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天敵彼女 (21)

 緊張がやばかった。

 冷汗が止まらない。

 胸がどきどきして心臓が飛び出しそうだ。

 気を抜いたら吐きそうだったが、何とかこらえた。

 さっきロングホームルームが始まり、担任が俺を呼んだ。

 俺は、目の前がぐらぐらするのを感じながら、教壇に向かって歩き出した。

 周りの視線が痛い。俺は急に速足になった。

 とにかく早く話をして、早く帰りたかった。

 完全にテンパった俺に担任が声をかけた。

「叶野、ちょっと待て」

「はい?」

「お前、少し落ち着いた方がいいぞ」

「あっ、はい」

「お前、話聞いてなかっただろう?」

「えっ?」

 俺は、担任が何を言っているのかよく分からなかった。

 これからみんなの前で話をしなきゃいけない事で頭が一杯だったせいで、
周りの状況が全く把握できていなかった。

 どうやら俺は一人の世界にいたようだ。

 担任は、ため息をついてから言った。

「まあいい。さっき俺から大体の事情は説明しておいたから、お前の気持ち
を正直に話しなさい。いいな?」

「はい」

 俺は、ほんの少し冷静になり、大きく息を吸い込んだ。

 気が付けば、俺は片足を上げたまま固まっていた。

 どうやら教壇に上がるために、ありもしない段差を乗り越えようとしていたようだ。

 俺は、完全に頭の中がぐちゃぐちゃになっていたらしい。ひとりだけ中学
校時代の教室に戻ってしまっていたようだ。

 こんな状態ではまともな話など出来っこない。

 俺は、黒板を背にして、教壇に手を置いた。

 視線を上げると一人一人の顔が良く見えた。これなら、俺が話を聞いてなかった事に、担任が気付くはずだと思った。

「えー」

 俺は、声を絞り出した。

 それから、一言一言言葉をつないだ。

 喉がカラカラになり、今にも声がかすれそうだったが、必死で話し続けた。

 俺は、自分の気持ちを素直に吐き出すことだけに集中した。

「今回は、俺が言った事が原因で、学校や皆さんに迷惑をかけることになってしまい、すみませんでした。俺は、今まで話してきませんでしたが、両親が離婚しています。その時の事が原因で、未だに女性に対してトラウマがあります。俺は、無表情な方なので、気付かない人が多いかもしれませんが、女性に話しかけられると未だにフラッシュバックにおそわれることあります。だから、俺に好意を持ってくれても、俺には応えることが出来ません。出来れば、俺が自分の問題を克服できるまで、そっとしておいて欲しいです。あと、家族同然に育ってきた女の子が今度転校してきます。俺は、その子についていてあげないといけません。その子は、今大変なトラブルに巻き込まれてます。詳しい事情については、俺の口からは差し控えますが、俺の事も、その子の事も、静かに見守って欲しいと思います。色々言ってすみませんが、よろしくお願いします」

 俺は、深々と頭を下げた。

 担任が後ろから近づいてきて、俺の肩に手を置いた。

「良く言った。もういいぞ、席に戻りなさい」

「はい」

 俺は、まだ頭がくらくらしていたが、自分の席に戻っていった。

 ここで転んだら恥ずかし過ぎると思った。

 俺は、まだ膝が震える中、何とか自分の席に辿り着いた。

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