『在宅で出会う終末事例の向き合い方』 ~多職種でおさえる看取りの作法~ 【#在宅医療研究会 ライン|2月度開催レポート】
在宅で出会う終末事例の向き合い方
講師:杉並PARK在宅クリニック 院長 田中公孝先生
高度経済成長の中で、病院で亡くなることが一般化し、在宅での看取りはまだまだ少ないのが超高齢社会の課題。現在のコロナ禍においては在宅での看取りが増えてきているものの、本人や家族の戸惑いがあり、スムーズに進まないケースもあります。
看取りには一定のお作法があり、向き合うことで徐々にできるようになります。
今回は、杉並PARK在宅クリニック院長・田中公孝先生に、在宅での看取りで意識するポイントを解説していただきました
■看取りに専門職が向き合うには?
医師や看護師、ケアマネージャーのような専門職が看取りに向き合うには、患者や家族の気持ち、病状、家族環境など、さまざまな視点を取り入れる必要があります。大変なことや難しさもありますが、向き合い方のコツをご紹介いたします。
まずは以下の5つのポイントへの理解が必要です。
① 看取りの流れをおさえる
② 死の直前の4つの苦痛をケアする
③ 患者・家族の認識に向き合う
④ 看取り直前の経過をおさえる
⑤ 死生観・グリーフケアを意識する
■在宅看取りのポイント
①看取りの流れをおさえる
参考までに、杉並PARK在宅クリニックが担当した看取りの一例を抜粋します。
■事例:
70歳女性、膵癌末期
2017年12月末より心窩部痛を訴え、2018年2月にA病院を受診、手術不可能な局所進行膵頭部癌と診断。抗癌剤を服用するも副作用があらわれ(食欲不振、便秘、発熱、皮膚搔痒など)、緩和ケアの方針で当院での訪問診療を開始、本人と弟夫婦の3人暮らしの家族構成で『老々介護』状態、弟夫婦にも疲れが見られていた。
また、本人の前医への不信感、強い悲嘆が目立っていた。
事例経過1
自宅での生活に安心していたものの、病状の進行が早かった。
週単位で癌性疼痛が悪化し、麻薬を増量するも進行を止められず、内服も飲みづらくなっていた。弟夫婦に負担がかかり、さすがに薬物療法が必要とのことで、緩和目的で麻薬や投薬を増やす結果に。
本人は元々繊細な性格ではあったが、癌になってから感情失禁が起こっていた。
↓
事例経過2
下肢浮腫が著明になり、弾性ストッキングや訪問マッサージを開始。
本人の強い希望で(男性施術者への拒否感が強く)、女性施術者が担当することに。
排便コントロールの難しさから、下剤増量や臨時訪問での週2回の浣腸による処置も。
↓
事例経過3
弟夫婦が老々介護に限界を感じ、また本人の病状悪化のため、緩和ケア病棟への入院を要請。
↓
事例経過4
入院生活が想定したものとは違ったことから、本人の希望により3日後に退院。
弟夫婦も「本人の先はもう長くない。例え夜にトイレで起こされても、交代で対応できる」と覚悟を決め、数週間後に自宅での看取りとなった。
今回の事例では「一難去ってまた一難」というように、患者と向き合うにつれて問題が増えていきました。また、終末期には物事が進む展開が早くなり、ケアマネージャーが追い付いていけないこともありました。
ただ、ここから学べるポイントは「在宅での看取りは負担が大きい」と結論付けるのではなく、「どのようにして今後に活かすか?」です。
フレームワーク(公式)を作り、全体像を押さえながら当てはめていくことで、在宅の看取りがよりスムーズになります。
②死の直前の4つの苦痛をケアする
死の直前には
の4つの痛みが『トータルペイン』となります。
今回の70歳女性の事例では
が見られました。
*社会的な痛みとスピリチュアルペイン
4つの痛みはどれも注視するべきものですが、社会的な痛みとスピリチュアルペインはおさえるべきポイントです。
社会的な痛みとは、本人と家族との関係性のことです。一般的に、子供は成人すると母親や父親との距離をとりますが、例えば癌を機会に距離が縮まることがあります。急に距離が縮まると両者の関係性は不穏になり、反対に愛着が強すぎると子供が親の病気を受け止められなくなるケースがあります。また、高額医療費をはじめとする金銭面での問題が出てくるケースも多いです。
