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千年の湯楽

 緊急事態宣言の何が辛かったかと言って、銭湯に行けなかったのが辛かった。残業で疲れたときほど、風呂に入って疲れを癒したいのに、もうその頃には銭湯の営業時間を過ぎている。

 宣言が解除され、営業時間も元に戻ったので、久々に銭湯に行ってきた。やはり風呂は最高だ。コロナ禍の影響か、あまり大きな声で喋っている客がいないのもよい。露天風呂で耳を澄ますと、秋の虫の鳴き声や、湯船に注ぐ水の音が聞こえてくる。空には幾つかの星が瞬いている。
 あまりethnocentricなことは言いたくないのだけど、こういうとき、日本人でよかったなあと感じる。

 一人で銭湯に行くのもよいのだが、女の子と一緒に行くのもまたよい。さらに言えば、長風呂好きの女の子ならば、なおよい。
 入り口で時間を決めて、各々風呂に入る。僕はふたりで決めた時間より早めに風呂からあがる。彼女を待つ間、そこらに座って、持ってきた文庫本をぱらぱら眺める。しばらく本を読んでいると、

「ごめんごめん。待った?」

と彼女が出てくる。まだ十分に乾ききっていない髪が先の方でウェーブして、肩の下に落ちている。風呂で血の巡りがよくなって、化粧を落とした顔に、ほんのり赤みがさしている。

「いや、時間通りだよ」

僕は答える。そして、「気持ちよかったね」とか「人多かった?」とか、他愛もない会話をしながら、ゆっくり帰るのだ。

 ハァー、ビバノンノン。