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オンリー・ワンでなくホンモノを

私が、購入する際に最もこだわるものは、米だ。
それは、祖父母が米農家だったことにある。
将来は自分で米を作るぞと意気込んではいるものの、まだまだ遠い夢だ。でも、いつかは良い米を作りたいからこそ、米の品種や作られる過程や、米の美味しさにこだわった生産者の方のものを頂きたいと思い、とことん調べて購入するようにしている。

一昨年から米を分けてもらっていた農家の方と、最近、少し残念なことがあった。

その農家の方は、とある雑誌の記事で知った。

旦那さんがお米作りをはじめ、様々な農作業に励んでいて、奥さんが旦那さんの農産物を使ってアレルギーのある人たちも安心して口にできるスイーツや味噌等を作っていた。夫婦で、米の品種はもちろん、全工程にこだわりをもって生産されていて、その根底にあるものは、まだほんの小さな彼らのお子さんへの愛からくるものが感じられ、是非お米を分けて欲しいと思った。
そこで、メールで連絡をとったところ、丁寧な返信を頂いた後、米が届いた。
送られてきた米には、ご家族や米に対する愛情がたっぷり詰まった旦那さんの直筆の手紙も付いていた。

その農家さんの米はびっくりするくらい美味しく、今まで食べたものの中で一番だった。
それを感じたのは私だけではないようで、あっという間にそこの米は売り切れていた。

今年の夏、その農家の旦那さんからメールを頂いた。
内容は、「昨年できた米の在庫を確認したところ、余りが出そうだから購入してもらえませんか」というものだった。
コロナ禍の下で、収入が減って大変だと伺っていたので、私も生活に余裕がある訳では決してないのだが、協力させて頂こうと思い、「購入します」と返信を送ったものの待てど暮らせど返事が来ない。
そうして忘れた頃に突如、なんの連絡もなく、30kgの米が届いた。
対応の仕方の激変に驚いたが、旦那さんが米を生産することへの意気込みの奥底にあった、ご家族の影が全くなくなってしまっていて、何かよほどのことがあったのだろうと感じた。
米自体も、何故か残念なことに、同じ昨年の米と比較すると、著しく味が落ちてしまっていた。

それからまた数週間経った頃、農家の旦那さんから再び、「米を買って下さい」とメールをもらったが、お断りした。
私はそのメールの文面に引っかかりを感じ、何度か読み返したところ『ありがとう』という言葉が一切ないことに気が付いた。
『ありがとう』とは、仕事をする上で最も重要な言葉の一つだ。
そして、どんな仕事であれ、生産者と消費者(仕事に応じて呼称は様々だが)は、お互いに『ありがとう』の関係であるよう心がけて円滑に業務を進めるのが理想的だと思う。

この農家の方から学んだことは、以下の3点だ。
①サービスや応対、生産するモノの質を維持し続けること。そしてその質は、上げることはあっても、決して落としてはいけないということ。
②一つ一つの連絡を怠らないということ。
③たった一つの言葉があるかないかだけで、相手が受ける印象をがらっと変えてしまうということ。

心に引っかかる出来事があったときは、以前は不愉快だ、で済ませていた。
だが、数年前にNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』でグランド ハイアット 東京というホテルでコンシェルジュをされている、阿部佳さんという方を知ってからは、分析してみることにしている。なぜなら、その不愉快な面は私の中にも多分にあって、それが私自身の仕事等の質を落としていることもあり得るからだ。

その農家の方と職種は違えど似た様なことをしたことは、私にも仕事上、身に覚えがある。
例えば、忙しいからと連絡を怠ったり、面倒くさくなって、作る構造物の質を落としてしまう計算をしてしまったり、報告書類等の文書の質を著しく下げてしまったこともある。
私の仕事の質全体が低下すると、当然、上司や先輩がすぐに気付く。それで彼らが心配して、例えば『彼氏と別れたんじゃないのか』と根も葉もない想像をしているのを耳にでもしたら、セクハラだとムキーッと腹を立てたりした。
そして、『ありがとう』や『すみません』の一言が素直に出ないこともある。

この農家の方のような、客観的に人を観察する機会に恵まれると、過去に起きたなかったことにしたい悪い出来事の数々は私自身にも何か問題があったのではないか、私の態度はどうだったのか、と今一度改めて振り返ることのできるきっかけとなる。
そして、それは私の経験の一つになる。

日本におけるコンシェルジュの先駆的な存在である阿部佳さんをテレビで観てから、私は仕事や私生活の上で様々な刺激を受けた。

阿部佳さんによると、コンシェルジュの仕事における発想や行動は、常に『相手の視線、相手の気持ちで考える「ホスピタリティ」の心に根ざしている』とのことで、『決まり事通りのサービスを一律に提供するのではなく、ひとりひとりの気持ちや状況を読み解き、社会的、法律的、道徳的に問題がない限り、お客さまが求めるあらゆる要望がかなえられるようお手伝いし、期待や想像をなさっていた以上の満足を感じていただくことを目指して仕事をしている』そうだ。

阿部佳さんは、何度か転職した後、長年やりたいと願っていたコンシェルジュの仕事に就いているのだが、当初は宿泊客に喜んでもらえる様な事が少なかったそうだ。
経験を積み重ねる過程をとおして、客と同じ目線に立ってどうやったら楽しんでもらえることができるかどうか推理していきながら、その客にとっての正解を探してゆくようになったらしい。
同僚や、ご自身の経験から得たことはもちろん吸収したそうだが、その推理力に多いに貢献することになったものが、読書だそうだ。

阿部佳さんは、コンシェルジュに限らず、どのような仕事においても、次のようなことが大事だと言われている。
①「全力を出した」と自分に自信をもっていえる仕事をすること。
②もっと人と関わり、もっと人にやさしくなること。人に対して興味をもてば、「相手の気持ちで考える」こともできるようになる。
③相手が喜んでくれるのがうれしい、そのために何かできることが楽しいという意識を普通にもてるようになること。
(阿部佳さんの言われる相手とは、客や外国人、身体の不自由な方に限らず、会社の同僚等も含めた、全ての人のことだ。)

事実、私も良い仕事ができたと感じることができたときは、他者がとても喜んでくれるのが本当に嬉しいし、それを観て感じることで自分自身への達成感や自信になって、とても爽やかな気持ちになるのだ。
人を幸せにしたり満足してもらうために、最善のサービスを提供するのはもちろんだが、実はそれは人が受ける幸せや満足以上に、自分への幸せや満足に繋がるということを阿部佳さんの仕事道から学んだ。
だから、私はいつ役に立つか分からないこともやってみるし、本当は苦手な読書もして疑似体験を重ねる。

阿部佳さんの応対に、すごく喜んだという海外の宿泊客から、別れの際に言われたという言葉が特に印象的だ。
それは、「あなたは、オンリー・ワンのコンシェルジュではなく、ホンモノのコンシェルジュだ」というものだった。

マガイモノでも、オンリー・ワンになれる。だけれども、マガイモノからは、ホンモノは出て来ない。

まだまだ私が仕事を含め色々な物事で、ホンモノになれる日は遠い。
だけど、ホンモノになりたい。ましてや、人に提供するものは、阿部佳さんのようにホンモノでありたい。
だから、今日もホンモノになれるように、一歩ずつ努力し続けるしかない。

(了)

☆ ☆ ☆
本記事を書くにあたって、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』の阿部佳さんの回を参考にした他、下記の図書を参考にしました。


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