「かたかた片想い」第13話 完

きらきら

『葵が退部した』

 志希先輩と別れた次の日。先輩が旅行から帰って初めて部活に参加した日。葵と話さないといけないと思っているのに行動に移せなくて、自宅でただ呆けていた私の元に、晴琉からメッセージが届いていた。
 葵からしたら部活の先輩の彼女にキスをしたのだ。真面目な葵が退部届を出す理由はきっとそれだろう。私にも罪悪感が募る。どうしたらいいかと考えていると、志希先輩からもメッセージが届いた。先輩なら、何か助けになってくれるかもしれないとすがるような気持ちでメッセージを開く。別れた後も私の思考は先輩に甘えきっていた。
 
『明日私のマンションに浴衣を着てカメラを持って来ること』
「何これ?」

 てっきり葵のことかと思ったら全く関係ないメッセージに困惑する。というか別れたのにこんなにもラフに連絡が来るものなのか。

『何これ?って思った?』
『19時集合!』
『来なかったらおしおきだよ?』

 立て続けに志希先輩からメッセージが届く。やはりカメラでも付けられているのかな。明日の19時……そういえば本来は先輩と花火を見に行く約束をしていたなと思い出す。先輩の住むマンションは高層マンションだったから花火が見えるのもしれない。まさか一緒に花火を見るとか……ないよね。どういうつもりなのだろう。そして、お仕置き、という言葉に顔が熱くなる。なんて置き土産をしてくれたんだあの先輩は。

「『わかりました』っと」

 とりあえず返事を送った。明日、先輩に会って頭を下げて、葵の退部届けを撤回してもらえるようにお願いしてみよう。失礼なのは分かってる。でも今の私に出来ることはこれくらいしか思いつかなかった。

 翌日。素直に気に入っていたピンク色の艶やかな花柄の浴衣を着てカメラを持って、19時前に志希先輩のマンションの屋上へ続くドアの前にいた。

「先輩、どこにいるんですか?」
『そのまま屋上のドア開けて~』

 このマンションは先輩のお父さんがオーナーらしく、文字通り先輩のマンションだった。特別に屋上を私のために開放してくれたらしい、と通話しながら屋上まで誘導されたところだった。高いところ苦手なのに……。
 どんな顔をして先輩に会えばいいのか、ここまで来ておいて分からなくなる。でもここで帰る訳にも行かないから、屋上のドアを開け歩みを進めた。

「先輩?どこですか?……え?」

 屋上にはキャンプで使うような簡素なベンチが置いてあって、そこに座っていたのは、今日の花火大会にぴったりな、水色を基調とした波のような模様の入った涼しげな浴衣を着た葵だった。

「……葵」
『あ、会えた?じゃあ、円歌ちゃん、今度はちゃんと大事なもの、撮るんだよ?』

 志希先輩からの通話が切れた。

「葵、何でここに?」
「……意地悪な先輩に唆された」
「何それ」
「円歌、こっち来て?」

 葵は自分が座っている場所の隣をぽんぽんと叩く。私は無言で隣に座った。

「えと……久しぶり。葵」
「うん。久しぶり」
「浴衣どうしたの」
「先輩にこのマンションに呼び出されて、部屋に行ったら着ろって脅された」
「そんな脅し聞いたことないけど」
「とにかく脅されたの」

 葵はどこか不貞腐れたような表情をしていた。でも着ていた浴衣も、綺麗にお団子に結われた髪と彩る髪飾りも葵によく似合っていた。

「そっか……浴衣かわいいね」
「ありがと……円歌も似合ってるよ……あのね、さっき先輩に謝って、それで、その……円歌と別れたって聞いて」
「……うん」
「それで、許して欲しいなら円歌とちゃんと話しなさいって言われて……だから聞いて欲しいことがあって」
「何?」
「小学生の頃からかな、ずっと円歌から逃げてた。ごめん」
「え、小学生?」
「うん、小学生の頃から……円歌のこと好きだった」

 私が葵を意識したのは中学生の時、部活を初めて見に行って、きらきらした瞳で晴琉を見る葵を見てからだ。私よりもずっと前に葵は私のことを思ってくれていたなんて。

「でも自信が無くて言えなかった。だから中学生になって、バスケ部に入って晴琉に出会って、かっこいい晴琉みたいになれたら、自信がついたら、気持ち伝えようって思ってた」
「そう……」

