マックに行ったらJKが良い事言ってた。

この作品はフィクションです。
マックに行ったらJKが良い事言ってたっていう某SNSで拡散される前の話です。



水曜日の14時23分。いつもならオフィスでパソコンと面と向かって資料作成やら経費の確認、取引先とのメールに勤しむ時間だ。
だが、今日はそんな日常から離れて、ゆっくり過ごそうと決めた。というか決められた、というのに近い。
ワーカホリックとまでは言わないが、仕事をしていれば、それ以外に興味を向けるほどの余力のない人間だった。子供の頃はパイロットになりたいと言って、親によく飛行場に連れて行ってもらっていた気がする。
今は親元を離れ、一人で暮らしていくにはお金が必要であり、お金を手に入れるためには労働が必要だから働いている。週5日、毎日8時間近く労働をすると、大抵の時間は体を休める時間に充てた。そして体を休まった頃にまた働くのだ。
そんな毎日だ。
だが、そんな自分に憂いているの人はこの国じゃ珍しくない。今さっき通り過ぎたOLの集団だってキラキラしていたが、実態はほぼ俺と同じだろう。
そんな平凡な俺がこんな日に休めているのは、有給を消化しろと言われたからだ。日々労働環境の改善のための制度が変わっていくが、そんな簡単に変わらないのが社会であり、そんな社会にしがらみに囚われている自分も一緒だ。
突然強制的に休みを与えられたからといって、やることが見当たらなかった。
しかしはそれは15分前までの話だった。

30分前の自分は、朝にスーツに袖を通さなくて済み、パジャマのままぼんやりと殺風景な一人暮らしの部屋を眺めていた。
床に散らばったままのチラシや缶が見え、フローリングをよく見ると髪の毛やら埃が目につく。だからと言って掃除をしようという気にはならなかった。
休みとは本来自分のやりたいことをやるのであって、掃除は今の自分のやりたいことではない。
そうだ、やりたいことをやろう。
何があるだろうか、と少し考えた。ただ出てこない。
海外に旅行してみたいとか、もっと筋肉のある体になりたいとか、新作のゲームを体験してみたいとか思い浮かんだとしても反証がすぐに上がる。
海外に行っても言語がわからないし、そもそも行きたい国さえ決まってない。筋肉のある体になれたらいいだけであって筋トレのような苦しみは味わいたくないし、一朝一夕でなれるわけではない。新作のゲームは世間に注目を浴びているだけでお金や時間をかけてまで体験したいものかと言われたら違うだろう。何なら時間が経ってから中古品で買ってでもいいとさえ思っている。
やりたいことをやりたくない理由はこんなにも出てくるのに、行動にまで移してやりたいことがここまで出てこないとは。
俺はそこまで考えて、ため息をついた。その後、ギュルルとお腹から音が鳴る。あぁ、お腹空いていたんだなと他人事のように気づく。
そこで名案を思いつく。食欲という3代欲求の中の一つであれば、行動に移し、時間を潰せるようなやりたいことを思い浮かべられるのでは。

こうして俺は自宅から一番近い、日本で一番多いハンバーガーチェーン店に向かっている。
なんとなくあのケチャップの香りに包まれたくなった。そんな小さな欲望だったが、自分を突き動かすのは十分だったようだ。
あの店にはお金に困っていた頃はよくお世話になっていた。ちょっと億劫になる徒歩15分もその分安上がりになるなら歩いて向かっていた。
今はその15分でさえお金で解決するようになり、家に食べたいものを注文すれば玄関まで来た。時は金なりといった人は、お金の価値をよくわかっていたのだろう。
そんなことを考えているうちに、赤い看板の前に立っていた。
スマホを取り出し、ぽちぽちしていくうちに注文と支払いが済み、画面に自分の番号を知らせるのを待つだけだ。便利な時代になったものだ。並ばずとも、言葉を発さずとも、紙幣や小銭のやりとりをしなくとも、自分の注文は店員に伝わり、手元に出来立てのハンバーガーとポテト、Lサイズの炭酸飲料がある。
トレイを持って空いてる席を探す。探すといっても、この時間帯なら学生が勉強したり、井戸端会議をするご婦人くらいしかいない。二人用のテーブル席のソファ側に座る。対面の固そうな椅子には誰もいない。
20代前半の頃は「こんな時間に一人でマックでご飯を食べているなんて社会のゴミだと思われるのでは」とビクビクしていたかもしれない。ただ世の中は俺にそこまで興味ないと分かってからは一人で何かするハードルは低くなった。
ストローを袋から取り出して、プラスチック製の穴に突き刺す。何となく水面についた瞬間にじわっと柔らかくなった気がしたし、口をつけて炭酸飲料を飲むと甘みと爽やかさとは別に無機物のような香りが鼻に来た気がした。紙ストローにはどうにもまだなれない。
どうせビニール袋が有料になったことにも慣れたのだから、プラスチックのストローの味を忘れればこれも受け入れられるんだろう。