看取りにおいては、生物学的・医学的苦痛の除去、看護枠メンタルケア、食事やおむつ交換などの介護など、急な必要性と変化が出てきます。その場合に、専門職としての知識や経験を伝えて家族をサポートする、頻回訪問で看護師やヘルパーが家族の負担を軽減するなどの体制はもちろん必要ですが、社会的、スピリチュアルな視点からの支えがなければ物事がスムーズに進まなくなります。実際に、専門職側が職務を果たしていても本人や家族からの不満が残るケースが少なくありません。個人的には、現状での在宅看取りは社会的、スピリチュアルな視点からの支えが不十分であると考えています。
広く視野を持ち、状態を俯瞰してみるためにも、今回取り上げた4つのフレームワークに当てはめることをおすすめします。
当てはまらない場合にも情報を探せば出てくるので、意識的に本人や家族に質問してみましょう。
問題への着手が早ければ、想定した以上に準備に時間がかかると早期にわかります。
問題が起きてからではなく、起きる前に考える必要があります。
例えば、ACPは緊急度が低いものの重要度が高い問題です。「そろそろ本人や家族に話そう」と考えていても、家族側としては十分な知識がないままに過ごすことになります。容態が急変してから説明をしても、知識や準備不足のためにパニックを起こすこともあります。
だからこそ、事前に説明をして家族側の知識を深める、家族が望まなければその理由を考え、別視点からアプローチするとの対策が求められます。バッドシナリオに対しても、家族の心情を細かく察知し、段階を踏みながら伝える必要があります。
これに対してはチームワークも必要です。医師と患者だけで物事を決めてしまうと、後に看護師やケアマネージャーからの混乱を招くことがあります。訪問看護師やケアマネージャーの意見も聞きつつ、症状悪化や看取りについて多職種で考える必要があります。
*優先順位を常に意識する
患者の痛みや便秘、悲嘆、老々介護など、実際に物事が起こるとき、準備不足では何をしたらいいのかさえわからなくなります。それを避けるためにも、
・直近で起こる緊急的な問題か?
・緊急的でなくても重要度が高い問題か?
と課題を分析し、優先順位をつけて取り組むことが大事です。
また、1番目や2番目など緊急性が高いものだけを優先するのではなく、3番目や4番目にも備えるのが賢明です。
今回の事例においては、
・前医への不信感・強い悲嘆→医師・看護師による傾聴
・病状の進行が早い→薬の調整に加え、「早めの終末期シナリオ」(1番目)
・女性施術師指定の強い要望→日ごろからの業者の検討(4番目)
・老々介護による介護疲弊→入院と在宅の細かいシナリオ(2番目):
Good(思っていたより良い)-even(想定内)-bad(思っていたより悪い
)、当院では基本的に3つのシナリオを用意。
・入院生活が思っていたものと違った→最後の話し合いの場の設定(3番目)
などと、先回りによってスムーズに進められることもあったと考えられました。
そのような経験から、在宅の看取りではすべてのケースに打ち手と選択肢を用意し、事前の試行錯誤が大切だと考えます。
*困難を感じたら相談する
現在では、困難を感じたら、事実と合わせてどうしたいか、を「相談」するのではなく、事実だけを「報告」する訪問看護師が多いように思われます。しかし、報告だけではすべて医師が判断する、ということになりかねません。場合によってはケアマネージャーや周囲を混乱させ、また解決策につながらないケースも少なくありません。実際に、良いチームワークの環境では相談がきちんとできていて、困難に感じたら経験や専門性がある立場に依頼できる体制が整っています。
1人で見ている問題には限界があり、家族の事情や隠されている問題まで踏まえた判断は難しくなります。ほかの事業所にも聞いたり、共有したりすることで、多面的な視点に基づく対応が可能となります
③患者・家族の認識に向き合う
告知の判断とキュブラー・ロスの死の受容5段階モデル、癌の経過から患者・家族の認識への向き合い方を解説します。
*告知の判断
告知の判断は、当院が終末期の現場でよく考えるポイントの一つです。
伝えるか、伝えないか、未告知の場合の戦略と告知後の戦略について考えます。
仮に患者が認知症で痛みを訴えている場合、未告知で進めることもあります。反対に、認知症状が見られない場合に未告知でいると、本人も「家族が何か自分に隠している」と思うこともあるものの、本人へのダメージを避けたいために告知を戸惑うこともあります。ただ、病名を伝えると本人が納得するケースも多く、病名のみ伝えることが多いです。悲嘆に陥ることは十分あり得ますが、それは専門職でカバーをします。
