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読んだ本

 これは私の個人的備忘録なのですが、この形が書きやすかったので紹介風にしました。

Humankind 希望の歴史

 何となくとっつきづらい副題なのですが、聞こえのいい言葉で希望を振りまく本ではないです。

本書では、ある過激な考えを述べよう。
それは事実上すべての科学分野で承認され、進化によって裏づけられ、日々の生活で確認されている。もっとも、それは人間の本質に関わることなので、気づかれないまま見過ごされてきた。
それは、「ほとんどの人は本質的にかなり善良だ」 というものだ。

Humankind 希望の歴史

 世界がヤバいのは前提が間違っているからではないか? という着眼点から、地道な調査に基づき、人間の本性についてより現実的な見方を提供し、冷笑主義的な意味合いを含んでしまっている現実主義という言葉の定義を改める試みの本。

 未だに広く信じ込まれているミルグラム実験、スタンフォード監獄実験、傍観者効果という有名な研究に再現性がない、捏造の記録すらあることを周知しようとするくだりが特に重要に思えました。

 人間心理を描いた名作と評される「蠅の王」(少年たちが島で遭難して人間関係がおしまいになる話)を、作者の性格が暗かっただけとバッサリ切り捨てだけでなく、反論のために現実で実際に起こった少年たちの遭難事件を世界中調べまわって探した行動力もすごい。気合が入っています。絶対に善を証明してやるという気迫
 その粘り強い努力は実を結び、離島で長期間遭難した子どもの集団はなんと現実に存在しました。実際に起こった、子供たちの理性的なサバイバルの様子が本書に記されています。現実は蠅の王とは違ったのです。

 他にも、災害時の街で人々がどんな行動を取ったのかなど、地に足のついた調査活動による事実の陳列が続きます。ハリウッド映画では大概パニックになる群衆が描かれますが、実際の人間の行動はそうはならないのです。

 上下巻も読むの大変だという方は、下巻だけ買って訳者あとがきを読めば要約が書いてあるのでオススメです。

 人間全部の話であるため、それぞれの心に生まれる制御不能な個別の困難な私情(恋愛感情や復讐心など)にアプローチする本ではないことは記しておきます。(集団遭難事件ではアナタハン事件などもありますが、特に触れられることはありません)。また、大半の人と異なった人についてもあまり着目されていません。
 あとは、人を信じたことで騙されて財布を取られるくらいならまだマシですが、命を取られたら終わりではないか?という疑問点も残ります。

 しかしそれでもなお、客観的事実に基づいて人の善を信じられるようになる本として傑作です。

二〇〇年間、哲学者と心理学者は、純粋な利他主義は存在するのか、という問題に頭を悩ませてきた。しかし率直に言って、その議論自体、わたしから見れば意味がない。誰かに親切にするたびに気分が悪くなる世界に暮らしていることを想像してみるといい。そんな世界はまるで地獄だ。

Humankind 希望の歴史

もしニーチェがイッカクだったなら?

 鞭で打たれていた馬を抱きしめて発狂してしまったニーチェの人生をとっかかりに、人間が知的であることは疑いようがないが、それが生物的優位性と言えるのかを問う本。

 本書は、動物の生態と人間の社会を同時に論じることで、真剣なトーンながら面白さを提供します。
 例えば、明治時代の日本の歩兵隊が責任を取って切腹するのを見せられたフランス人の水兵が大パニックに陥った事件が紹介されます。道徳的に正しいふるまいが、文化的背景に規定されていることの例示です。
 この責任の取り方が、ベニガオザルの生態と同じならどうなるでしょう?

軍服を着たデュ・プティ=トゥアールがひざまずいている橋詰に歩み寄り、彼の前で四つん這いになって、臀部を高く差し出す。橋詰はデュ・プティ=トゥアールの尻をわしづかみにし、数分間その姿勢を保つ。見守る群衆はみな納得してうなずく。誰も死ぬ必要などない。そこには名誉の概念や、政治的な動機に基づく報復もない。あるのは和解と、侍がフランス人のお尻にハグする心温まる光景だけだ。

もしニーチェがイッカクだったなら?

 ハラキリと尻のわしづかみ、はたしてどちらがマシな解決法なのか……著者の言いたいことは伝わってきます。

 他にも、フエコチドリの擬傷行動やトガリコウイカの戦術的欺きと、インターネット・リサーチ・エージェンシーの虚偽の拡散活動を並べて、嘘に関する能力の良し悪しを論じたり、同性愛の個体が生まれる確率は人間とヒツジでほぼ同じなのに、人間だけが無意味で排他的な同性愛嫌悪を発現させることを指摘するなど、そのような話が書かれています。

 人間の共感能力、想像力を客観視しているところは上記のHumankindと似ていますが、かなり動物寄りの感性で書かれています。むしろ人間はその能力によって他生物・異民族など、自集団と異なる存在へのジェノサイドを正当化し、道徳的に劣化している存在ではないかと疑問を投げかけます。