「これ見た!?推しがMBTIやってた!」
「へぇ〜もぴりんもMBTIとかやるんだ。」
ハンバーガーの袋を開き、かぶり付いた時、隣の女子高生の会話が聞こえてくる。それはそうだ。彼女たちの距離は椅子一個分しか離れていないのだ。耳にするなという方が無理だ。
俺は基本こだわりが多い人間だとは思ってないが、食事中はイヤホンをしたくないという一点だけは他人とは違うのだろう。理由としては、なんか味が薄く感じる気がするからだ。耳で飯は食ってないが、そんな気がするのだ。
「もぴりんってそういうの興味なさそうなのに。」
「それだけMBTIが話題なんでしょ〜!うちらだって一時期担任のMBTI勝手に予想してたし。」
「あれね〜!サカキは絶対管理者だし、タナセンは討論者っしょって言って当たってたのまじ笑ったわ」
MBTI診断か。聞いたことはあった。16タイプに分けられた性格タイプに分ける性格診断だったか。自分も気になってやってみたことはあったが、質問数が多くてやめたことと、そもそもああいった診断はどの結果になっても同じようなことを言っているだけで、やるだけ無駄だと思っていた。何とか効果とかいう名前もついていた気がするがそれさえも思い出せないほど興味を持てなかった。
「で、結局もぴりんは何だったの?」
「もぴりんは、INFPだって。」
「あぁ〜わかる、何というかちょっとポエミーな時あるよね。」
「えぇ〜ポエミーな時って何!?わかんないんだけど。私、もぴりんはエンターテイナーだと思ってた」
「それチカと一緒がいいって願望じゃね?」
「いや推しとMBTI一緒になりたいってどんな厄介オタクなの」
2人はプッと噴き出して笑い出す。
友人同士なのだろう、冗談を言って笑うその青春の1ページは今はとても眩しく映る。何も今の人間関係に不満があるわけではない。ただ、最後に友達だと思ってる人と会ったのはいつだっただろうか、なんて少し感傷的になってしまった。
「チカはなんでエンターテイナーだと思ったの?」
「うーん、雰囲気?あと話してる感じとか。」
「あぁーなるほどねぇ。最近もぴりんっぽい話し方してるし。」
「えっウソ!?初めて言われたんだけど。」
「今のうーんって悩んでるポーズめっちゃもぴりんと一緒だったよ」
「マジ?無意識だわ〜。」
「いやでもいいじゃん、もぴりんってYouTuberの中でも賢そうな部類だし。」
「わっかる……!!ほんとそれな。もぴりんって言葉の節々に教養を感じるから好き。」
「お、始まる?もぴりん推しトーク。」
そう言ってチカと呼ばれた方の女子高生はもぴりんの良さを長々と語り出した。俺は初めて名前の聞くYouTuberのため何もわからない。
スマホで調べてみようかと取り出した時に、そういえば仕事で送られてきたメールの処理を忘れていたことを思い出す。確かあれは早急にと言われていた。
仕方ない、少し社会人に戻るとしよう。俺はポテトを片手間に食べながら文章を考える。
その間、興味関心のない、不必要な会話は雑音となって聞こえなくなる。人間の耳とは不思議なものだ。外からの音量は変わってないはずなのにどこに焦点を向けるかでスピーカーの音量調節ができる。
しばらくはビジネスマンとしてどう返信をするか考え、要件をまとめた結果、家に帰った後に確認するべきデータがあるため今はできない、と結論づいた。今はできないと分かった瞬間にフッと肩の荷が降りた。今は考えてもしょうがない。ならば今すべきことは目の前のナゲットをいかにバーベキューソースを残さずつけて食べるか、だ。
いつも残ってしまうバーベキューソースを普段ならポテトにつけて減らしていたが、気づけばポテトは全て食べてしまっていた。
「チカって正直掴みどころない感じするよね。」
「あぁ〜よく言われる。何考えてるかわかんないって言われたこともあるし。」
「だってMBTIとか月一で変わってない?」
「月一は言い過ぎ」
「そろそろMBTI全コンプできるんじゃない?」
「一人で16タイプあるって言うのは流石にやばすぎ」
隣の女子高生たちはまた性格診断の話に戻っているようだった。どうやら今日は彼女たちの対話を聞く日なのかもしれない。そんなことを思いながらナゲットにたっぷりバーベキューソースをつけて口に運ぶ。その間にバーベキューソースがトレイの上に1滴落ちてしまった。やはり、多すぎたようだ。
「チカはMBTIにも掴めない人物だって思われてるんじゃね?」
「何のための性格診断なのさ、それ。」
「確かに、ウケる。」
「いや〜でもさ、自分でも何となく性格診断が他人とやり方違うのかなって思うんだよね。」
「はえ?どう言うこと?」
