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2021セントラルリーグ所感

歓声という静寂が僕の意識を深く眠らせようとする。
まるでピンク・フロイドの古いレコードのタイトルのように、それはプログレッシブな表現に違いない。矛盾する語句を並ベて言葉遊びを楽しんでいるように見えるかもしれないが、そう単純なものではない。表裏一体という言葉があるように絶望の隣には希望があり、善と悪はコインの裏表なのだ。

浴びるように飲んだ大量のアルコールは目の前の現実を亡き者にしようとしている。アルコールは悪魔の汗のように五臓六腑に染み渡る。

それでも構わない。不都合な真実に目を背くためにこれは必要な儀式なのだ。
周りがどれだけやかましかろうと意識が飛べば何も聞こえない。狂気にも似た歓声はアルコールによって麻痺した五感の元で心地よい静寂と化していた。

「どうしてこんなに弱いの」

僕は意識を取り戻した。朦朧とした意識の中でも聞き捨てならない言葉はレーザービームのように耳に飛び込んでくる。三列ほど前の席だろうか、赤いユニフォームに身をまとった若い女が楽しそうに声をあげていた。

きゃあきゃあと本当に楽しそうに盛り上がっている。まるで双子の赤ん坊が天使の羽と持って生まれてきたかのように。球場を見渡せばけばけばしいほどの赤いユニフォームがホームの黄緑を凌駕していた。ホーム球場でありながらビジターの観客の方が多くなるのはこの球場の特徴だ。

「やれやれ」

僕はぬるくなったビールを喉に流し込んだ。
あれは2017年だったと思う。人々は近い将来に感染症が流行するなど、空からイワシが降ってくるぐらい信じなかった頃だ。幸せな時代だった。

当時は広島東洋カープ全盛期であり、翌年2018年にはセントラル・リーグ三連覇を決めた。東京ヤクルトスワローズはというと球団ワーストの96敗を記録した。かつての学友が政治思想で対立するかのようにカープとは真逆の道を歩んでいた。

数年前から突如出現したカープ女子からすれば三連覇したカープの時代は楽しく仕方なかったろうし、もしかしたら昔から強いチームだったなんて勘違いしていたのしれない。とんでもないスワローズとカープとベイスターズは万年Bクラスのチームだったのだから。

 ◆

僕は東京ヤクルトスワローズが野村克也監督時代から好きだったし、周りが読売ジャイアンツのファンばかりでも、スワローズを応援し続けた。
2004年に上京してからは神宮球場に足繁く通った。その頃のカープは万年Bクラスの常連だったし、横浜ベイスターズが最下位の常連でセリーグのお荷物なんて言われていた。

つまりスワローズとカープとベイスターズは仲良く万年Bクラスだったのだ。たまにスワローズがAクラスに行くこともあったがほとんどBクラスだ。下位チームは2部リーグと入れ替えするなんて制度がなくて本当に良かったと思っている。

万年Bクラスと言いながら2015年にはなぜかスワローズは優勝した。その翌年に5位に後退し、2017年には球団ワースト記録の96敗するなど、栄光は地に落ちた。
2015年優勝監督に真中満も責任をとって辞めてしまうし、次に監督を引き受けてくれる人がいないから小川淳也が監督としてまさかのカムバックをすることになる。3年前に優勝したチームは2年後にチームの立て直しが必要になるなんて誰が思うだろう。

小川淳也が監督としてリリーフピッチャーとしての役割を果たすと、2020年、次に監督をバトンを受け取ったのは黄金時代を伝説のクローザー高津臣吾だ。
高津監督は2015年の優勝した年には投手コーチをしており、その年の防御率はかなり低かった。投手陣の立て直しを高津監督には期待されていたと思う。しかし初年度の防御率は散々で、しまいには「お前が投げろ」とヤジが飛ぶ始末だった。

当然スワローズは2020年も最下位になるわけだが、その年は世界に新型肺炎が流行し、プロ野球どころではなかった。無観客試合が多かったとはいえ、開催されただけ感謝すべきだろう。

2021年もヤクルトファンの気持ちは変わらない。最下位になる覚悟はできている。

オフシーズンは戦力補強として、ヤクルト球団はかなりの金額を使ったようだが、実際は現有戦力の維持がほとんどであり、新しい顔ぶれはあまりない。
強いていうのであれば、元福岡ソフトバンクホークスから内川聖一を獲得したぐらいだ。39歳の選手で代打が関の山だろうと思われたが、僕はなんだかんだ悪い意味で開幕五番ぐらいにいるだろうと思っていた。予想は当たった、今年も期待できないだろう。早々に諦めていた。

それがどうだろう、なんとか三位を維持し後半戦を迎えた。
その頃には内川は二軍生活になっていたが、開幕戦とは比べものにならない強力打線のチームになっていた。それまでなら今までと同じだが、投手陣の防御率が大きく改善されていたのだ。高津監督の手腕なのか、感染症対策で延長戦がないせいなのかは分からない。スワローズは2021年に投打が噛み合ったのだ。

セリーグの優勝は阪神巨人ヤクルトの3チームに絞られた。いち早く巨人が脱落し、ヤクルトは阪神とデッドヒートを続けた。
ヤクルトも阪神も負けなかった。ほぼ互角だった。

最後は2015年の優勝争いを制したチームとしての経験値がいきたとと思う。
今日で2021年ペナントレースの143試合が終わった。優勝はスワローズだった。
圧倒的な勝利ではなく、諦めずに一つ一つの試合を拾っていく泥臭い試合を見せてもらった。

ありがとう、スワローズ。
CSも日本シリーズも期待している。
叶うことならオリックス・バファローズとの日本シリーズが観たい。
まだもう少し夢を見させてほしい。


<了>

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