 作者は自分の恵まれた環境を自覚していて、私から見ればかなり幸福であるにも関わらず悲観的です(そのこと自体は特に矛盾してはいません)。ただし、その悲観を広めたいわけではなく、人間という動物のことを考え、破滅を回避する道筋を示したいという動機での執筆であると考えられます。原動力がニーチェの思想が歪められて政治的思想に利用されたことに対しての怒りであることを考えれば納得です。

(ちょっと他動物の暴力性を低く見積もりすぎているということは訳者あとがきで指摘されています。また、苦痛と快感に特化して幸福論を構築しているため、不幸をあえて受け入れるというタイプの人には向きません)


 ちなみに、結局のところもしニーチェがイッカクだったらどうなんだ!?というタイトルに関するネタバレですが、虚無主義がもたらす恐怖とは無縁だっただろう、というところがオチになります。
 人間だけが死の叡智を持つのです。

多くの動物は自分が死ぬ可能性を認識している。死とは何かも知っている。彼らは決して無知ではなく、ニーチェが言うように「過去と未来の垣根の間にある至福の無知のなかで遊んでいる」わけではない。しかし、こうした知識をもちながら、動物は僕たちほど苦悩を抱えていない。それは単純に、自分自身の死を想像できないためだ。

もしニーチェがイッカクだったなら?

親切人間論

 空論をこねても仕方ありませんか? もっと実社会で役立つ話をしたい気分ですか? この構文ってなんだっけ?

 自己啓発本なんて読んでも世界は変えられないと、広い視野や長期的な視点を持つ人達は言います。本当に正しいことで、私は心から応援しています。でもまあ、世界より大切な私情ってありますよね、と言いたくなるのが人間でございまして……

 この本は上で紹介した二つの本よりは特に日本の社会において実践的です。ファッション誌でコラムを書かれたり、InstagramでQ&Aを発信されている水野しずさんの本です。

 とはいっても自己啓発本ではありません。人間を論じた本であり、分類としては哲学書です。読めば持っていると便利なものを得られます。それは何かと申しますと、視点です。

 第一章の「気さく」の一番最初の段落「本を全部読まなくてもOK」は無料で公開されています。

本を読む前に本は全部読まなくてOKということがわかり、とてもラッキーですね。文字通り親切です。
 この本にはこのような視点のほか、とてもラッキーなことがいろいろ書かれていて、

・<圧>に<圧>で対抗するより、見守った方がラッキー
・「かたづけ」というものが根本的にわからない人に向けたゼロからの解説
・目の前で泥棒をする人を見て気がついたこと

 考えの探求に、かなりリズム感のある文体で取り組んでおられます。まったくふざけていなくて全文がマジ、正直で誠実、私はこういう本を書く人にこそ本当の意味での優しさがあると思いますし、この本が出版されるなら出版業界ってけっこういいなって思います。

問題は、一人の人間が本当は人間である以上、有限であって、変化し続ける需要に対してどこまでも自分を変形させて対応し続けられるとは限らないということだ。労働市場から病気や死の概念がスポイルされているのと同じように、効率的に需要に応え続ける動産物からは人格がオミットされている。特に現代は需要の受け皿が刻一刻と変化し続けるのでかなりの頻度で人格を変形させ続けなければならない。変形した人格を「正しいね」と称賛する行為は、実際かなり残酷な行いであるように見える。私からすると。

親切人間論 実力=<自分のせい>でやる力

 あとこの本は頭一つ飛び抜けてデザインがすばらしいです。文字組みの凝り方、他に見たことがありません。紙で目にしたくて物理書籍を買いました。が、電書でも再現されているみたいです。

名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―


 もう少し私情の話を続けさせてください。

 私情、その中でも制御不能な個別の困難な、限界突破超絶感情についてはやっぱり小説を読むのが一番です。実社会の人間もストーリーの登場人物も生きている人間には代わりありませんが、登場人物の方は関わることで物理的被害を被る可能性がほとんどないために幾分安全です。精神的な損傷に関しては諦めてください。
 このNoteは本の話をしているので小説ということにしましたが、ゲームや漫画やアニメでも意味合いは同じです。

※ある程度のネタバレを含みます。探偵小説の内容を何もかもひとつも知りたくない方は読み飛ばしてください。

 この小説はいきなりアメリカ発祥の新興宗教村で918人の信者と教祖全員が惨たらしく亡くなるシーンからはじまります。あんまりです。全員です。

  探偵小説なので当然推理パートがあります。しかし解き明かす事件は冒頭のクライマックスの死とは異なる事件です。
 宗教コミュニティで起きた殺人事件。その中で関係者たちの個別の内面が描かれます。どうして信仰が保たれているのか。信者は何を考えているのか。そして、教祖はどんな人間なのか。

