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『柄谷行人氏、國分功一朗氏対談』について

柄谷:ハイデッガー は パルメニデス ら に 反 ソクラテス= プラトン 的 な 思考 を 見よ う と し た わけ です が、 プラトン は ソクラテス の 後継者 では なく、ピタゴラス の 後継者 です。 ソクラテス は むしろ イオニア 的 な もの を 回復 しよ う と し た人 です。 だから、 この よう な 思想家 たち の 関係 を 見る ため には、 ピタゴラス に 遡ら ない といけ ない。 ピタゴラス を 無視 し ては、 何 も 分から ない。 ピタゴラス という 存在 の 謎 が 解けた時、僕にはそのあたりの思想家の関係が一瞬のうちにわかったのです。

國分 : 僕 も『 哲学 の 起源』 を 読ん で い て、 一番 印象的 だっ た のが ピタゴラス の 話 でし た。

國分 : ピタゴラス は また、 イオニア の 知的 伝統 を 媒介 に し ながら も イオニア 自然哲学 と まったく異なる 観念論 哲学 を 作り上げ まし た。 自然 の 根源 を 探求 し た という 意味 では イオニア 的だっ た けれども、 それ を 数学 的 な 関係 に 求める こと で、 イオニア 自然哲学 に あっ た 自然 の観念 を 限り なく 遠ざけ て しまっ て いる。 ピタゴラス は この 意味 で、 政治 において も 哲学 においても、 イオニア に対して 捻れ た 関係 に ある。 柄 谷 さん は この こと について、「 イソノミアを 追求 する こと が、 ある 意味 で 最も イソノミア に 反する 政治 形態、 あるいは、 最も 自然哲学自然哲学 に 反する よう な 哲学 に 帰結 し た」(『 哲学の起源』123頁) と 書か れ て い ます。 これ は 非常 に 説得 力 があっ て、 実際 僕 は この 本 を 読ん で しまっ た ため も はやそ う としか 考え られ なく なっ て しまっしまっ た の です が( 笑)、 ピタゴラス について の 柄 谷 さん の この 説 は やはり 独創的 な もの では ないでしょうか?
【呟き:ピタゴラスと言えば、中学の教科書で「ピタゴラスの定理」として有名な人だったので、まさかプラトンがピタゴラスの後継者であるとは、思いもよらないことだった。そのうえ、プラトンの著作は、ほぼソクラテスに関することなので、プラトンはソクラテス後継者であることが、定説となっているのだが、それでさえ、 『 哲学の起源』では、覆しているのことも驚きだった。】

柄谷:初期 ギリシア 哲学 という のは、 資料が ろくに ない から、 推定 する ほか あり ませ ん。 その 意味 では、 僕 の よう に 専門的 な 知識 を 持た ない 者 には 有利 なの です が( 笑)。 ピタゴラス の 位置 が 決まっ たら、 パルメニデス や ヘラクレイトスだけではなく、プラトンの位置も決まります。

國分 : この 本 の 冒頭 で バビロン 捕 囚 について 言及 さ れ て いる ところも非常に興味深かった。バビロン捕囚で連れて行かれたユダヤ人はバビロニアの圧倒的な文化や宗教に囲まれ、自分たちの宗教を再考させられた。そこから厳しい戒律を基礎に据えた後のユダヤ教が出てくる。しかし、ユダヤ教の真の「起源」としてのバビロン捕囚は、哲学の真の「起源」としてのイオニアと同じように忘れ去られてしまっている。

柄 谷 : バビロン 捕 囚 という のは、ユダヤ教の歴史の中で長い試練のひとコマとして扱われているけれど、実は、そこにおいてこそ真のユダヤ教が始まったという言うべき出来事なんですね。それまでの宗教では、どんな超越的な神でも、国家が滅んだら、神が敗れたことになり、人間に棄てられてしまった。ところが、この時、未曾有のことが起こった。神が棄てられずに、逆に人間の責任が問われた。この時、神と人間の関係が反転されたと言ってもいい。つまり呪術的思考に存する人間中心主義が否定されたわけです。しかし、まさにここからユダヤ教が出てきたにもかかわらず、その後司祭らは、それをモーセの昔に投射し、それ以来ユダヤ人の試練の一エピソードとして、バビロン捕囚を見るようになった。もちろん、バビロンのことを隠したりはしない。極めて重視するのです。にもかかわらず、それによって、バビロンで起こったことを隠してしまう。
【呟き:日本は第二次世界大戦で、国が滅んだが、戦前には神に存在であった天皇は棄てられずに、軍部どころか国民の責任が問われたという構造は、バビロンの捕囚後のユダヤ教に類似している。しかしながら、日本の場合は、国民の意志からというよりは、占領国であったアメリカの思惑によるものだった。その結果、これもまた、アメリカの思惑により、A級戦犯であった岸元首相のような人物を解放し、彼らが戦後日本を支配するようになり、現在に至っている。安倍元首相は、今回の「Russia-Ukuraine」の侵略騒動に乗じて、核の共有化などと過激なことを発言し、相変わらずの様子です。】

柄 谷 :どんな 本 にもアテネ以前に「イオニアには高度な経済発展、技術的発展、政治的発展・・・・・」と書いてある。しかし、それだけです。それで、いつのまにかイオニアがピツリと消えて、「アテネに民主主義が成立した」という話になってします。こちらとしては「イオニアはどうなっ た ん だ よ!?」 と 言い たく なり ます よね( 笑)。つまり、少しも隠されているわけではないのに、むしろそのために一番隠されているのがイオニアとバビロンなんです。いつも論じているくせに、実質的には何も論じていない。
國分 :まるで ポー の推理小説「盗まれた手紙」みたいですね。隠されずにそこに置いてあったがゆえに、誰も見つけられなかった。
【呟き:哲学の起源といえば、ギリシャ哲学と論じられているが、イオニア、イソノミヤの「イ」の言葉は、見られない。イオニアは確かに、ギリシャ文化圏ではあったが、ギリシャの植民地であり、エーゲ海に面したアナトリア半島(現トルコ)に位置していた。】

國分:もう ひとつ、 僕 が『 哲学 の 起源』を読みながらずっと考えていたのは「移動」の問題です。柄谷さんは、イソノミヤの根幹には「移動の自由」というものがあるとおっしゃり、そこで定住革命という考え方に言及されています。これまでは農業などの食料生産技術の発展によって定住が可能になったと考えれていたけれども、食料生産ができなくても定住は可能である。むしろ人類は約1万年前、気候変動という外的要因によって定住することを強制され、仕方なく何百万年の慣れ親しんできた遊動生活を捨てて定住生活を始め、その中で食料生産技術を獲得していったのではないかという考えです。実は、僕も『暇と退屈の倫理学』という本で同じくこの定住革命に言及しました。僕もこの考えをとっています。
【呟き:定住生活では、蓄財が始まり、ここから、経済格差が発生するわけで様々な拘束もある。人間の本性から考えると、拘束のない自由な遊動生活を求めるのは当然と思うが、氷河期のような気候変動による外部要因により、やむなく、定住生活を選択したといえるだろう。散歩、旅行などのプチ遊動をすることで、定住生活に潤いを与えるしかないのが、現代生活といえる。】







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