「性格診断系の質問って結構えっどっちかわかんないんだけど…みたいな質問あるじゃん。あれで迷った時は、私”こう考えられたらいいな”で選ぶんだよね。しかもそれが気分次第で真逆になったりするし」
「え、それじゃん。百パーそのやり方のせいじゃん。ってかそんなやり方あり?」
「うーん、私はさああいう性格診断他にもたくさんやったことあってさ。一時期ハマらなかった?恋愛偏差値とか測れるやつ。」
「あー!やったことある!もう覚えてないけど。」
「でさーその時気になって同じ診断を全く別の選択肢をわざと選んで両方の結果を見てみたの。そしたら言ってることほとんど一緒だったんだよね。」
「あー、はいはい。」
「んで、その内容っていうのはバーナム効果とか言って、誰にでも当てはまりそうなことをそれっぽく伝えてるだけだって分かってさ。」
「うんうん。」
「でさ、私思いついたのよ。何とか診断ってやつには自分がこういう人間になれたらいいなって、その時の自分になったつもりで回答する。その答えはどんな結果であれ自分に当てはまる気がする。」
だいぶ話の内容が込み入ってきた。女子高生の戯れの会話だと思ってなんとなく聞いていたが、何か興味深い話になってきたようだ。
「だから自分のなりたい姿を想像して、診断結果を見る。その診断結果を読んで自分はこういう人間かもって思い込めば、いつか自分のなりたい姿に近づけるようなそんな気がするんだよね。」
「ふーん、なるほど?バーナム効果を逆に利用してるって感じ?」
「そうそう!それ。思い込みで自分だと思えるなら、それを利用してやれって思ってさ。」
「だからMBTIの診断結果がいつも違うわけ?」
「うん、だってあれ曖昧な質問多くて答え難くない?」
「あ〜わかる。だいたい真ん中あたり押したくなる。けど、端の方で答えた方が正確だっていうよね。」
「でも、真ん中あたりってことはさ、どっちにもなれるってわけじゃん?なら、なりたい方に自分を誘導するのに、診断を使ってみようって考え。」
なるほど、面白い、と思った。
学生とは多感な時期で、今日は友人と積極的に遊びたいと思いきや、その遊びの予定の日が近づくと憂鬱になったりする。教師に褒められたら、勉強に身が入ったが、叱られたらペンを持たずにクラスメイトと愚痴を吐き出す。
コロコロと行動が変わっていく中で、誰と会って、何を学んで、何をしなかったで、人間は大人へと成長していくのだろう。
なりたかった自分になれなかった俺はパイロットになるなんて夢だと思い込んでいた。でも、世の中には俺と同い年でパイロットになった人はいるだろう。
その人と俺は同じ人間で同じ年数生きているのに別々の道を歩んでいるのは、俺の考えが、パイロットになりたいよりも、楽な方へ流れていく考えだったから。その考えの中で、行動をしなかったからだ。
思考が繋がって行動になり、自分の理想へと繋げる。
女子高生が言っていたのは、ネットに転がっている適職診断でパイロットになる俺を想像しながら回答し、診断結果であなたはパイロットに100%向いています!と出たら、なんとなくパイロットになれる気がする、という話なのだろう。
うつ病かなと思って検索すると、3分でわかる診断テストを数問やった程度で「あなたはうつ病の可能性があります。」と言われるのと一緒なのかもしれない。
「でも、それってバーナム効果っていう自覚あったらダメじゃね?」
「バレた?結局そうなんだよね〜!」
「人ってそんな簡単に変われないっしょ。」
「いやほんとそれな。MBTIで進路決まるならみんなやってるよね。」
女子高生達は笑いながら、話にオチがついたようでまた別の会話をし始めた。
俺は最後にほぼ水の味のする炭酸飲料を吸い上げる。そしてプラスチックと紙のゴミを分別して立ち上がる。
女子高生達はさっきまで俺の登場人物だったが、離れて声が聞こえなくなるとただの背景とかしていった。
なんとなく行ってみた飲食店で、人生を振り返るとは。家を出た時には思いもよらなかった。
行動を変えるには、性格から。性格を変えるには考えから。考えや性格を変える手助けとして、世の中に出ている情報の捉え方を変えてみる、利用してみる。
一見難しいような気もしたが、女子高生の知恵を借りて少し実践してみようと思う。
面倒だと思っていたMBTI診断とやらもやってみよう。そしたらまた何か変わるかもしれない。
今回お腹が空いたからなんとなくマックへ行ったように。

何か劇的に変わることはないだろう。
でも自分を変える方法のヒントを得たと思う。これから変わるか、変えられるかはわからない。
ただ今日の自分は少し、良い自分だった気がする。


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