天敵彼女 (85)
何となく誰かに見られている感じがした。普段から、訳の分からない注目を浴びる事はあったが、今日はいつもと違っていた。
俺や奏をスルーして、特定のポジションにばかり視線が集中していたのだ。そこは、高校生の平均よりすごく低く、どちらかと言えばグレードを二段階下げた学校の……下級生の平均に近かった。
「都陽、見られてるね」
「しょ……そう?」
「うん、良く似合ってるからね」
「そう……かなぁ?」
「そうだよ。今日の主役だね」
「やめてよ……エヘヘ」
奏の言葉で、何となく状況を察した俺は、余計な事を言わないよう全神経を集中した。こういう時に、うっかり口を滑らせると、長く尾を引くことになるからだ。
俺はそれから、沈黙は金、沈黙は金と自分に言い聞かせ、ひたすら前を向き歩き続けた。
幸い、ナチュラルに地雷を踏み抜く男が、今日は大人しかった。早坂家出事件を経て、奴にも多少の自覚は芽生えたらしい。
内心ホッとした俺は、少し歩くスピードを緩めた。周りでは、はしゃぐ奏と照れる早坂、生暖かく見守る佐伯が、何やら楽し気だったが、俺はなるべく気にしない事にした。
もう階段はない。後は一本道だ。教室に着くと、俺はスライドドアを開けた。後ろから奏が続き、少し遅れていきなり歓声があがった。
分かっていた事だが、クラスメイトが一斉に早坂の元に駆け寄り、新しい制服について盛り上がり始めた。
「早坂ちゃん、似合ってるよ」
「そうですか?」
「うん、似合ってるよ。これでみんなと一緒だね」
みんなに囲まれ、満更でもない様子の早坂を横目に見ながら、俺は自分の席に向かった。基本的に騒がしいのは得意じゃないからだ。
俺は、窓の外を眺め、周りが静かになるのを待った。
それから、ここ最近の事、これからの事に思いを巡らせていると、早坂の周りに出来ていた人だかりはいつの間にかなくなっていた。
この時点で、五分以上は経っていたと思う。もうとっくに予鈴は鳴っていたが、奏と早坂はまだゴールデンウィーク前半の話題で友人と盛り上がっていた。
俺からすれば、最近転校して来た二人が、こんなにクラスに溶け込んでいる事に驚きを禁じ得ない。
余り考えたくないが、俺は結構ぼっちなのかもしれない。少なくとも、俺には連休明けに連休の話題で盛り上がる友人はいない。奏が転校してこなければ、今でもたまに絡んで来る佐伯と話をするくらいだっただろう。
それに引き換え、転校一か月以内の二人には、もう仲の良い友人が出来ている。皆川と明瀬だ。
果たして、俺が同じように転校したとして、こんなに早く友達が出来るだろうか? 答えは、もちろんノーだ。
普段、余り考える事はないが、こうして目の前で見せつけられると、自分の対人スキルのなさを痛感させられる。
果たして、俺はこんな事でいいのだろうか? 何となく弱気になった俺は、思わず佐伯の姿を探した。
「あれぇ? どうしたのぉ?」
次の瞬間、背後からキモイ声がした。俺は、内心ホッとしながらも、背後のぼっち仲間をシカトした。
そんな感じで、その内担任が来て、いつものようにホームルームが始まるのを待っていると異変が起こった。
「八木崎はいるか?」
「は、はいっ!」
突然、血相を変えた担任が、教室に駆け込んできた。俺は、奏に目で合図した。奏は、何が起こったのか良く分からない様子で首を傾げていた。
それから奏は担任と一緒に教室を出ていった。しばらくすると担任だけが戻って来て、朝のホームルームを始めた。
この時点で、情報量が多過ぎて、頭がついて行かない感じだった。俺は、ホームルームが終わると、父さんにメールした。
まだ、教室がざわつく中、スマホの液晶が光った。
(詳しい事は後で説明する。今日は車で迎えに行くから、奏ちゃんと待っていなさい。くれぐれも学校の外に出ないように)
俺は、分かったとだけ返信し、スマホをポケットに入れた。
結局、奏が帰って来たのは、授業が始まる直前だった。
「大丈夫?」
「う、うん……」
「ひょっとして例の人関連?」
「そう……お母さんから学校に連絡あったみたい」
「そっか……また、後で話聞かせてね」
「分かった」
奏の表情は暗かった。
俺は、何とも言えない憤りを感じ、机の下で拳を握りしめた。
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