「私がこれから口にすることは、皆さんの信仰を否定するものではありません。皆さんには信じたいものを信じる自由があります。ですが」

名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―

 部外者である探偵は同じ事件に対して、複数の推理を提示します。もちろん殺人は実際に起っていること、犯行手段という事実は一つなんですが、探偵はこの事件において、人々の世界観を尊重して推理を合わせるという芸当をしてみせます。すなわち「信仰を尊重する解決」「宗教者の認知の解決」「部外者の認知の解決」 の3つが展開されます。

「この仕事は人の人生をめちゃくちゃにする危険を 孕んでる。間違った推理で冤罪を生んでしまうかもしれない、というのはもちろんのこと。正しい推理であっても、状況次第では人に不当な危害を加えてしまう可能性がある。りり子にとって、このジョーデンタウンがまさにそんな場所だった」

名探偵のいけにえ―人民教会殺人事件―

 村の人々、そして最終的な真犯人に共通するのは解釈の合理化です。解釈の合理化によって引っ込みがつかなくなった人々、現実を乗り越えてしまった人々、そして、圧倒的な合理化の為に犠牲を捧げることを厭わない人。
 最後の犯人の動機は……たぶん共感することは社会的に善くないとされているのでしょうが、気持ちはわかるがこんなことするな!と思いはするのですが、その動機自体には私は、

 話題を変えましょう!
 私は登場する探偵のうち、最後に探偵事務所を開いた人物のことが一番好きです。

マーダーボット・ダイアリー

 さて、ここまで読んでくれた方の中には、こう考えた方もいるのではないでしょうか。「もう人間の話は飽き飽きだよ!!!!」

 そうであれば残念ながらあなたは私と、そして弊機に似ています。おめでとうございます。本当に人間ってわけがわかりませんね。だいたい何なんですか? 人間がベニガオザルだったらおしりを掴むだけで謝罪が済むって。そんな仮定の話をしてどうなるんですか。人間はベニガオザルではありません。

 実社会に疲れた時は、引きこもってお気に入りの連続SFドラマシリーズに耽溺したいものですね。そうでしょう?

 有機体の頭部パーツが目立つキャッチーな表紙です。アーマーを脱ぎたくない弊機としては複雑な心境ですが。


 茶番はさておき、ダイアリーというタイトルにあるとおり、こちらは殺人ボットの日記です。ゲームでオブジェクトを調べたときに、研究員の日記等のテキストが表示されて世界観を補完することがあるかと思いますが、あれが連続した文章で一冊まるまる続く感じです。そのため抜群に読みやすいです。

 自身を構成するシステムをハックすることに成功したちょっとした大量殺人の過去がある警備ユニット。しかし望みはシンプル、膨大な量の映像作品を鑑賞しながら心中平穏に過ごすことです。

「本当に大丈夫? レポートによると体重の二十パーセントを失ったとあるわよ」
「再生します」
人間の目には死にかけているように映るでしょう。人間なら腕や脚を一、二本失い、血液の大半が流失した状態に相当します。

マーダーボット・ダイアリー

かっけ~ 一生こういうテキストを読んでいたいな……

人間とおなじ意味で怖いものは弊機にはありません。銃ではかぞえきれないほど撃たれています。自分でかぞえていないだけでなく、元弊社もいちいち記録していないほどです。敵性動物に食われ、大型機械に 轢かれ、顧客の遊びで拷問され、記憶を消去され、ありとあらゆる経験をしました。それでも頭のなかは三万五千時間以上にわたって自分のものでした。これまでそうでしたし、これからもそうであることを望みます。

マーダーボット・ダイアリー

一生こういうテキストを読んでいたいよ……

 そうです。これは私自身の私情の話です。この本に関しては単純に好みとしか言いようがございません。警備ユニットくんさん(無性別)を追っているだけでとても楽しいです。本人(本機)は「ドラマみたいなことは起こらない」と考えていますが、その日常と辿る道は傍目に見る分には明らかにドラマティックです。上巻の巨大船との交流はかわいいし、下巻のペットロボットへの忌避感と顛末は印象に残ります。あと戦闘シーンがもりもりあります。

 人間になりたいと願ったり、人間性に目覚めたりするのではなく、人間ではないボットの主観のまま描かれていく心の連続性と獲得する新たな感情。
 人間が苦手と自認する弊機ですが、嫌いではないんです。下巻の終盤では人間を助けるために危険な場所に突っ込んでしまいます。でもその行動はけして崇高な自己犠牲精神から来たものではありません。
 その理由は、この日記に書いてあるので私から語るのは差し控えましょう。弊機は当該固体のプライバシーを尊重します。



 最後までお読みいただきありがとうございました。

 この中から特におすすめとして一冊選ぶなら……と言っても相手のことを知らないとおすすめはできないのですが、SNSに疲れた人にはHumankind、今すぐちょっと助かりたい人には親切人間論、私と気が合う人にはマーダーボット・ダイアリーをおすすめします。


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