 あの時の晴琉への葵の眼差しは、恋ではなくて、憧れだったんだ。

「で、レギュラーになってすぐくらいかな、次円歌に会えたら、告白しようと思ってた時に、部活で合宿があってさ、それで……晴琉が……」
「私のこと好きって言ったんだね……」
「知ってたんだ」
「この前聞いたの」
「そっか……それでさ、晴琉が関係性が変わるのは怖いって話してて。葵も急に怖くなって……三人でこのまま仲良くいられるなら、それでいいかなって」
「そうなんだ。私はね、中学の時からずっと、葵が晴琉のこと好きなのかと思ってた」
「え⁉」
「だって……高校入っても、晴琉のこと気にかけてたし」
「それはその……志希先輩が円歌に積極的だったから。晴琉の気持ち考えたら気が気じゃなくて」
「でも、それなら、もっと私のことも気にかけてくれても良かったんじゃないの」
「だって……先輩やっぱり美人だもん。バスケも上手いし、勉強も出来るし、コミュ力高くていつもニコニコしてて、葵よりずっとかっこいいから……嫉妬もできないくらい……魅力的だったから」
「……じゃあ、どうして最近になって葵は私に積極的になってたの?」

 葵はとても苦しそうな顔をしている。でも、今はたぶん、全部吐き出したほうがいい。

「だって先輩、めちゃくちゃ煽ってくるんだもん。円歌を好きな私の気持ち、見透かしてるみたいに。円歌のこと奪ってみなよって。それに葵の知らない円歌のこと、いっぱい言ってくるし」

 葵はずっと自分の感情を押さえつけて、ずっと我慢していたのだろう。

「諦めたいって思ってたのに、応援しなきゃって、思ってたのに。先に円歌が諦めたいなんて、思わせぶりなこと言うから、我慢できなかった」
「……思わせぶりなんかじゃないよ。葵のことがずっと好きだった……葵のことが好きなまま、先輩と付き合ってたの……最低でしょ、私」
「最低なのはキスした葵も一緒だよ」
「じゃあどっちも最低だね……」
「そうだね」
「最低な私でも、これからも一緒にいてくれる?」
「……最低な葵でよければ」

 繋がれた手のぬくもりは、まだ日が暮れても暑い8月の夜でも、心地よかった。

「そういえば、なんで円歌カメラ持ってるの?」
「あ」

 そういえば、屋上で葵と会う直前、志希先輩が言っていたことを思い出した。『今度はちゃんと大事なもの、撮るんだよ?』……今なら、出来るかな。

「先輩に、大事なもの撮ってって」
「大事なもの?」
「……葵のこと撮りたいんだけど……良い?」
「葵がレギュラーになったら撮るんじゃなかったの?」

 意地悪な笑顔をしている葵。いつもと変わらないような温度感のやり取りに安心する。

「じゃあ退部届、撤回してよ」
「え、知ってたの?」
「晴琉から連絡来た」
「実は先輩に取られたんだよね、退部届」
「え?何それ」
「だから今日、返して欲しければここへ来い!って言われた上に、浴衣着ないと返さないぞ!って脅されたの」
「へぇ……そういうことだったんだ……というか何で先輩が退部届持ってるの?」
「さぁ、何でだろうね」

 本当に志希先輩は不思議というか、つかめないと言うか。いつまでも私は先輩の掌で躍らせれているような気持になる。でも今日は、その思惑通りに動きたいと思った。

「で?どっち?撮っていいの?ダメなの?」
「しょうがないなぁ。どこで撮る?」
「あ!そういえば、もうすぐ――」

 私の声をかき消すほどの轟音が響いた。周囲を赤、緑、青……様々な色の光が次々と瞬き、私たちに降り注ぐように照らして、散っていく。そう、今日は、花火大会の日だ。
 私は立ち上がり、繋がれたままの葵の手を引いた。花火が背景になるように立たせる。私は首から下げていたカメラを構え、ファインダーをのぞき込む。葵はこちらを向いている。私を、私だけを見て微笑んでいる。それだけで私は――。

「――泣かないで」

 花火の音が大きくてうまく聞こえないけど、唇の動きで分かった葵の言葉。あれ、私なんで。嬉しいはずなのに……。でも、葵も泣いていた。

「葵も泣いてる」

 葵の頬に手を伸ばす。葵は気付いてなかったみたいで、私に涙を拭われたことに驚いたような顔をしていた。でもすぐにお互い笑顔になった。涙の理由は、悲しいからではなくて、きっと、ようやく気持ちが通じ合ったから。
 ひときわ大きな花火が上がり、開ききった瞬間に合わせてシャッターを切る。葵の涙は花火と同じだった。

 ファインダー越しに見る君の涙は儚く美しい――。

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