「かたかた片想い」第2話

ゆらゆら

「ねぇねぇ!!志希先輩とどういう関係なの!?」

 翌日には好奇心旺盛な複数の女子たちに私は囲まれていた。昨日の志希先輩との出会いは嵐のようだった。先輩は私に「かわいい」を連呼し続け、さらには私の手を取るとブンブンと上下に振りながら「また見に来てね」と嬉しそうに言うと、すぐに他の先輩に呼ばれて居なくなってしまった。呆然とする私に苦笑いしながら「なんかごめん」と謝る晴琉。私は反射的に「大丈夫」とつぶやくことしかできなかった。

「先輩とは昨日初めて会ったばかりだよ」
「えぇ!?でも先輩がめっちゃアプローチしてたって聞いたよ」
 
 困ったことに噂は良くない方向に広がっているようだ。昨日分かったのは志希先輩がこの学校でも相当人気があるということ。あぁこれはきっと、先輩のファンに目の敵にされるパターンだ。はぁ。

「本当に何もないから。その噂訂正しておいて」
「えー?マジ?」

 教室で私を取り囲むクラスメイトたちは意外と大人しく引き下がってくれた。噂もさっさと無くならないかなと思ったけど、まぁそう簡単にはいくわけもなく――。

「志希とどういう関係なわけ?」

 昼休みには今朝のクラスメイトと違って好奇心ではなく、明確な敵意を持った声で問い詰めてくる見知らぬ先輩たちに囲まれていた。廊下でも他のクラスの子たちから質問攻めにあって疲れたから、人気のない校舎裏でお昼を食べようと逃げた結果、ベタ過ぎる最悪の展開を招いた。

「えーっと、本当に何でもないんです。昨日会ったばかりで」
「はぁ?嘘つくなよ」
「えぇー……」

 じりじりと圧をかけながら近づいてくる先輩たち。ダッシュで逃げるには私は足が遅いし、無理やり通り抜けるには力がない。まな板の鯉って今の私のことなのかな、と目の前の先輩に胸倉を掴まれて絶望していたら。

「何してるんですか!!」

 校舎裏に大きく響く聞き慣れた声。先輩たちの隙間から晴琉の腕が伸びた。片腕で私の胸倉を掴む先輩の腕をひねり上げ、もう片腕で私を肩を抱える。

「暴力は良くないですよ」

 こんなに怒りを滲ませた晴琉の低い声を聞くのは初めてで驚く。腕をひねり上げられた先輩は晴琉を睨みつけていたけど、他の先輩が小さな声で「……こいつ志希がいつも可愛がってる後輩ですよ」と呟くと、舌打ちをして帰って行った。他の先輩たちも追いかけるように帰って行き私と晴琉だけになった。

「ごめん。大丈夫?」
「なんで晴琉が謝るの?」

 本当に申し訳なさそうな顔をして、掴まれてシワになった私のシャツを伸ばし、整えるように撫でながら謝る晴琉。

「だって昨日私が部活見学させたせいだし……」
「違うでしょ。晴琉は悪くない。むしろ助けに来てくれてありがとう。よくここが分かったね」
「廊下で色んな子に絡まれてるところ見てたから心配で」
「へぇ。晴琉は良い子だねぇ」

 私が頭を撫でながら褒めると少し照れてはにかむ晴琉。さっき私を助けてくれたかっこいい一面とは違って今はかわいい。本当に悔しいくらい魅力的なのだ。晴琉は。

「……志希先輩。円歌のことがタイプなんだってさ」
「ふーん」
「はは。興味なさそう」

 どうせならと、その後は晴琉と中庭のベンチに移動して一緒にお昼を食べていた。晴琉は私の先輩への感情に興味がないのを知って、明らかに安堵した声を出していた。分かりやすい子だなぁ。

「だってあんなに綺麗な人初めて見たもん。私がタイプとか言われても信じられないよ」
「そっかぁ」

 私が綺麗と褒めただけで、打って変わって不安な顔をする晴琉。本当に分かりやすい。

「大丈夫だよ。綺麗だと思うけどタイプではないから」
「え?大丈夫って何?」
「……先輩を取ったりしないよ」

 最後はこっそりと晴琉に耳打ちした。事態を飲み込んだ晴琉は顔を赤くする。かわいいなぁ。

「は!?いやそもそも私のものじゃないし!ってか、え!?」
「晴琉、声大きい。みんなこっち見てるよ」

 周りを見渡して冷静になる晴琉。私より大きい体が小さく見えるくらいギュッと体を縮めて、私に問いかけてくる。

「……私そんなに分かりやすいかな」
「うん」
「ゔ、即答」

 うなだれる晴琉。私と違って感情表現が豊かな晴琉は見ていて飽きない。ふと葵と出会っていなければ、きっと私も晴琉に惹かれていたかもしれないと思った。

「――何で二人で食べてるの?」
「「あ、葵」」

 二人で同時に声をあげた。目の前には葵。葵は晴琉と同じクラスだ。晴琉がいないことに気付いて探したのだろう。

「ごめん、円歌に用があって出掛けてた」
「え、もしかして邪魔だった?」
「いやもう済んだから。ね、円歌」
「あ、うん」

 今していた話はしないでと訴えかけてくる晴琉の眼に従って返事をした。私もこの場で志希先輩の話をするのは良くないと思った。先輩の話で顔を赤くする晴琉の姿を見たら、葵が傷つく気がした。

