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24箱で引っ越した話

【引っ越しの荷造りと旧居からの出発を振り返っているだけの雑文】

 先週、引っ越した。

 引っ越しといえば、ただでさえ大仕事である。
 しかも私の場合は、実家を出て以来11年以上住んだアパートを引き払い、分譲マンションに引っ越すという、いわば人生の一大イベントであった。

 学生時代、定期試験の対策は2週間前から始めるタイプであった。
 そんな私の荷造りは、1か月前から始まった。
 一人暮らしなのに早すぎないかと呆れられたが、なんということもない。その時期には大好きなバンドのライブがいくつか入っており、遠征の予定もあった。前倒しで始めなければ恐らく間に合わなかっただろう。そんな時期に予定を詰めるなという突っ込みはごもっともであるが、引っ越しのほうが急に決まったのだから仕方ない。

 手始めに、本とCDを梱包した。
 クローゼットの奥にあったバッグ類を詰めた。
 季節外れの靴をまとめた。

 荷造りの鉄則は「普段使わないもの、奥に仕舞っているものから梱包する」だそうである。
 が、作業を進めるうちに気がついた。使わないものから梱包するということは、普段奥に仕舞っているものが、ダンボールに入って手前に出てくるということに他ならない。

 私の小さな1Kは、あっという間にダンボール倉庫と化した。

 梱包と同時に考えないといけないことがある。
 廃棄である。

 どう考えても新居では使わない家財が2つあった。この機会に手放そうと思った家具が1つあった。買い替えが確定している家具が1つあった。そのほかにも、いろいろ。
 前倒しで荷造りをしていたことがここで功を奏した。1か月あれば、不燃ごみも粗大ごみも資源ごみも出せる。不要品回収業者にも協力してもらうことにした。

 家財が減った場所に、着々とダンボールを積み上げていく。本。バッグ。キッチン家電。どこを向いてもパンダと眼が合う。お世話になります、サカイさん。

 準備は順調に進み、引っ越しまで1週間を切る頃には、あらかたの荷造りが完了していた。

 が、ここからが地味に辛かった。
 要するに「普段からよく使うもの」が残ったということであり、更に言えば「直前にならないと箱詰めできない」ということである。引っ越し当日まで数日の猶予があったとしても、例えばそこでシャンプーを詰めてしまうわけにはいかない。

 じりじりと追いつめていくような気持ちで、食器類を少しずつ詰めていく。
 キッチンは想像以上に難所であった。こまごましたものが多いし、割れたり漏れたりしないよう梱包に気を遣う。おまけに毎日使うものが多いから一気には進められない。

 前日。
 仕事を定時で上がり、早めに就寝した。夜遅くまで作業するよりも、朝早くから始めたほうが効率的だと思ったのだ。浴室小物は一晩置かないと乾かないし、夜のうちにカーテンを外すわけにもいかない。
 旧居最後の夜だったが思ったほどの感慨は無く、いつも通りに眠った。

 そして迎えた、引っ越し当日。

 私は5時に起床した。トラックが来るのは朝8時台の予定であった。
 水回りを片付けた。カーテンを外した。ダンボールにガムテープを貼った。ごみをまとめ、手持ちの荷物をまとめた。

 私の生活は、24箱のダンボールに収まった。

 引っ越しトラックを待つ間、掃除に勤しんだ。手の届く範囲で家具の埃を拭き、窓の桟を拭き、キッチンのサビを落とした。思いのほかいろんな場所に埃が溜まっていて落ち込んだが、出発前に気づけたので良しとする。

 やがて業者のお兄さんが2人やってきて、手際よく家財を運び出していった。ダンボール。机。キャビネット。冷蔵庫。ベッド。

「11年も住んでたんですか? 埃が少ないんで半年くらいかと思いましたよ」
 どうやら早朝の掃除は報われたようである。

 カーテンの無い窓から空を見上げたとき、ほんの少しだけ、鼻の奥がつんとした。

 お兄さんたちは、一足先にトラックで出発した。
 私は簡単に掃除をし、手持ちの荷物をまとめた。
 ぐるり、と部屋を見渡す。といっても狭い家である。座っているだけでどこへでも手が届く、こぢんまりとした私の城。そうはいってもノロウイルスに罹ったときには、横切るだけで30分も掛かったっけ。
 家具がなくなった部屋は、随分広く見えた。

 ――お世話になりました。

 24箱のダンボールと一緒に、私はこの街を出ていく。

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