「かたかた片想い」第7話

じりじり

「もうすぐ夏だね!!」
「あぁもう大きい声ださないでくださいよ先輩」
「夏と言えば海だね!!」
「私が海好きそうに見えます?」
「見えないね!!」
「だから声大きいですって」

 7月。周りはすっかり夏服に着替え、私は冷え性だからそれほど変わりはない季節。そして期末テストが近づいたある日の休日。志希先輩は私の部屋に居た。部活で忙しい先輩とは遊園地以来デートらしいことも出来ていなかった。だから先輩のテスト勉強の時間を一緒に過ごしたいという要望を断れず、我が家に先輩がやってきたのである。今は向かい合って休憩中。おやつを食べながら夏の予定の話題になっていた。

「だって夏休みだよ!?ホテルのプールとかどう?」
「なんかヤです」
「やらしいことしないって」
「今ので絶対嫌になりました」
「じゃあ好きそうなのはー……温泉とか?」
「え、いいですね。最高じゃないですか」
「え、マジ?浴衣脱がすの最高じゃん!」
「温泉もなしで」
「冗談だよ~ごめんて」

 謝りながら抱き着いてくる志希先輩。相変わらず距離の詰め方がおかしい。

「もういいですから。離れてください」
「えぇ~やだ~。学校だと嫌がるじゃん。今くらい好きにさせて」
「うぅ」

 学校で志希先輩に近づかれると先輩のファンにもはや殺意に似た憎悪の眼差しを受けるから、正直疲れてしまっていた。人気者の恋人になるって本当に大変なことだと思う。そんな私を察してか、最近先輩は表立っては近づいて来なくなった。何だか気を遣わせてしまって申し訳ないなと思っていたから、素直に甘えられると拒めなかった。

「……あの写真綺麗だね」
「はい?あぁ、ベッドサイドのやつですか?」
「うん。三人とも良い笑顔だし、景色のも綺麗」

 ベッドサイドには私と葵と晴琉と三人で撮った写真と何枚か景色の写真を飾っていた。

「ありがとうございます。景色のは私が撮ったんです」
「へぇ~。写真好きなんだ」
「そうですね……」
「あれ?うちの高校に写真部あったよね?入らなかったの?」
「……もう写真はいいんです」
「極めたってこと?」
「ふふ。そういうことじゃないです。ただ、もう……」
「何かあった?」

 小学生の頃、祖父母の田舎に遊びに行った時に見つけた祖父の古いカメラに夢中になった。滞在中は田舎の景色を中心にたくさん撮って、家に帰るころには駄々をこねてカメラを譲り受けた。でも家に帰ったら見慣れた景色ばかりで途端に撮る意欲が無くなった。父親に相談したら「大事なものを写せばいいんだよ」って言われて。それから言われた通り何枚何枚も撮って。中学生になって溜まったものを見返した時、私は写真を撮ることを止めた。

「……円歌ちゃん?」
「あ、すみません、ぼーっとしてました」
「ごめん、そんなに嫌なことだったかな?」
「いえ、たぶん、知って嫌な気持ちになるのは先輩だと思います」
「うーん。それなら言ったほうが良いと思うな」
「どうしてですか?」
「私は円歌ちゃんのことが知りたいから。あと何を知っても受け入れる自信があるからね」
「……ほんと自信がすごいですね」
「年上だからね~。さぁお姉さんに話してみなさいな」

 今まで誰にも話して来なかった、あの写真たちのこと。どうして志希先輩に話そうと思ったのか、自分でもよく分からなかったけど、たぶん、楽になりたかったのかもしれない。

「ベッドの下に写真があるんですけど。えーっと……これだ」

 ずっと志希先輩に抱きしめられたままだったけど、ようやく離れてベッドの下を漁った。昔もらったお菓子の缶。開けると当時撮った写真が出てきた。懐かしさと苦い思い出に心が締め付けられる。そこにある写真に写っているのは、全て葵だった。

「全部葵ちゃんだね」
「……そうですね。全部葵です。この頃の私が撮りたかったのは全部葵だったんです」
「なるほどねぇ。円歌ちゃんの好きな人、葵ちゃんなんだね」
「ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「だって……私、先輩と付き合ってるのに。なんでこれ見せてるんだろう」
「何でも受け入れるって言ったでしょ?大丈夫だよ」

 再び志希先輩に抱きしめられた。どうして先輩は私に優しくするのだろう。

「……私が撮った葵の写真、葵、全部こっち見てないんです」
「言われてみれば確かに……」
「この写真たちを見てたら、なんか、私の一方的な気持ちを現わしている気がして、なんかもう、私ストーカーみたいで気持ち悪いなって思って、そうしたらもう、カメラ構えることができなくなって……」

 途中から自然と涙がこぼれていた。わざと視線を外したり、横顔だったり、写真の構成として視線を合わせないことはある。でも葵は明らかに視線が合わなかった。合わせなかったわけではなかった。

「気持ち伝えられなかったんだね」
「……出来ないですよ。だって……葵は私のことを見ていないと思って……それに……」

 葵が晴琉のことをきらきらした目で見つめていたのは、同じころだった。

「よしよし。よく言えたね」

 志希先輩は私の頭を撫でた後、しばらく抱きしめたままでいた。時間が経つと葵にも晴琉にも見せたことがない弱い自分を見られた事実に恥ずかしさが込み上げてきた。そして話題を変えようとした。

「……先輩。すみません。勉強、中断してしまって」
「えぇ?今それ言う?大丈夫だよ~」
「ありがとうございます」
「それより円歌ちゃんは大丈夫?」
「はい、なんかちょっとすっきりしました」
「それは良かった」
「でもなんか先輩に申し訳ないです」
「え~大丈夫なのに……じゃあお詫びでもしてもらおっかな?」
「お詫び?」
「そう。こっち見て?……あれ?照れてる?」
「いや顔近い……」
「お詫びなんだから、ちゃんとこっち見て。……今円歌ちゃんのことを見てるのは私だし、私のことを見てるのは円歌ちゃんだけだよ?」
「……そうですね」
「うん。分かればよろしい」
「……ん……先輩……ちょっと、息っ出来な…」

 何回も唇を押し付けられながら、じりじりとベッドの脇まで追い詰められたと思えば、体が持ち上げられ、遂にはベッドに押し倒されていた。え、あ、いや、私の両親は今日帰るの遅いって言ってたけれど。

「……先輩、ちょっと……待って。私にがっつきすぎじゃないですか?」
「ん-?円歌ちゃんさぁ、私が付き合う時に言ったこと覚えてる?」
「え?」
「本当に嫌だったらぶっ飛ばしていいって言ったでしょ」
「そんなこと出来ないですよ……いじわる」

 弱いところを見られて、優しくされて、それでいて私はもう既に息が少し上がっていて。先輩を拒むなんて、そんな気持ちは、少なくとも今この瞬間だけはなくなっていた。


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