「何か昨日から二人とも仲良すぎない?」
「「そんなことないよ」」
「仲良くハモるな」

 葵は私と晴琉の間に割り込むように座った。両側から「そんなことないよねー」とまた同じタイミングで葵に言うと、葵は余計にむくれた。そんな葵の様子が可笑しくて、私と晴琉は笑いだす。呆れたように葵も笑う。平和だなぁ。こんなこと思うなんて良くない兆しだと頭では理解していても、このままこの時間が続けばいいのにと考えながら中庭で暖かな日差しを浴びていた。

「うぇーい。円歌ちゃん見っけ!」

 放課後。昇降口で昨日と同じようにまた後ろから抱きしめられ動けなくなった。タイムリープでもしたかな。でも昨日とは違うところがあった。知らない香りと聞き慣れない声に包まれている。どうやら時空が戻ったわけではないらしい。でも周りにいた女子の羨望の眼差しを見て、私を抱きしめる人が誰なのかはすぐに見当がついた。

「……志希先輩。何ですか」
「え?声だけで分かっちゃったの?なにそれ愛の力?」
「違います」

 晴琉と同じで志希先輩も力が強い。嬉しそうに体を左右に揺らしながら話すから私も連動するように体が左右に揺れる。酔いそう。というか今の状況はとてもまずい。

「先輩。離れてください」
「えぇ~どうしよっかなぁ!」

 昨日から思ってたけど志希先輩はテンションがとにかく高い。一見美人で近寄りがたいオーラをまとっているけど、口を開けばふざけてばかりのようだ。こういうギャップがまた人気の理由なのだろう。昼休みに囲んできた志希先輩のファンたちに先輩とは何にもないって言ったばかりなのに。もう次は囲まれても文句は言えない。

「距離感バグってません?」
「あはは!よく叱られる~」
「じゃあ反省してくださいよ」

 ぎゃあぎゃあと言い合いながらこの後起こりうる最悪の展開を避けるために、何とか志希先輩の腕から脱出を試みたけど間に合わなかった。

「志希先輩。円歌困らせないでください」
「あ、晴琉ちゃん!」

 私を後ろから抱きしめられたまま晴琉と会話する志希先輩。晴琉の困惑する顔が心に刺さる。私は先輩がタイプじゃないって言葉、思い出してよ晴琉。

「晴琉助けて」
「はいはい。ほら先輩離れて。部活行きますよ」
「え~。しょうがないな~」

 ようやく志希先輩は私から離れた。揺られていた状態から突然放されたから、勢い余って晴琉に抱きついてしまった。晴琉は簡単に受け止めてくれる。

「円歌、今日も部活見に来る?」
「本の発売日だからヤダ」
「あ!じゃあ来週の土曜日はどう?練習試合なんだ~。円歌ちゃんが応援しに来てくれるなら張り切っちゃうよ~」

 晴琉と会話をしていると練習試合に応援しに来てくれと志希先輩にお願いされた。先輩は私にどれくらい本気なのだろうか。受け止めてくれた晴琉の腕の力が強まる。ごめんね。嫌だよね。

「晴琉も出る?」
「え、私は1年だし、まだ無理だよ」
「えぇ~晴琉ちゃん昨日大活躍だったじゃん!チャンスあるかもよ?」
「晴琉が出るなら行く」
「マジ?なら晴琉ちゃん鍛えないとね~。先輩が手取り足取り教えてあげよう!」
「えぇ!?」

 晴琉は私が条件付きとはいえ試合を見に行くと言ったことと、先輩が直々に教えてあげると宣言したのと、たぶんどっちのことにも驚いていた。

「ほら部活行くよ~。早速特訓だ!」

 私と晴琉を追い越して志希先輩は意気揚々と体育館へ向かっていった。急いで先輩の後を追う晴琉。でもすぐに一旦私の方に引き返してきて、こっそり耳打ちをしてきた。

「ありがと」

 私は微笑みながら手を振って見送った。志希先輩のために試合を応援しに行くというのを避けたくて苦し紛れに言った、晴琉が試合に出るなら行くという条件が良い方向に行って助かった。靴を履き替えて、ようやく帰ることができそうだ。帰り道は本屋さんへ寄ることを片隅に置きつつ、これからのことを考えた。
 葵と晴琉のことは大好きだ。二人には幸せになってほしい。仮に志希先輩が私に本気で、私が先輩を受け入れるようなことがあったら、晴琉が悲しむだろう。晴琉の悲しむ姿を見たらきっと葵も悲しむ。それは嫌だ。だから私が先輩と晴琉との間を取り持って、晴琉と先輩の関係が上手くいくようにするしかないと思う。そうしたら……そうしたら葵は私だけを見てくれるようになるのかな。
 私は親友の恋心を自分の為に利用しているように思えて急に自分に嫌気がさした。ため息が漏れる。こんな私のことを葵が好きになってくれても、私は喜べるのだろうか。
 ゆらゆらと揺れ動く感情に乱されて、結局私は本屋に寄ることを忘れてしまった。


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