「ウグイス」第15話

 季節はぐんぐんと変わっていった。ある朝、カッコーが鳴いた。すると、それを境に、虫たちが勢いよく鳴き始めた。セミが鳴き始める頃には、山や野原ではどこでも大合唱となった。夏がきたのだ。草木も、いきものも、そして、空の雲までもが、大きくなり、増えてゆき、そして、広がっていった。
まるで、こわいものなど何もないんだ、と言わんばかりのエネルギーが、暑さに比例するように増していった。ウグイスは、あまり歌わなくなった。今は、自分が歌うよりも、他の鳥の歌声に耳を澄ましている方が楽しい季節だった。
リスは、毎日新鮮な果実をうれしそうに食べていた。どこにどんな実がなるのか、リスはとてもよく知っていた。ウグイスも一緒に出かけては、二人でお腹いっぱいになるまで食べた。「今が一番いい季節だな。天国だよ」リスはよくそんなことを言っては、満足げに腹を抱えていた。
 そんな夏の日が数週間続いたあと、勢いづいた季節がさらにそのまま進むと、あれほど鳴り響いていた虫たちの声が、しだいに少しずつへっていった。
草むらから毎夜繰り広げられたオーケストラの演奏とは打って変わって、控えめな鈴の音ばかりが聞こえるようになった。いつの間にか、空は高くなり、雲は遠くなっていた。夜になると、お星さまは相変わらず遠いのに、お月さまはやたらと近くにいるようになっていた。太陽の光は、真夏の光線のような鋭い白色から、蜜のような黄金色へと変わり、植物やいきものにそそがれた。
木の葉や実は、熟れてふくらみ、赤や黄色に変化した。鳥や熊、たくさんのいきものが、その実を食べて来たるべき時に備え、せっせと太っていった。

 やがて、朝の空気がますます冷たくなっていった。緑色だった木々の葉がすっかりとその色を変えた頃には、リスは毎日、冬の準備で大忙しだった。リスは、穴から出ていったと思ったら、あっという間に戻ってきたので、ウグイスはずいぶん早いなと思ってそれを見ていたら、なんと、それはリスのお嫁さんであることに気づいた。それから、いつの間にか、さらに子リスも三匹増えていた。穴の中は、どんぐりと、リスと、ウグイスでパンパンになっていた。けれども、リスはウグイスが出ていくことを許さなかった。
「小さなウグイスに会えるまでは、ここに住むこと」とリスは言った。子リスはウグイスにすっかりなついていたので、リスのお嫁さんは助かるわ、と言ってせっせと働いていた。ウグイスも、自分を慕う子リスがかわいくて仕方がなかった。ときどき、子リスのことを思うあまり、小さなウグイスのことを忘れてしまいそうだと、ふと思った。本当にまた、あの小さなウグイスに会えるなんてことがあるのかしら?ウグイスは、そう思い始めていた。そして、そう考え始めると、心臓にがぶりと牙が食い込むような、そんな気持ちになった。その痛みは、あの空洞の木にあった3つのたまごと、そのたまごの母鳥を思い出させた。

 秋もだいぶ深まった頃、冷たい風と雨が何日も降り続き、ついに秋色に染まった色とりどりの世界もさっぱりと洗い流されてしまった。やっと悪天候が去って、久しぶりに日は差したけれど、もう太陽の光でも空気はあまり温まらなくなっていた。木々の葉っぱは、針葉樹をのぞいてほとんどが落ちてしまい、再びあのまるはだかの木々になっていた。虫の声は、もうすっかり聞こえない。
 ウグイスは、変わりゆく世界の中で、毎日小さなウグイスのことを思っていた。ウグイスは、行けるだけ毎日、あの空洞の木に通い、小さなウグイスが来るのを待っていた。けれども、小さなウグイスが再び姿を現すことはなかった。
 ある日、ウグイスが寒さに耐えながら空洞の木のふちにとまっていると、ひらひらと白くて冷たい、たんぽぽの綿毛のようなものが空から舞い降りてきた。ウグイスが空を見上げると、それは灰色の空からふわりふわりと現れて降ってきていた。きれいだなあ。ウグイスは、顔に落ちた雪の冷たさに、ぶるり、と一つ震え、思った。そして、それからウグイスはまた、小さなウグイスのことを思いはじめた。
「また会えると思っていたのに」ウグイスは、風で舞い降りたり、舞い上がったりする白い綿毛を見ながら思った。

https://note.com/hoco999/n/ndc4ad121927b

#創作大賞2023



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