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農業ノススメ

前回、能登半島での地震とそこに住む農家だった祖母、そして会社の同僚、ピコ太郎について記した。

今回は、その続きから記そうと思う。

地震の影響が少しは収まっているのを見計らって、先々週(1月末)、祖母の施設職員の皆さんと、祖母に宛ててお菓子を送った。
実は祖母には、パンデミックから会えておらず、LINEのビデオ通話でずっと面会している。
昨年の暮れ、祖母と画面上で会った時、施設の方からいただいたという飴を、嬉しそうに見せてくれた。それが脳裏にこびりついていて、飴も何種類か同梱した。

荷物の発送から数日後、とても嬉しかったと、施設職員の方と祖母から連絡をもらった。
施設の職員の方は元日の地震は、特に問題はなかったと語っていた。
ところが祖母は、揺れがすごくてテーブルに必死でしがみいていたと言う。
つい最近、祖母は尿管のステントの取り替え手術もしたそうだ。例のごとく、「ものすごく痛かった」と言っていて、チクリと心が痛んだ。

以前同じ事務所だった会社の同僚、ピコ太郎からも、あれからメールがあった。彼の心臓は、限界に達しているようで、極度の狭心症のため、外科手術を今月(2月)にする予定、とのことだった。

今のところ、幸いにも健康に恵まれている私は、何か人のためにできたらいいなと思ってはいる。ただ、結局できることは、ほんのわずかなことだけで、なかなか必要とされていることを的確に察し、継続し続けることは難しいと感じる、今日この頃である。

農家の孫のくせに無生物ばかりを追っていた私が、初めて生物に興味を持つようになったのは、社会人になって数年経った時だった。
私を気に入ってくれた会社の幹部に引っこ抜かれ、農業土木の世界に飛び込むことになったことがきっかけだった。
その当時のことを、現在振り返ってみると、幹部は気に入ってくれた訳ではなく、ガッチガチのロボットみたいな考え方だった私の性根を叩き直してやろうと思ったのかも知れないと思う。

私の本来の専門分野は、都市の一般的な構造物、例えば、橋や道路、河川等を形作る土木である。
一方、農業土木は、文字どおり農業に特化した土木で、農学の分野になる。
農業土木の一例としては、農業用水路等がそれにあたる。とても小さく目立たないが、その分、相当、細かい。
最初は、なにひとつ分からず苦労していた。
魚類や植生、水質調査等も含め、専門外のことを色々経験していき、少しずつ農業と土木の関係性とその構造がつかめてきた。
土木と生態系、そして農作物、その他周辺環境と複雑に絡み合い、お互いを利用しながら平衡状態を保っている世界が見えてきだすと、俄然、仕事が面白くなった。

農業土木とは、無生物である土木構造物を、そこにいる全ての生命の力を借りたり、時々テクノロジーを取り入れながら、生物にするべく、命を吹き込みながら変化させてゆく仕事だと私は解釈した。

あれからずっと、農業土木の仕事にとどまり続けている。
時折、何もかもが新鮮で目新しかった頃、仕事で訪問した農家のことを思い出す。
市場に出すためのきれいで形のそろった野菜じゃなくて、家族で食べるために育ていた無農薬で不揃いの野菜を山ほどくれたおばあちゃん、私の話を聞きながら自らの手で育てたニワトリの血を抜き、その羽を無心で抜いていたおじいちゃん、そんな些細であたたかな農村の日常を。

仕事に落としこめたら、もっといい構造物が造れるのになと思いつつ、全くすべが分からないのが、生物学者の福岡伸一博士の理論だ。
福岡博士の思考の原点の多くは、シェーンハイマーというユダヤ人科学者の『動的平衡』
と呼ばれる発見が基になっている。
その発見とは、『生体を構成している分子はすべて高速に分解され、食物として摂取した分子と置き換えられる』という『流れ』にあり、身体は日々、その『流れ』で刷新されているというものである。

これを応用し、福岡博士は、種を超えて、狂牛病がヒトへと感染したヤコブ病の理由を、より安価で、ウシの成長のスピードを上げるため、本来は草食動物であるウシのエサに、同類らの肉骨粉(ウイルスが細胞内に眠っていた可能性があるもの)を混ぜて、食べさせたことに起因していると考察している。
あるべき時間の流れを大幅に短縮するということは、見えない部分にエネルギーの負荷がかかり、思いもよらない方向から問題が噴出することになると、福岡博士は警告する。

歴史の流れで、同様のことを語っていたのが、作家の堀田善衞である。
堀田は、世界大戦や敗戦等に至る、近現代の歴史の流れは、すでに決まっていたのではないか、と言う。
それは、あたかも、源平合戦頃の時代につくられた流れが、そのまま現代に平行移動したかのようだ、と語る。

おそらく、流れてきたものを変えることは、限りなく不可能に近く、そのまま流れを受け入れざるを得ないのではないかと思う。
けれど、新たな流れをつくること、つまり、何をどう流すかは、選択しながら実践することができる。

福岡博士は、今後、以下の2点が重要であるとしている。
1点目は、『環境が人間と対峙たいじする操作対象ではなく、むしろ環境と生命は同じ分子を共有する動的な平衡の中にあるという』視点を持つこと。
2点目は、『できるだけ人為的な組み換えや加速を最小限に留め、この平衡と流れを乱さない』ようにすることだ。

この役目を担うことのできるかなめのひとつが、農業土木ではないかと思う。

先月(1月)半ば、土木関係の資格試験の合格通知が届いた。
試験ではポカミスをしてしまい、それから合格発表まで数ヶ月間、思い出しては、ため息をついていた。
思いがけず、ひとつ関門を抜けることができた後の、ここ数週間、腑抜けになっている。

とはいえ、今年は農業系の資格取得に向け、そろそろエンジンをかけなければいけない。

フランスの伝統菓子、ガレットデロワをいただいて、いっちょ頑張るぞと気合いを入れる。
これは、私が、かつて住んでいた地、埼玉県のTeetyWooからのお取り寄せだ。
ここのお菓子は、素朴ですごく美味しい。

ガレットデロワ

ガレットデロワは、フランスでは、新年の『公現祭』に食べるものだそうだ。
中に『フェーブ』と呼ばれる陶器が入っていて、これを引き当てた人が、王様になると言う。

ガレットデロワから発掘した鳥のフェーブ

農学の鈴木宣弘教授によると、日本はカロリーベースで約38%の自給率しかないとのことだ。
そのうち、化学肥料はほぼ全量中国からの輸入、農作物の生育に必要な塩化カリも大部分をロシアからの輸入に頼っている。
種等も含めると、日本国内だけでの自給率はゼロに限りなく近く、海外とはこれからちゃんとした友好関係を築かないと生きていけない。
鈴木教授は、日本には肥料も要らないくらいの微生物たっぷりの肥沃な世界一の黒ボク土を有しており、日本の底力はまだまだこれから発揮できる可能性がある、と言う。

先の大戦で亡くなった日本人の死因の多くは、餓死だそうだ。
二度と人々を飢えさせないと、農業水路等の開発を行った土木の先人たちの想いに、全てのものと平衡関係を保てる土木構造物の開発を目指して、未来へ流すべく、今年は、より実践的なことを、机上論だけでなく、現場や、農家等の様々な人たちから学んでいこうと思う。

(完)


本記事を書くにあたって、下記文献を参考にしました。


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