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なりたい自分を見つける

「自分ってどんな人になりたいんだろう…」

就活とかで自己分析とかをしているときにこんなことをふと考えてしまう。(これに限らず考え事をする時間はここ1ヶ月位で何故か劇的に増えた気がするけど)

別にはっきりとこれというものがあったほうがいいとは思わない。でも困ったときに指針になれるものがないとあたふたしてしまうのではないかという漠然とした不安がつきまとってくる。

そもそもどんなことをやりたいのかということがすごく曖昧な自分。何をやるにしてもしっくりこないことも多く、段々と「自分はなんでこんなことをやっているんだろう」と感じることも少なくない。

もちろんやっていることが全く無意味なことばかりではない。何かを行ったことはなにかの機会に役立つことがあるだろうし、なにより物事を経験することは貴重な財産になると個人的には信じている。

そんなわけで人からお願い事などをされると簡単に引き受けてしまうクセがついてしまったのだが、何でもかんでも引き受けていると「これはなんのためにやっているんだろう」と考えてしまうことも少なくない。

そんなこともあり、少しは自分を楽にするため、そして指針となるものを持っておきたいと感じたときに考えたこと、それがどんな自分になりたいのかということであった。

自分なりに考えたこと

これを書いている段階ではっきりと「これ」というものは見つかっていない。だけど大事にしたいなというものはいくつかある。
それが「他の人を気遣い、寄り添うことができること」「自分自身が楽しめること」の2つである。

気遣いに関しては今に始まったことではなく前から大事にしたいと思っていることである。もちろんできているかどうかということは他の人がどう感じているかという部分が大きいから自分ではなんともいうことができないけど、できるだけ心がけているようにしている。

しかし最近は「あの時こうしておけばよかったな」という反省も多くなってきているので、自分の感じられる範囲で改善していきたい。

人を気遣うことってやりすぎてしまうとおせっかいになってしまうこともあるのが難しいところ。でも自分ができるなって思えることは誰に対しても行えるような優しさっていうことは自分の中ですごく大事にしていきたい価値観だと思っている。

もう一つが「自分が楽しめること」である。これまで他の人がよかったら自分はいいやと思うことが多かったけど、それだけじゃ辛いこともあるなと思うようになることがあったのがきっかけかな(マジで今更すぎる)。

他人優先になってしまうのはなかなか治らないことだし、そもそも治す必要はないと自分では思っているけど、これからは少し自分のことも考えて動くようにしていきたい。

考えれば考えるほどわからなくなりそう

こうしてみると「なりたい自分」は捉え方によって無数にあるんじゃないかと思えてくる。これからも時間をかけて自分と向き合いながら自分が大事にしたいものを探していきたいと思う。

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