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『悪夢 -Part2-』

 次第にその悪夢は頻度を増していった。

 仕事でごまかしのきく範囲をとっくに超えたころ、新たに悪夢から逃げる手段として、ドラッグやポルノ、酒にギャンブルとありとあらゆるものに手を出しては、時折のぞかせる理性的な部分がさらに苦しさを与えた。

 強烈な刺激を得る。

 その度に一瞬の快楽で悪夢から逃げようとするが、いつまでも、どこまでも追ってくる“それ”は決して姿を見失う事なく、一定の距離を保ちながらそっと存在して、ほんのわずかな隙を見せた瞬間に襲ってくるのだ。

 いや、もしかすると『悪夢から逃げる』という行為すら、その悪夢によって操作されているのかもしれない。

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 悪夢から逃れる手段を覚え、手段が目的になり始めたころ、逃げるためなら何をしても痛みを感じなくなっていた。

 しかし、ココロの中では新たな葛藤が芽生え始めていた。

『このままでは完全に麻痺してしまう』

『もう後戻りできない』

『もはや理性や良心なんてないのかも…』

 逃げる手段を失えば、待ち受けるのはあの悪夢。それはあまりにも恐ろしい選択で、一歩どころか半歩も踏み出せずにいた。

 そうして日に日に蝕まれていくココロ。その奥底では、最後の良心が暗闇の底から手を伸ばしていた。

『助けて…』

『だれか助けて…』

『誰か…』

 そうして差し出された手を、悪夢はニタリと笑みを浮かべながらこの世の全てを飲み込むような暗闇へと、引きずり込んでいくのであった。

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「それで…その主人公はどうなったんですか?」

 膝の上にのせていた手を握り締め、クライアントが質問する。

「どうなったと思いますか?」

 クライアントはしばらく考え込むと、悲しそうにうつむきながらこう答えた。

「きっと、暗闇に落ちきってしまったのかもしれません。だけど、暗闇のなかで、ずっと、ずーっと助けを求めている気がします。」

「この主人公のようになってしまうのでしょうか…」

 いまにも消えいりそうな声を震わせながらカウンセラーに気休めの言葉をもらおうとした直後、そのカウンセラーは口調を強めてクライアントにこう伝えた。

「それは、アナタ次第です。」

 クライアントは「そんな風にはならないですよ」と、見え透いた気休めの言葉を期待していたがために、アタマをカナズチで殴られたような衝撃を受けた。

 そしてカウンセラーはこう続けた。

「アナタが、この主人公のような道とは別の道を歩む決意があれば、それにふさわしい道が用意されることでしょう。」

「そして、その道を歩む為のお手伝いなら、いくらでも喜んでお手伝いさせていただきます。」

 少しの間をあけて、クライアントはダイヤモンドのような雫を手の甲に落としながら、顔を上げて力強くこう返した。

「はい。私は必ず乗り越えてみせます。」

こうして、ふたりは光へと歩み始めた。

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