「かたかた片想い」第10話

ばくばく

「一緒に入る?」
「え?嫌ですよ」
「でも汗すごいしー、入りたくない?」
「一緒は嫌です」
「あ、脱がせて欲しいってこと?」
「本当に話聞かないですよね……こっち来ないでください!わかりました!入りますから!来ないで!」

 志希先輩の家の脱衣所にて。部活かいた汗がすごいからと家に着くなりお風呂を沸かしに行った志希先輩。そこまでは理解できた。そして夏だし運動していない私もそれなりに汗はかいていて、私にシャワーでも浴びてく?と聞いてきたところまでも理解できた。理解できなかったのは今交わされた脱衣所での会話だけだった。

「ふへぇ~。運動した後のお風呂は気持ちいいねぇ」
「私はしてないですけどね」

 私は結局志希先輩の家のお風呂に浸かっていた。先輩には着替えとか準備するから先に入っておいでと言われた。私が後だと入ってこないことがバレていたのだろう。そして今は浴槽で先輩が私を後ろから抱え込む形で一緒に浸かっている。

「……お腹触るのやめてくれませんか」
「だってぇ。バスケ部の子たちと違って筋肉なくていいなぁって」
「それ褒めてます?」
「もちろん」
「あとうなじにチューするのもやめてください」
「んー……これはお仕置き」
「ちょっ……なんのっ」
「葵ちゃんと手繋ぎデートしたお仕置き」
「……何で知ってるんですか」
「葵ちゃんに教えてもらったから」

 葵が?どうしてわざわざ志希先輩に話す必要があるの?

「今何でって顔してるでしょ」
「……そうですね」
「円歌ちゃんも葵ちゃんもさー、かわいいよねぇ」
「それどういう意味……ちょっと、あの、それ以上はのぼせるので……」
「ふふ、しょうがないなぁ」

 ようやく解放されてお風呂から出る。用意された着替えは志希先輩のジャージで、私にはサイズが少し大きくて、自然に萌袖になっていて、先輩はかわいいと言って喜んでいた。
 志希先輩の要望というか、ほとんど強要されてお互いの髪をドライヤーで乾かして、夕飯は先輩が作ってくれた。シンプルなオムライスにベタにハートマークが描かれていて、すごく美味しくて、ちょっとずるいと思った。
 急遽というか、いつの間にか先輩の家に泊まることに話が進んでいて、それにしては使い捨ての歯ブラシとかお泊りセットが用意されていて、シンプルに不審に思った。

「なんでこんなものあるんですか?」
「家族で旅行するって言ったでしょ?その準備の買い物ついでにこういう時の為に買っておいたの。大正解~」
「そういえばご両親はどうしんたんですか?」
「先にハワイ行ったよ~。私は明日の部活が終わったら空港行くの」
「え?じゃあ今日……」
「二人きりだねぇ」

 志希先輩の家へ向かっている時からやけに上機嫌だと思っていたけど、ここまで全部想定していたんだろうな。してやられた気がして少しだけムッとした。ずっと先輩の掌で転がされているような気がする。

「あれれ、何か不機嫌そうだね」
「そんなことないですけど……って何してんですか」

 志希先輩の部屋に通されるとすぐにベッドに押し倒された。どんな部屋なのか興味があったのに今は先輩の整った顔と、白い天井しか見えない。

「だって何だかんだ会うの久しぶりだし。あと私にしては我慢したほうだと思うよ?」
「話聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
「えー?……んー、じゃあこのままでいい?」

 志希先輩は私の首に顔をうずめ、そのまま体ごとのしかかってきた。髪の毛が首に当たって少しくすぐったい。

「まぁいいですけど……」
「んー……それで?話ってなぁに?」
「あの、今日晴琉と話してて、それで前に先輩、葵と昇降口で言い合いしてたじゃないですか」
「じゃれてただけだよぅ」
「適当なこと言わないでください。レギュラーのことじゃないんですよね、本当は……言い合ってたの」
「……部活のことも話してたよ」
「“も”って何ですか。他に何話してたんですか?」
「どうして知りたいの?」
「だって、あんなに葵が感情的になるなんて……」
「気になるんだ」
「ごめんなさい……葵の話ばかりで。でも……」
「……円歌ちゃんのことだよ」
「え?」
「本当に円歌ちゃんも葵ちゃんもかわいいなぁ……」
「ちょっと、それさっきも言ってましたけど、本当にどういう意味……って先輩?」

 志希先輩は寝息を立てていた。思い返せば夕飯の時からしきりにあくびをしていた。部活もあったし、旅行の準備もあったと思うから仕方がない。だけどなんてタイミングで。私のことって、どういうことですか。

「というか先輩、明日何時に起こせばいいんですか」

 明日も部活だと言っていたのに、何時に起きるのか聞いていない。私の真っ当な質問は静かな部屋に空しく吸い込まれていった。

「おはよう円歌ちゃん」
「……おはようございます」

 寝る前に聞いた志希先輩の言葉を反芻していたら全然寝付けなくて、結局朝は先輩が起こしてくれた。ベッドに押し倒されているような体勢だから起き上がれない。この部屋に来てから先輩の顔と白い天井しか見ていない気がする。

「……どいてくださいよ」
「えぇ?やだ」

 志希先輩は私の手を取ると、指を絡めベッドへ縛り付けるように押し付けた。先輩は昨日は寝る時間が早かったからか、すっかり目が覚めているようで元気だった。寝付けなかった私は逆に今とても眠い。

「もう8時だけど。眠そうだね」
「先輩のせい……」
「あれぇ?何で?」
「……変なこと言うから」
「そうだっけ?忘れちゃった」
「ほんと……ずるぃ」
「へへ。ごめんね円歌ちゃん……昨日我慢してたからもう無理――」

 次に目を覚ました時には志希先輩は目の前に居なかった。しばらくの間ぼーっとまどろみの中にいると、ふわふわとした緩やかな倦怠感が体を包んでいることに気付いて、二度寝をする前に先輩にされていたことを思い出してベッドの上でうずくまった。心拍数が速くなっていく。これは今朝の先輩の行為による胸の高まりか、それとも昨夜の先輩の発言による胸のざわつきなのか、私には分からなかった。
 洗濯してもらった自分の服に着替えて、リビングへ行くと「部活行ってくるね。あと鍵は……」と家を出るときのことが書かれた置手紙だけが残されていた。


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