家族が望むのなら未告知も可能な手段となりますが、それでは患者は痛みに苦しみながら亡くなることなり、家族さえ望まない結果になりかねません。伝え方や家族との相談を考え、答えを引き出す必要があります。
*死の受容5段階モデルと病気の経過について知る
キュブラー・ロスの死の受容5段階モデルでは、
以上の5つの段階を進むと言われています。
本人・患者へのアプローチを考えるには、「当事者が5段階のうちどこにいるのか?」が鍵となります。
また、癌は「急性憎悪を繰り返しながら進行し、最後は比較的穏やかな経過をたどる心・肺疾患末期」「機能が低下したままゆっくり症状が進行する認知症・老衰」とは異なり、「比較的長い間昨日は保たれ、最後の2か月まで急速に機能が低下する」傾向にあります。
そのため、終末期の対応や看取りに際しては、癌の経過を説明する必要があります。これにより、患者や家族も抗癌剤や治療の打ち切りなど、医師側からの対応を理解するようになります。
*癌の種類による症状の違い、多職種連携、看取りきれるかの判断
上記のポイントも、当院が在宅看取りにおいて意識するポイントです。
肺癌では呼吸症状、膵癌では痛み、乳癌では浸出液と、癌の症状は種類によって変わるため、どのような変化が起こるか予測を立てることが必要です。
訪問看護、訪問薬局、ケアマネージャーなど、強みがあるところの力を借り、方針を伝えたうえで家族サポートを依頼することも大切なステップです。先回り、主体的に動ける強い場所に依頼し、事を進めていくとスムーズになります。
家族の介護力や覚悟、緩和ケア病棟の利用などから、在宅看取りが可能かの検討も、当院が意識しているポイントです。
④看取り直前の経過をおさえる
看取り直前の経過を客観的にとらえることで、事を冷静な視点で見られるようになります。
死亡前一週間以内では、
・トイレに行けない
・水分量が減る
・発語が減る
・見かけが急激に弱る
・目の勢いがなくなる
・原因の特定しにくい言語障害
などの変化があらわれます。
48時間以内には、
・1日中反応が少なくなる
・脈拍の緊張が弱くなる
・血圧が低下する
・手足が冷たくなる
・手足にチノアーゼが認められる
・冷や汗が出る
・顔の相が変わる
・死前喘鳴が出現する
・手足をバタバタさせる
などの変化が見られるようになります。
このような変化を事前に家族に説明し、可能ならパンフレットなど「紙面」で見せることで、理解を得られ、心構えを促せるようにもなります。
⑤死生観・グリーフケアを意識する
高齢化社会になったこともあり、以前と比べて死生観に対する認知が広まったように感じられます。
そこで、
などの考えが、死生観を理解するポイントになります
考えや体験、宗教によって死への理解は異なり、また死があるからこそ私たちは「どう生きるか?」を考えるものです。一つひとつの細かなポイントをつかむことで、良いグリーフケアにつなげられます。
死生観を身につけるには、入院のお見舞い(やせ細った顔を見る)葬儀の参列(死に目を向ける)、亡くなった方の人を見る(もうその人は起きないと実感する)などの「体験」、また今回の講義のように「考える」ことが役立ちます。
―グリーフケアの推奨
人は死別などによって愛する人を失うと、大きな悲しみ「悲嘆(GRIEF)」を感じ、長期にわたって特別な状態の変化を経ていきます。
そして、残された家族が経験して乗り越えなければならないプロセスを「グリーフワーク(GRIEFWORK)と言います。
このような悲嘆をケアすることが、グリーフケアです。
専門職側は、本人・患者が死に対する感情表出を手助けする役目があるかと思われます。自分にだけ、その場だけで表出させることは難しいため、親戚や家族で共有するように意識すると良いでしょう。納得できない状態で死を迎えると後悔が続くため、感情をしっかりと出すと良い看取りにつながり、医療介護職自身のケアにもなります。
■在宅看取りについての私見
当院は在宅看取りについて、以下のような私見を持っています。
今後起こりうることなどの見通しを考えるといった医療技術に、コミュニケーションのような非医療技術を合わせ、車の両輪を揃えることが今後求められるでしょう。
■質疑応答
今回の講義に対し、受講者から質問をいただき、田中先生に答えていただきました。
今後の予定につきましては下記リンクよりご確認ください。
医療職・介護職・福祉職の方であればどなたでもご参加いただけます。
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