「かたかた片想い」第6話

ぴりぴり

 その後、志希先輩はしばらく私を抱きしめたと思ったら「元気になったから戻るね」とさっさと部活へ帰って行った。それはもうご機嫌で体育館に来たらしく、全てを察した晴琉から夜に通話アプリから連絡がきた。

『おめでと』
「何が?」
『いやいや、志希先輩の浮かれっぷり見てたらわかるよ。付き合ってんでしょ』
「あー、うん。ごめん私から言わなきゃだよね」
『全然いいよ』
「葵も気付いてた?」
『葵どころかみんな知ってるよ。先輩彼女できたらすぐ分かるって言われてたんだけどさ。私もすぐ分かった』
「そうなんだ」
『本当に見せてあげたかったな。あの浮かれっぷり』
「……そこまで言われるとちょっと恥ずかしい」

 しばらく晴琉と無駄話した後、通話を切った。葵も知っているんだ……。志希先輩には申し訳ないけれど、葵には通話して直接「おめでとう」なんて言われて平気なほど、気持ちは切り替えられていなかった。「志希先輩と付き合うことになった」とだけメッセージを送った。朝になっても返事は来なかった。

 「やっぱり付き合ってたんだ」「ほらね」「えぇーいいなぁ」……。

 登校するとすぐに、わざとなのか無意識なのか、私に対する陰口や羨望の眼差しやら色々なものがのしかかる現実がやってきた。仕方がない。志希先輩はそれほどに目立つ存在だから。それより葵の事が気になる。寝る前に送ったし、朝練もあるだろうから返事を忘れたとか?スマホの画面を気にしていると、ちょうど通知が来た。たった一行。

『お昼に中庭で』

「どしたの、葵」
「どしたのじゃないでしょ。おめでと」
「え。あー、うん」
「何その反応。せっかく直接お祝いしたくて呼んだのに」

 直接お祝いされたくなくてメッセージを送ったのに。中庭のベンチで葵と並んでお昼ご飯を食べる。

「ねぇ、もしかして志希先輩嫉妬深いとかある?」
「うん?何で?」
「二人でお昼とか食べてたら嫌かなとっ思って」
「そんなことないと思うけど」
「ならいいけど。あとさ、遊園地行ったとき買ったキーホルダー、大丈夫かな。あれだったら返してくれていいよ」
「え?だって晴琉もお揃いでしょ?三人なら良くない?」
「違うよ?」
「え?」
「晴琉には髪が伸びてきて部活中に邪魔だって言うから、ヘアゴムあげたの。もう少し伸ばそうかなーって言ってたし」
「……そうだったんだ」
「だから大丈夫かな?今日カバンにつけて来ちゃったんだよね」
「そうだ、私も付けて来たわ……普通嫌なのかな」
「まぁ良いことではないよね」
「そっか……じゃあ外しておこうかな。ごめん葵」
「うん。大丈夫」
「でも返すのはやだ。せっかくくれたものだもん。部屋に飾るよ。志希先輩にも言っておくし」
「わかった……なんか、その、円歌の家に泊まるとかもダメだよね……」
「お泊りかぁ、どうだろ。志希先輩って気にするのかなぁ?まぁ別にいつでも話があれば聞くし、一緒に出掛けるのも事前に言えばよくない?」
「……そうだね。なんかごめん、ネガティブなことばっか聞いて」

 そっか。志希先輩と付き合うということは、葵や晴琉との関わり方も変わるのか。今更ながら気付いた当たり前の事実。でもそろそろ変わるべき時なのかもしれない。

「いいよ別に。葵がそんなに寂しがるとはねぇ」
「……うん。ごめん」

 からかうように言ったから、てっきり「そんなことないし」とか「調子乗るな」とかって返ってくるかと思った。意外な反応に驚いた。今日の葵は随分素直なようだ。

「ねぇ謝らないでよ。別に葵と親友じゃなくなるわけじゃないでしょ?」
「そうだね。うん。そうだよね……志希先輩と何かあったらすぐ言ってね」
「うん。わかった……葵も恋人出来たら教えてね?」
「……葵には無理だよ」
「え?」
「ううん、何でもない。そろそろ戻ろ?」

