戻すことは勿論、僕たち人間が自分たちの生活に最も関係するはずの「政治」という分野について日常の延長線上に「考える」きっかけを作り出す。そして「遅いインターネット計画」とは「インターネットの(特にTwitterの)「空気」を無視して、その速すぎる回転に巻き込まれないように自分たちのペースでじっくり「考えるための」情報に接することができる場を作ること」(P.185)とあるように、僕がこの計画に参加したきっかけこそ、この「考える」という選択を「日常」の「自分の物語」として走り抜けることができると確信した著者の答えである。本来の「人間」を取り戻す。この作品は、今僕たちがやるべきことが何なのか、どこに向かって、どれくらいのスピードで、どの道を辿って走ればいいのかを教えてくれた気がする。

#PS2021

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