「かたかた片想い」第9話

ふつふつ

 その後は葵とかき氷を食べに行って、記憶にも残らないような取り留めない話をたくさんして、また手を繋がれて家まで送ってもらった。ベッドの上で今日の出来事を反芻する。楽しかったはずなのに、沸々と罪悪感が湧いてくる。スマホを取り出し、通話アプリを起動した。

「……先輩。夜遅くにごめんなさい。今大丈夫ですか?」
『うん?大丈夫だよ~。どしたの?』
「今日葵とかき氷食べに行ったんですけど」
『へ~。あ、待って、何味か当てるから……円歌ちゃんは抹茶でしょ⁉』
「はい。そうです。よくわかりましたね」
『だって前に抹茶好きって言ってたよね~。よく覚えてたでしょ?褒めて褒めて』
「はい、えらいです」
『ん~?いつもより素直だね?何かあった?葵ちゃんとケンカした?』
「違います。むしろ逆です。仲良く食べました」
『じゃあどうして辛そうな声をしているの?』
「……」
『……円歌ちゃん、明日会える?』
「明日も部活じゃないんですか」
『部活終わったら連絡するから待っててね。もう遅いし、おやすみ~』
「あ、ちょっと……」

 通話は切られてしまった。スマホをベッドに置いて目をつぶる。眠れる気がしなかった。早く明日になって志希先輩に会えたらいいのにと思った。葵とデートのようなことをして、先輩が嫉妬してくれたらなんて考えておいて、こんなにも私の方が先輩に会いたいと思わされるなんて思ってもみなかった。
 翌日の午後。結局連絡を待ちきれなくて、バスケ部の練習を見に行った。晴琉と葵がレギュラーになるまで行かないってことにしてたけど、それは試合のことだという風に勝手に自分に言い訳をした。
 学校の体育館に行くと、ちらほらとバスケ部ではない他の女子もいた。夏休みの練習までファンが見に来るとは恐ろしい。「志希せんぱーい!」という黄色い歓声が聞こえて、その場から距離を取った。練習する声が聞こえる程度に離れて、日陰になっている階段を見つけて座り込んだ。バスケのことは全然分からないけど、キュッキュッっていう靴の音は何となく好きだった。セミの鳴き声と、吹奏楽部の練習の音も聞こえる。ふとカメラ持ってくれば良かったな、と後悔した。あの日志希先輩にカメラの話をしてから、何かが吹っ切れてもう一度カメラを持ちたいと思い始めていた。

「やっぱり円歌だ!どした!」
「あ、晴琉。お疲れ~」

 しばらく夏を感じさせる音に浸りながら座っていると、晴琉が声を掛けてきた。結構離れた場所に居たのに。「円歌の気配感じた」って。ただ休憩中に見かけただけでしょ。

「何?先輩に会いに来たの?」
「……うん」
「なんで不服そうなの」
「なんか志希先輩にずっと踊らされてる気がしてムカついてきた」
「何それ?円歌が振り回されてるなんて珍しいね」
「いつも葵と晴琉に振り回されてる気がするけどね」
「え、そう?まぁいいや、先輩呼んでくるよ」
「あ、いい。やだ」
「ん?何で?」
「本当は部活終わりに来てって言われてたの。今会ったら張り切ったみたいでやだ」
「えぇ?何それめんどくさー」

 志希先輩を呼びに行こうとした晴琉の服の裾を引っ張って引き止めた。面倒な私の隣に呆れたように笑いながらも大人しく座ってくれる晴琉。

「ねぇ、晴琉。最近葵の様子おかしくない?」
「んー……おかしいかな?めっちゃ気合入ってるなって感じだけど」
「何で気合入ってるの?」
「志希先輩がやたら煽ってるんだよね、葵のこと」
「何で?」
「だってレギュラーにならないと円歌が来てくれないからじゃん」
「昇降口でも言い合ってたけど、それそんなに熱くなることなの?」
「まぁでも葵めっちゃ調子上がってるし、いいんじゃない?」
「そうなんだ……というかさ、気になってたんだけど、葵と先輩ってレギュラー取りあう感じなの?」
「ん?二人ポジション違うよ」
「え!何であの時言わなかったの⁉」
「あの時?あぁ、昇降口の。そいういえば先輩何言ってんだろうなーとは思ったけど、葵も否定しなかったからいいのかなって」
「確かに……」

 志希先輩が言ったことに葵は否定しなかった。やっぱり私の予想は間違ってなかった。私がバスケ部のことなんて何も知らないから、二人に適当に言いくるめられてたんだ。ということはあの時、私が晴琉に昇降口まで連れていかれるまでに、何かもっと、他の事を話していたのだろう。

「……円歌?大丈夫?急に黙り込んで」
「うん、大丈夫。晴琉こそ時間大丈夫?」
「やっば、そろそろ戻らないと」
「頑張ってね」
「うん!!」

 元気よく返事をして体育館へ向かって勢いよく駆け出す晴琉。太陽の下、晴琉のなびく髪と走る後ろ姿が綺麗だった。両手でフレームを作り、晴琉の姿を収める。やはりカメラを持ってくればよかったと後悔した。
 部活が終わるまでの時間は読書をして過ごした。夕暮れになり、字が読みにくくなってきたところで体育館のほうを見ると、バスケ部の人たちが帰って行くのが見えた。どうやら部活が終わったらしい。腰を上げて、スカートを軽く払い体育館へと向かった。

「あれ?円歌ちゃん早いね」
「あ、先輩……と葵はどうしたの」

 体育館へ入るとすっかり中は片付いていて、目の前には志希先輩と、先輩に後ろから抱きしめられて身動きが取れなくなっている葵がいた。いつの間にそんなに仲良くなったのだろうかと思ったけれど、葵の顔が真顔だったから、仲良くなったわけではなさそうだった。

「先輩がダル絡みしてくる」
「えぇ~?葵ちゃんとじゃれてるだけだよ」
「それダル絡みって言うんですよ先輩。離れてください」
「は~い」

 私の言葉で素直に葵からパッと離れた志希先輩。そのまま勢いよく私に抱き着いてくる。「わっ」と思わず声をあげた。そして先輩は私の耳元でボソッと呟いた。

「ねぇ、どっちに嫉妬した?」
「はぁ!? 」

 バッと志希先輩から距離を取ろうとしたけど、抱きしめられてるから顔だけしか離れられなかった。でも視界の端で先輩の口角が上がっているのが見えた。急に何を言い出すのだこの人は。葵は相変わらず真顔だけど、明らかに面白くなさそうな顔をしている。

「ちょっと先輩。離れてください」
「あぁごめん。円歌ちゃん耳弱いもんねぇ」
「なっ!!」

 今度は素直に離れてくれないし、とんでもないことを言ってくるし。本当にこの人は何がしたいのだろう。もう葵の顔が見られなかった。

「志希先輩。私もう帰りますね。じゃあね円歌」
「え、あ、うん」
「葵ちゃんまた明日~」

 志希先輩の腕の中で感情の無い声が横を通り過ぎて行った。先輩は腕の力を緩めて解放してくれた。「何してんですか」って気持ちを込めて、先輩をキッと睨みつけたら、勝ち誇った顔をしていた。そして手を引かれ、体育館から連れ出される。

「今のデートした仕返しね」
「え?」
「じゃあこれから私の家に行こうね~」

 仕返しってことは、昨日葵と居たこと妬いてくれてたってこと?あんなに余裕そうだったのに。嬉しいと思ってしまう私は性格が悪いし、志希先輩のことを末恐ろしいなと思ったし、この後更に思い知らされることになる。


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