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ブラックペッパーの未来

インドスパイス研究所を訪ねるため、ケララ州コジコードという港にやってきました。

先日までいたコチで出会った人に、コジコードに行ってくると言うと、ついていきたい!という声が上がるほど、人気があるビーチリゾートのようです。ココナッツジュースでも飲みながらのんびり過ごせたら良かったのですが、収穫の季節は待ってくれないので、先を急ぎます。

母体となるインドの国立農業研究所に許可をもらうべくメールや電話でアプローチしていましたが、4日経っても返答がなかったので、直接インドスパイス研究所のオフィスまで行ってみることにしました。せめて、許可をしてくれる担当者の連絡先だけでも教えてもらえたら...。

ビーチ沿いのホテルからバスとオートで1時間ほどの所に、インドスパイス研究所はありました。セキュリティで訪問の目的を伝えると、施設へと続く長い坂道をバイクで窓口まで連れて行ってくれました。

インドスパイス研究所のオフィス。周囲には様々な品種のスパイスが植えられています。

窓口で対応してくれたのは、シバダスさんという男性。私が日本からスパイスのリサーチをしに来ていることや、カルダモン研究所も訪ねたことを伝えると、真剣に耳を傾けてくれました。けれども、この見学許可を発行する農業研究所の担当者については教えることができないのだと、申し訳なさそうに言いました。

窓口には研究所の成果をパネルにまとめた展示が掲示されています。私はそれを眺めながら、せめて彼が知っていることだけでも教えてもらおうと質問をしました。

すると、シバダスさんはスパイスの生産が多いワヤナード地区出身で、研究所の取り組みの多くを把握していました。特に興味深かったのは、特にワヤナードの主力品のブラックペッパー(胡椒)について。胡椒の生産の目下の課題は労働者の確保だと言います。地面に近い所に生るカルダモンとは違って、胡椒は高い木を伝って木陰で大きくなります。その木に華奢な梯子をかけて登り手作業で収穫をするので、身体能力が問われます。そのため収穫作業はほとんど男性が担っているのですが、インドの場合女性よりも男性の方が給与水準が高いため、雇用主としては負担になっているというのです。

コロナ禍でインドの農業従事者の数が回復したというニュースもありましたが、農村部で農業以外の仕事に移行する人の数が増えているのも事実で、特に男性の方がその割合が大きいというデータが出ています。この背景には、収入の低さや干ばつ・洪水などによる不作もあるようです。

そこで研究所は「Bush Pepper」という新しい品種を開発しました。地面に立って収穫できるほどの位置に茂るように生える品種で、品質は従来のものと変わらないそうで、女性でも簡単に収穫ができるため、労働力の課題に対して期待されている解決策の一つだそうです。

さらにシバダスさんは、

「ワヤナードにNGOが運営している研究所があるから、そこに行ってみたらどうだろう?様々な農作物のサステナビリティに関する取り組みを行っている団体で、スパイスの研究もしている。きっと参考になるはず。」

と教えてくれました。お茶とお菓子までいただいて、ケララの料理の話や、日本のカレーの話で盛り上がっていると、シバダスさんに電話がかかってきて、

「ミサ、ドクターのトーマスを紹介できることになったから、こっちにおいで。」

と言って、別の部屋へと案内してくれました。

トーマス博士によると、ここでは胡椒を中心に、クローブ、ナツメグ、シナモンといったスパイスを、カルダモン研究所と同様に品種改良、土壌調査、農薬を減らすための研究などを行っているそうです。同時に、研究結果を農家に共有していて、モバイルアプリケーションを通じて栽培に関する情報やマーケティングに関するナレッジも提供しています。

そして、世界人口の増加に対して「グローバルスタンダードに沿った品質と持続可能なスパイスの輸出を増やしていく」という野心的な目標を掲げていました。

一方で、気候変動対策や生物多様性については優先課題として取り組んでいるものの、完全なオーガニックにシフトしていくことは、インドの全人口の食を支えるには難しいと語ります。その上で、食の安全保障の観点からも「グッド・アグリカルチャー・プラクティス」を増やしていくことが重要だと話してくれました。

