089. 9年間お世話になりました
本日、2020年7月10日(金)をもって、9年間お世話になった大阪府中央卸売市場加工棟での工場稼働を終了しました。
2011年3月11日の東日本大震災、そして福島原発事故。
お取引様に助けてもらい仮に住みだした大阪で、とりあえず東京の冷凍庫に残っていたエビを販売しようと始まったことが、これまたお客様の紹介でここ大阪府中央卸売市場での事業再開へと結びつきました。
2011年の夏でしょうか。社長である父との現在の事務所での珍しいツーショット。
それから9年。いろんなことがありました。
全く知らない土地で家を探し、工場を探し、従業員を探し、商品を企画しなおし、2重債務でヒーヒー言いながら、それでもお客さんに助けて頂きながらの9年。
それを物語るかのように、僕はあの頃激やせしました。今はこのシャツのボタンが閉まりません。笑
2013年から働き方をかえ、2016年に突然メディアで取り上げられるようになりました。パプアニューギニアとの関係や、お客さんとの関係は一切ぶれることなく、逆に知名度が上がるほどにこれまで助けて頂いた皆さんへの感謝への気持ちが強くなりました。
自分達のことを知ってもらうことが嬉しいというよりも、僕らが被災から復活していく姿を喜んでくださるみんなの笑顔が嬉しかった。そしてメディアに出ることで言えば、昨年亡くなった婆ちゃんが喜んでくれることが何よりうれしかった。
でも僕らにはなぜか困難なことが立ちはだかるようです。
大阪北部地震がきたり。
台風で冷凍コンテナが吹っ飛んだり。
倒産の危機もありましたが、なんとかこの工場でこだわりの商品を地道に作り続けてきました。そして今日、最後の日を迎えました。
移転の経緯としてはいろんな事があったのですが、被災したばかりの私達に工場を貸してくださった大阪府中央卸売市場さんには感謝しかありませんし、市場が新設される中で私達が退店する流れになったことは、今となっては新工場を作るよいきっかけを頂いたと思っています。
これまで関わってくださった全ての皆さんに感謝しつつ、私たちは新たなステージへ向かいたいと思います。これからもパプアニューギニア海産をどうぞよろしくお願いします。
くどいと言われるほどに真っ直ぐに進み、それを発信していきます。
パプアニューギニア海産・工場長 武藤北斗
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争わない組織が答えだった
『フリースケジュール』『嫌いな仕事作業禁止』など新しい働き方を10年以上続けているパプアニューギニア海産。代表取締役であり工場長でもある武…
お小遣いは自分で稼ぐというのが武藤家流。サポート感謝です。