見出し画像

これから組版・校正・校閲はどこまで追従・対応すべきか?

 法規書籍印刷株式会社 戦略デザイン企画室の渡辺です。

 前回の記事では、私たちがInDesignエクステンション「るびこ」のご紹介のなかで示した『やさしいことば』や『わかりやすい日本語』について、今後こういったものが「あたらしい日本語」としてとらえられ、組版や校正・校閲がどのように追従し、対応していくべきかを考える必要があるかもしれないこと、さらにそれらにどこまで追従し、対応していくかを考えること自体が組版や校正校閲に関わる私たちの将来的なあり方を考えるためのヒントになるかもしれないというところまでお話させていただきました。

 今回の記事はこのことについて少し掘り下げて考えてみたいと思います。

 はじめに紙媒体の制作にたずさわりはじめてから大きく変わったと感じることとして「コンテンツの作り方が想像もつかないほど複雑化した」という点が挙げられます。組版ソフトウェアや出力機器など直接的な制作環境の技術的発展という点はもちろんのこと、語られることが少ないのですが「執筆や編集を行う環境やデータの管理方法、またコンテンツへの情報の参照・引用方法が多様化した」という点も実は大きなポイントではないかと考えています。

 具体的なところとして、原稿のやりとりなどクラウド上でファイル共有することはごく当たり前のことになっていますし、GoogleやMicrosoftのオンライン上のサービスで執筆や原稿作成される著者・編集者の方は決して珍しくはありません(特定のサービスだけではなく異なるサービスをいったりきたりすることもあるようです)。
 また参考となる情報や引用される情報も様々なサービスを介して(その信憑性も含めて、まれに過剰ではないかと感じるほどに)参照できるような状況にもあります。つまり入稿データが制作現場に届くまでに以前よりも複雑な経緯をたどり作られるようになったといえます。

 こういった状況から組版や校正・校閲に関わる立場においては「正直どこまでケアすべきかという境界が複雑かつ曖昧な状況」になっている、つまり入稿いただけるデータがどのようなソフトウェアでファイルを作成し、どのようなサービスでファイル管理され、どのような情報元から引用・参考とされているかが多様化・複雑化することで、私たちが品質を担保して組版や校正・校閲を行う上で追従・対応すべきところが以前と比較しても広く深くなっているのではないかと考えるようになりました。
 おそらく今後もそういった状況にさらに拍車がかかるはずです。あたらしいソフトウェア、あたらしいファイルフォーマット、あたらしいサービス、ともすれば人間が介在せず、機械が自律的・能動的に生成し入稿するものになる可能性も十分にあり得ます。
 入稿データをお預かりする身としては追従・対応していく必要性があることは重々理解しています。しかしその手段や方法の広がり方のスピードと深さが尋常ではない状況になっているのです。

 本来「本づくり」としての基本的なかたちは、著者や編集者の方々がコンテンツの中身そのものを、組版や校正はコンテンツのスタイリングというような役割が基本的なかたちであることは疑いのないところかと思います。このあたりについてはスイスの言語学者ソシュールによって定義された「シニフィアン」と「シニフィエ」のようなものに似た感触があると感じています。

 詳細な説明な他所に譲りますが「シニフィアン」は「指すもの」、「シニフィエ」は「指されるもの」。例えば「シニフィアン」は「海」や「sea」という文字や「うみ」という音声、つまり海という言葉について感覚的側面のこと。「シニフィエ」は海のイメージや概念、またその意味内容のことを指し、「シニフィアン」と「シニフィエ」の対になることで、はじめて「海」という言葉の記号や言語としての機能が立ち上がってくるというものです。

 つまり私たちが著者や編集者の方々と制作するコンテンツは、著者や編集者の方々が生み出す「シニフィエ」を私たち組版・校正を行う側で「シニフィアン」を担うことでコンテンツとしての機能を形づくっているというイメージなのですが、その境界さえも「手段や方法の広がり方のスピードと深さが尋常ではない状況」によって真夏のアイスクリームのように急速に溶かされてしまっているかのようにさえ思えます。

 前置きが随分長くなってしまいましたが、このあたりの「どこまで追従・対応していくのか」という方向性を明確に提示することが実は「自分たちの価値をあげること」に直結するのではないかとここ最近考えるようになりました。「(なんとなく)どんなことでも対応する」というよりも「特定の範囲で利用される環境下でのデータ作成や校正が得意だ」というように、これまで「なんでもできること」が優れた制作チームとされるという考え方から「この領域のうち、ここまでできる」「この部分が得意」をできるだけより具体的に提示し、「自分たちの特色を出すこと」が結局「お客さまから選ばれること」や「自分たちの価値をあげること」につながるのではないかという考え方にシフトしてきたのです。

 「手段や方法の広がり方のスピードと深さが尋常ではない状況」のなかで継続的にすべて一社で対応することがもはや現実的ではないため、戦略的に得意分野を構築し、そこへリソースを集中させて技術的な進化や状況の変化に追従していったほうが、継続的に品質を保ちながら私たちの役割を果たせる可能性が高いはずです。そしてこういったかたちは元来、分業体制をベースとしていた印刷出版業界にあってはかなり馴染みのあるかたちであり、具体的な変化の先にあるゴールを想像しやすいという点もあります。
 自分たちなりの「組版の役割、校正・校閲の役割」を提示し、これからの時代のあたらしい分業体制を構築していくことをスタート地点にして、社会から求められる企業のあり方にまで発展して考えていける可能性も十分にあるかと思います。

 ある程度著者・編集者に歩み寄った対応を目指して、コンテンツ開発のパートナーとなるのか、その歩み寄りをある程度拒むことによりコンテンツの正規化/標準化や効率性を追求し、コンテンツのスタイリングに注力するのか、経営的な判断による部分もかなり大きなところですが、現場のメンバーが自ら「これからの組版の役割、校正・校閲の役割」を考えることによって「自分たちの特色」を出し、私たちの将来的なあり方を逆算していくことはこれからさらに必要になってくるかもしれません。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。