シバダスさん。親身になってくださってありがとうございました🙏

研究室や実験の様子までは見学できませんでしたが、貴重な話を沢山聞かせて下さったトーマス博士とシバダスさんに感謝し、翌日は教わったNGOが運営する研究所があるワヤナードへ。

バスで3時間程の場所にある「MS スワミナサン研究財団」は、インドにおける緑の革命を成功に導いた、MS スワミナサン博士が創設した財団で、コミュニティの生活と生計を向上させるために、持続可能な農業および農村開発のための技術支援を行っています。活動のための資金は、インド政府だけでなく、各地の州政府やインドスパイス研究所のような研究機関、UNDPなどの国連機関、フェアトレード財団、日本からは三菱商事も支援していました。

MS スワミナサン研究財団の施設。様々な組織と連携してプログラムを行っています。

フレンドリーなスタッフに案内され、これまでに60万を超える農家の生活に変化をもたらしてきた、財団のディレクターを務めるシャキーラさんにお話を伺うことができました。

胡椒における課題は、現在病気に強い品種がメジャーになっていて、これらは異常気候には敏感だと言います。ワヤナードは10年前と比べると、平均で2度〜3度も気温が高くなっていて、降水量も減っています。モンスーンは6月から10月にかけてやってきますが、このパターンも近年変わってきていて、海水温の上昇が影響していると見られています。異常気象には多くの農作物がストレスを受けていますが、特に胡椒は影響を受けやすいのです。また、毎シーズン土壌の健康状態をチェックしてから作物を生産しますが、豪雨によりマネージメントした土が流され、最終的に収量に影響をもたらすこともあるそうです。

シャキーラさんは、インドスパイス研究所のシバダスさんと同様に、労働コストの上昇についても課題にあげていました。例えば胡椒の収穫は1月が最盛期ですが、胡椒の収穫のためだけに雇用することが難しいく、年間を通じて毎月仕事を提供しなければ、労働力を確保することができなくなってきていると言います。

また、カルナータカ州の近くには、ケララ州以外からの新規参入者により開拓された場所があります。彼らは利益を追求するあまり、数十年にわたり化学肥料や農薬を使って過剰に作物を生産し続けたことで、土壌が悪化し生産性が落ちているのだそうです。一方で、科学的なアプローチを元に、オーガニックな方法で良い土作りをし、生産性を高めている農家も複数あると教えてくれました。

背の低い品種Bush Pepperの普及について質問してみたところ、一部の農家は導入しているようですが、他の多くの農家には普及していないそうです。入手しやすさの課題だけでなく、胡椒は植えてから3年間で収穫ができるようになるため、失敗した時のリスクが高いことが足枷になっているようです。

ディレクターのシャキーラさん。ワヤナードの農家の課題を細部まで理解されていて、ほんとに素敵な方!

シャキーラさんは、食の持続可能性について私が日本で取り組んでいることにも関心を示してくれました。会話の意図をすぐに汲み取ってくれて、私が目指していることを最も理解してくれたインド人だと思います…。(感涙)そんな中で、低カーボンフットプリントスパイスのアイデアが出てきました。

「低カーボンフットプリントである証明がされたスパイスを、日本が農家から直接適正な価格で購入するようになれば、農家も農薬や化学肥料を使わずにスパイスを作り続けることができる。私たちは農家へのコネクションがあるから、彼らに日本の要望を伝えたり、低カーボンフットプリントスパイスを育てるための教育をするという橋渡しができるわ。」

もちろん、これを実現することは決して容易ではないのですが、ここへきて初めて現地パートナーの候補に出会えたことに喜びを隠しきれませんでした。

インドに来て1ヶ月半。私がインドにきた意味が、少しずつ見えてきた気がします。

MS スワミナサン研究財団は、研究室の他、農家へのトレーニング用の会議室や宿泊施設も完備しています。次にまた来れたら泊まってみたい…。

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