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今は得点力に差。だが、牙を研ぐ虎たち:11月23日 ラグビー早慶戦<4>

 慶応のディフェンスを崩す早稲田の切り札はダブルライン攻撃だった。

 具体的にそれをどう使ったのか、後半26分の早稲田の3つ目のトライを見てみよう。

 これは18フェイズ連続して取ったトライで、帝京戦、筑波戦を合わせた3試合のうちで最も多くのフェイズを費やしたトライだ。

18フェイズ全部見てみる

 18フェイズ全部見てみる。最初の数字がフェイズ数、文中の数字は背番号だ。

0:ラインアウトでボールを投入、モール
1:右に持ち出して5、12、13によるラック
2:右に持ち出してゲイン、1、6、7によるラック
3:左に持ち出して2、3、8によるラック
4:右に持ち出してゲイン、1、4、6によるラック
5:右に持ち出して2、7、12によるラック
6:右に持ち出して3、5、8によるラック
7:右に持ち出して1、4、6によるラック
8:左に持ち出して5、7、8によるラック(第7フェイズと第8フェイズの間に右サイドにいたバックスが左サイドに移動)
9:左方向のダブルラインでゲイン、13を中心にラック
10:右に持ち出して2、3、5によるラック
11:右方向のダブルラインでゲイン、フロントドアの7をおとりにしてバックドアの10に。10から1にパスし、1、4、15+αによるラック
12:左に持ち出して2、3、5によるラック(再びバックスが左サイドに移動)
13:左に持ち出してバックス展開。ゲインできず12を中心にラック
14:右に持ち出して5、7、8によるラック
15:右に持ち出して2、3、4によるラック
16:左に持ち出して5、6、7によるラック
17:右に持ち出して2、3、4によるラック
18:右方向にダブルライン、フロントドアの1をおとりにしてバックドアの10に。10から15にパスし、15がタックルをかわしてトライ

 こうしてみると、18フェイズの間にダブルラインを3回仕掛けてすべてゲインに成功している。特に最後の河瀬のトライに直接つながっている。河瀬の走力を生かすスペースを作り出し、3対3の勝負で抜け切れたのは、ダブルラインを上手く使えたからだ。

「ゲイン」ではなく「継続」のためのラック

 また、上のパターンを見ると、右にラックを刻んで左に展開というパターンが2つある。おそらくこれが攻撃の約束事なのだろう。第4フェイズから第9フェイズに至る流れを図にしてみた。


 右側に細かくラックを刻んでいって、ディフェンダーをそのエリアに集め(グルーピング)、素早くバックスを左サイドに展開させて数的優位を作る、という約束事があったのだろう。赤丸はプレイヤーではなくラックのイメージ。

 慶応側から見ると、この早稲田の移動攻撃に対してはディフェンスを素早く再配置して対応できたが、そこから逆に右サイドに振られた時に、人数は同数だったがスペースを埋め切れず、河瀬に走り切られたということになる。

 なお、ここで繰り返し形成されたラックの特徴は、ボールを継続することが目的で、そこでゲインすることは目的ではないことである。
そのため、ノット・リリース・ザ・ボールのリスクを冒して無理に前進しようとせず、サポートプレイヤーが届く範囲で安全にダウンボールしている。

 以下の写真はそのときの一連の攻撃だ。ひたすら早稲田はクラッシュしてラックを作り、慶応はひたすらタックルで止める。

慶応の場合:「ゲイン」第1の突進

 一方、慶応の攻撃を見てみよう。最終的にオーバー・ザ・トップでボールをロストしてしまった48分の攻撃。
0:ラインアウトからボールを投入、モールを形成
1:モールから6番がボールを受けてラン、ゲイン
2:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック
3:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック
4:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック
5:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック 
6:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック
7:右に持ち出してモールを形成
8:モールが止まったため右に持ち出してわずかにゲイン、ラック
9:右に持ち出すがゲインできず、ラック
10:右に持ち出してわずかにゲイン、ラック。オーバー・ザ・トップの反則でボールロスト

 あるいはトライを取った56分の攻撃
0:ラインアウトからボールを投入、ボールを確保しゲイン、ラック
1:左に持ち出し、ラック
2:右に持ち出し、モール、そのまま押し込んでトライ

 トライの方はフェイズが少ないので評価はしにくいが、いずれも、ボールを展開することなく、ひたすらフォワードで縦を突き、わずかずつゲインし、可能な場合にはモールを作っている。

以下の3枚は一連のプレーで、慶応はラックから持ちだしたボールでモールを作っている。

 この点が早稲田のラックの作り方との違いといえる。早稲田のラックは、継続が目的として形成しているから、ボールキャリアは無理ない態勢でダウンボールし、ボールを失わないようにしている。

 その分ゲインできず押し戻されることも多いが、ディフェンダーを目の前に集め、バックスの走るスペースを作り出すことを重視している攻め方だ。

 一方慶応は、ゲインを目指し、結果として捕まったから形成されたラックになっている。そのため、やや無理のあるダウンボールになり、ノット・リリース・ザ・ボールやオーバー・ザ・トップの反則を犯すリスクがある。

 ただし、同時に、機会があればモールを作っている。モールはラックと違って前進できる。ラックだと、ディフェンス側が入ってこないこともあるが、モールに対して入ってこなかったら前進できる。そういった意図を持って密集サイドを突進する作戦だったとも考えられる。

以下の2枚も一連のプレーだが、ラックからモールを形成したものだ。

「シールドロック」の時代

 こうやってビデオを見ながら分析していて思い出したのが、1990年代末から21世紀初頭にかけてのラグビーだった。その頃は、ラックが形成されるとその両サイドに素早くディフェンダーが立つ防御法が確立した時代で、その状態は「シールドロック」と呼ばれた。

 シールド、つまり「盾」のように「鍵」をかける防御という意味で、シールドロック状態になると防御を破るのは基本的には不可能だった。

 ワールドカップでもトライが取れなくなったのはこの時代だ。これに対してはまずドロップゴールでの対抗がなされ、その後ダブルラインとシェイプやポッドを組み合わせた攻撃法が形成され、現在に至ることになる。

慶応の可能性

 この日の慶応の攻め方は、当時の「シールドロック」を正面から打ち破ろうとした戦い方に似ている。そしてそれはだいたい上手くいかない、というのが歴史の物語っているところだ。

 ただ、慶応のコーチ陣がそれを理解していないとは思わない。この隙のない美しい立ち位置を見る限り、今年のチームが成算の低い時代遅れのラグビーを志向しているはずがない。

 おそらく、防御戦術の確立とキック戦術の熟成を今年は優先させたのだろう。最後の10mをどう崩すのか、その真の回答は、おそらく来年示されることになるのだろう。そのときタイガー軍団は、強力な盾と鋭い牙とを手にすることになる。

(終わり)

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