「つらつら物思い」第2話

とげとげ

「ゲーセンで良かった?」
「うん」

 ゴールデンウィークのとある日。半ば強引に取り付けた晴琉ちゃんとのデート。でもデートと思っているのは私だけで、晴琉ちゃんは普通に仲の良い友達とのお出かけくらいにしか思っていないと思う。その証拠に私がそれなりに意を決して言ったデートのお誘いに「え?……そういえば二人で遊んだことなかったね!いいよ!」と普通のことのように返してきたのだから。
 本当はゲームセンターとか騒がしいところはあまり得意ではないけれど。逆に私が好むような美術館や演劇鑑賞だと晴琉ちゃんは退屈してしまうだろうから。私の趣味は私で楽しめばいいから、それに付き合わせるのは気が引けて、晴琉ちゃんが行きたいところに行くことにした。
 苦手ではあったけれど滅多にこないゲームセンターは私には新鮮で楽しかった。晴琉ちゃんに完全にエスコートしてもらう形でゲームをして回る。最後にプライズゲームのコーナーを見に行った。晴琉ちゃんは最後に取りやすそうな景品を探すのがゲームセンターでのルーティンらしい。
 私には取りやすい景品というのがどんな状態なのかは全然分からなかったから、ただ自分が欲しいものがないか見ていた。晴琉ちゃんはブツブツと「あれは横から押せば……」とかつぶやきながら歩き回っていて、そのあまりにも真剣な表情に思わず笑ってしまった。

「え、何?なんで笑ってるの?」
「ごめんね。だって部活中くらい真剣な顔してるから」
「寧音、バカにしたらダメだよ!これは真剣勝負なんだよ!」
「そうだね、お金もかかるもんね」
「そうだよ!……ってか欲しいのあった?」

 部活中のような熱量で言葉を返される。晴琉ちゃんの何でも全力なところは嫌いじゃない。欲しいものを聞かれて、ふと目線の先にあったぬいぐるみが気になった。指を差して晴琉ちゃんにアピールした。

「あれ」
「ん?……ぬいねぇ……いけそう」

 私が指を差したぬいぐるみはクレーンゲームの景品で。バレーボールくらいのサイズのハリネズミのぬいぐるみだ。晴琉ちゃんの反応を見る限り、取れるみたい。

「晴琉ちゃん、取り方教えて?」
「うん!」

 自分で取りたいと思ったから、クレーンゲームのボタンの前には私が立って、晴琉ちゃんには横でアドバイスをもらった。一回で取ろうしたらダメだと言う晴琉ちゃんの作戦に従って、何回かに分けてちょっとずつぬいぐるみをずらしていく。次の一回。これで取れるという所で横に居た晴琉ちゃんが私を後ろから覆うようにして密着してきた。そしてクレーンゲームのボタンの上にある私の手に自身の手を重ねる。待って。近い。距離が、声が、息が……。

「は、晴琉ちゃん?」
「タイミング大事だから!」

 それどころじゃないのだけれど。全く集中できていない私に反して晴琉ちゃんは目の前のクレーンゲームに集中していて、私との距離を全然気にしていない。私の手の上に重ねられた手に力が入り、一緒にボタンを押した。

「……取れた!」

 嬉しそうな声をあげた晴琉ちゃんはようやく私から離れ、景品の取り出し口からぬいぐるみを取って渡してくれた。

「はいどうぞ」
「……ありがと晴琉ちゃん」

 ハリネズミのぬいぐるみを受け取り、晴琉ちゃんから熱くなった顔が見えないようにぬいぐるみを抱きしめた。トゲの部分も柔らかくてふわふわしていて気持ちいい。

「寧音、そろそろ次行こ!」
「うん」

 晴琉ちゃんは人混みの中をかき分けて先導するように進んで行ってしまう。私ははぐれないように晴琉ちゃんのリュックの端を掴んでいた。手を繋いで欲しいって言えないのは、晴琉ちゃんが何も意識せずに手を繋いでくれるのが想像出来るから。
 お目当ての喫茶店について、晴琉ちゃんはメロンクリームソーダとナポリタンを頼んでいた。昔から好きなんだって。私は紅茶とケーキを頼んだ。ゲームセンターに比べて静かで落ち着く。先ほど手に入れたぬいぐるみを撫でながら紅茶を飲んで一息ついた。

「寧音てハリネズミ好きなの?」
「うん……晴琉ちゃんはヤマアラシのジレンマって知ってる?」
「初めて聞いた」
「ハリネズミのジレンマとも言うんだけどね。ヤマアラシがね、お互いを温めようと近づくけど、お互いの針で傷つけてしまうから近づけないの。それで人間関係でもお互い距離感が近づくほど傷つけてしまう関係のことを指す言葉なんだけど」
「へぇ~……なんか難しい関係だね」
「そうだね」
「でもそういうの乗り越えたら、ずっと一緒にいられそう」

 そう。ヤマアラシのジレンマの元になったお話は悲しい結末ではなくて、それでもお互い距離感を探って最後は適度な距離で温め合う話なのだ。かつて幼馴染に恋して距離感が分からなくなって、自分が変わってしまうのが怖くて逃げた私には耳が痛い話。

「うん。だからハリネズミみたいな恋がしたいなって」
「へぇ~。なんか寧音は大人っぽい恋しそう」

 晴琉ちゃんの私に関心があっても全く意識してないような言葉にチクりと胸が痛む。

「私は……晴琉ちゃんとしたいんだけどな」
「へ?」

 他人事だと思っていたからだろう。びっくりしている晴琉ちゃん。ほら、やっぱり。きっと今日の“デート”もただの友達とのお出かけだと思っていたんだ。私はデートの為に服とか、メイクとか、全部のことを気にかけて来たのに。晴琉ちゃんはといつもと変わらない友達への接し方をしていた。

「デート……楽しみにしてたの私だけだったのかな」

 そしてちょっとこじらせてて、ひねくれている私は、詰めた距離を広げるようにトゲのある言葉を使ってしまう。

「そろそろ帰ろっか」

 私の言葉に戸惑う晴琉ちゃんを置いて、先にお店を出た。後からすぐに晴琉ちゃんは追いかけてくる。その後の帰り道はお互い黙ったままだった。私の自宅の最寄り駅が近づく。

「晴琉ちゃん、ごめんね。私が言ったことは気にしないで」
「え、あ、そう……」
「じゃあまたね」
「うん……ばいばい」

 電車の中でずっと曇った顔をしていた晴琉ちゃんの顔は最後まで晴れることがなかった。
 夜。自室のベッドで晴琉ちゃんと取ったハリネズミのぬいぐるみを抱き締めて寝転ぶ。柔らかいぬいぐるみのトゲが私に胸元に刺さる。そういえば円歌の家に言った時、円歌の部屋にはたくさんのぬいぐるみがあって、「晴琉がたまにくれるの」と言っていたことを思い出す。円歌のように可愛げがある女の子だったら、晴琉ちゃんは私との“デート”や“恋”を意識してくれることがあったのかな。
 晴琉ちゃんは何も悪くないのに、私の一方的な感情で嫌な気持ちにさせてしまった。次会うときは、もう一度ちゃんと謝ろう。そう自分に誓って目を閉じた。

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