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正しさより、優しさにこだわりたい

アマプラで、「恋妻家宮本」観ました。

「正しさよりも優しさにこだわりたい」
「優しさならぶつからない」

正しさにこだわるとツラくなるんですよね。
~すべきとか、~せねばという思考になって、自分がカタくなっていくような感じがします。

優しさってなんでしょうね?
きっと優しさも人それぞれ。
だけど、カタくはないもの。
だから、ぶつかっても痛くない。

正しさは、自分のためという感じがします。
自分に目が向いている感じ。
優しさの方は、相手に目がいくことのように思います。
それが本当に役に立っているとか、そんなことはわかりません。
けれど、いい。
それでいいと思います。
正しさにしても優しさにしても、役に立つかはわからないものだから。
だったら、ぶつかり合わない優しさをあげたいと思います。

正しさって、受け取ってもらえなかったとき、
何で?とか、せっかく~したのに、みたいな気持ちが生まれてくるかもしれません。
でも、きっと優しさは、受け取ってもらえなかったとしても、
相手が笑顔でいられたなら、それでいいと思えます。

正しさと優しさを比べてみたら、
正しさの方がはっきりくっきりしている感じがあります。
形がしっかりとある感じ。
優しさはふわふわしている。
だから、積み重ねられているかどうか不安になります。
正解がないから不安になる。
そう考えると、優しさにこだわるって、タフなことだなーと思います。
ふわふわしたものを、正解かわからない行為をしていくのって、不安になるものだから。
けれど、ちゃんと優しさも積み重ねられるものだと思います。
形がなくて、わかりにくいかもしれないけれど。
そして、優しさは積み重なったとき、簡単に崩れないもの。
正しさは音を立てて崩れていくかもしれないけれど、
優しさは崩れない。
優しさはあったかいです。
優しさにこだわろう。

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