 先に立ち上がった葵は私のほうに手を差し伸べようとして、すぐに手を引いた。そっか、もう葵と手を繋いで歩くことも出来ないのか。

 それから数週間たったある日。帰宅するために昇降口へ向かっていると、晴琉が走って私の腕を引っ張ってきた。

「円歌!早くこっち来て!!」
「急に何!?」
「葵と先輩が!何か揉めてて!」
「え⁉」

 温厚な葵が?晴琉が私を頼るということは、先輩とはおそらく志希先輩のことだろう。志希先輩だって、上級生として部活で叱ることはあると聞いていたけれど、人と揉めるような雰囲気はなかったのに。
 昇降口に着くとそこには人だかりが出来ていた。中心には葵と予想通り志希先輩がいた。葵は珍しく眉間にしわを寄せて、先輩のことを睨みつけている。先輩はいつも通り余裕そうだった。何があったのだろう。
 先輩は私に気付くと顔をほころばせて手を振ってきた。葵も私に気付いて、とてもばつの悪そうな顔をしていた。

「あ、円歌ちゃ~ん。ねぇねぇ聞いて!葵ちゃんがさ~。私から奪ってやるって宣戦布告してきたの!」
「はい?何をですか?」
「ちょっと先輩!」
「うん?レギュラーを。ねぇ?」
「……そうですね」
「何で今それで揉めるんですか?」
「揉めてなんかないよ?だって円歌ちゃんが葵ちゃんと晴琉ちゃんがレギュラーにならないと部活見に来てくれないっていうからさ~。葵ちゃんに発破かけてたっていうか?」
「何で葵にだけ?」
「ん?晴琉ちゃん今度の試合スタメンだよ?」
「「え!!」」

 いや晴琉も知らなかったの。

「だから葵ちゃんも頑張って~って話ししてただけだよ。ねぇ?」
「……そうですね」

 絶対それだけじゃないでしょ。でも葵はいつもの涼しい顔に戻っていて、志希先輩は相変わらずへらへらしていたから、これ以上追及は出来なかった。

「じゃあ部活に行きましょ~。と、その前に」
「何ですか?」

 志希先輩は私との距離を詰めるとそのまま頬にキスをしようとした。だけど私と志希先輩の間に晴琉が体ごと割り込んできて未遂に終わった。

「させるかぁ!!」
「なんで晴琉ちゃんが邪魔するの」
「なんか浮かれててムカつくんで!」
「なぁにそれ~」

 これが晴琉の言う「姉にケーキのいちごを取られる」ということ何だろうか。確かに目の前でぎゃあぎゃあと言い合う二人はお菓子を取り合う子どものように見えた。

「葵、私って美味しそう?」
「何言ってんの」

「円歌ちゃんは美味しそうだよ?」
「何言ってんだ!もう行きますよ先輩!」

 葵はいつも通り私に呆れたようにツッコミを入れてくれた。晴琉は先輩の首根っこを掴むとそのまま体育館へと連れて行った。

「行っちゃった」
「葵も行かなきゃ」
「私もう帰るね。頑張って葵」
「うん……あと絶対手に入れるから」
「レギュラー?」
「……そうだね」
「そっか。応援してるからね」
「ありがと」

 葵は手を振って体育館へと向かっていった。何だかヒヤヒヤしたけど、葵の目にいつも以上にやる気が見えて嬉しくなった。二人が出る試合を応援できる日が早く来て欲しいと思った。
 帰り道にのんびりと歩きながらふと先ほどのことを思い出していた。あれ?葵がレギュラーになったからって、志希先輩がレギュラーじゃなくなることがあるのかな。ポジションの種類とかよくわかんないけれど、あの見るからに性格が真逆の二人が同じポジションとは想像がつかなかった。というかもし二人の間でレギュラーの交代が起きるなら、私応援に行くの気まずくない?


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