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場面緘黙症ブログ「12歳の私が伝えたかったこと②」 学校に行かないという選択


4歳の時、幼稚園入園をきっかけに「場面緘黙症・緘動 ※」(ばめんかんもくしょう・かんどう)を発症した娘。
その後不登校やパニックなどを経験し、ようやく自分を振り返ることができた12歳の頃に綴ったブログを再構成しました。

(※場面緘黙症:家庭では話すことができるのに、社会不安のためにある特定の場面、状況では話すことができなくなる疾患。強い不安により体が思うように動かせなくなる「緘動」という症状が出る場合もある。)

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幼稚園で誰かに手を引かれないと動くことができなかった私…

場面緘黙症・緘動になったときのことはこちら↓


でも、小学校へ行くのはとっても楽しみでした♡

なぜかというと、小学生になれば、私もみんなと同じように、自由におしゃべりしたり、動いたりできると思っていたからです!

私は校区ではない、とても小さな学校へ入学することを決めていました。

そこには、幼稚園で動けない私のことを知ってる人は誰もいない。
だから私がしゃべったり、動いたりしても誰からも「なんで?」と思われないはず!

ランドセルを選ぶときも、とてもうれしくて、ランドセルを背負って学校に通う自分をイメージするとすごく楽しみでした♡

入学式の日、すごく緊張して、とても恥ずかしかったけど、私は歩きました。
一人で立ったり、座ったりしました。
自分でランドセルを背負いました。

「今日から小学生!明日からは普通に学校に通って、みんなみたいに普通に過ごせる!!」

うれしくて、うれしくて、明日が来るのが楽しみでした。


それから何日かの間、私は一人でバスに乗って学校へ行き、家に帰りました。

幼稚園では動けなくて、誰かに食べ物を口へ運んでもらい食べていたけど、入学からしばらくして、小学校の給食を一口だけ自分の手で食べられました!

だけど、楽しみだった毎日は、それから少しずつ、やっぱり幼稚園の時のように動けない毎日になりました。

学校での私のことは、また、書きたいと思います。

あの時の私は、

「学校に行かないという選択」

があるなんて、知らなかったから、私は小学生になるのが楽しみでした。
だけど、もし、その選択があると知っていたら、

「私はきっと、それを選んでいたと思います!!」


また、次のブログもぜひ読んでください♪

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