見出し画像

1つのスペースを巡る攻防 ~J2リーグ第20節 アビスパ福岡 vs レノファ山口FC 振り返り~

2019年Jリーグ第20節 アビスパ福岡vsレノファ山口FCの試合は,2-4でレノファ山口FCの勝利となりました。今回はその試合の振り返りです。

前回の試合の振り返りはこちらです。


初めてのミラーゲーム

この試合は,お互いのフォーメーションが同じ3-4-2-1のミラーゲームとなりました。これは,福岡山口ともに初めての経験でした。

福岡は久藤監督に変わり,柏戦から3バックを採用しています。その中で,柏・徳島は4バックでゲームに臨んできました(徳島は後半途中からミラーゲームにしてきましたが)。つまり,開始の時点で相手も同じフォーメーションで来ることがわかっている試合は,この山口戦が初めてでした。

一方の山口も水戸戦から3バックを採用しました。その中で,水戸・横浜・岡山は4バックであり,前節の岐阜は3バックながらも中盤は3枚で2トップというフォーメーションでした。山口も3-4-2-1のミラーゲームはこの福岡戦が初めてでした。

3-4-2-1のミラーゲームでは,お互いの配置が噛み合い,数的不均衡の場所が生まれづらく,基本的に1vs1の状況が多くなります。そういった試合では,どこにどうやってズレを作るのかという点がポイントになると思います。試合が始まる段階では,こういった部分に注目していました。

そして,実際に試合が始まると,両者の守備に対するスタンスの違いによって勃発した「あるスペースを巡る攻防」が試合の流れを左右することになりました。ですから,この試合の振り返りはこの1点に絞って行なっていきたいと思います。


ミラーゲームの中でも異なる両者のスタンス

まず,この試合での両者のスタンスの違いを見ていきましょう。

先に山口です。山口はいつも通り前線からプレスをかけていきます。1トップの山下がキーパーのセランテスにまで行くぐらいのプレッシャーをかけます。最終ラインのビルドアップを助けようと下りてくる選手に対しても佐々木が積極的に捕まえに行っていました。特に,下りてくるシャドーの石津に対して前貴之がかなり深追いをしてついて行っていました。

ミラーゲームであるからこそより人を基準についてきやすいのですが,相手についていくことで自分達からスペースを空けてしまうことにもなります。いかに局面を作ってボールを奪い切れるかがポイントとなります。

対する福岡はボールを奪いに行きませんでした。センターサークルぐらいの位置に1トップの森本を置いて山口を待ち構え,山口が縦パスを入れてきたところを狙っていました。

この守り方の欠点は,1トップの周りのスペースを使われ,ラインが下がってしまいやすいことです。ですから,1トップと中盤の4枚の距離感を短くし,ラインを下げすぎないことがポイントとなります。さらに,1トップの選手が相手のCBの選手に対して縦パスを入れさせないようにプレスをかけて外に追い出すこと,そしてもし後ろを使われてもプレスバックを高い強度で行うことが必要となります。

このように,お互いにフォーメーションが同じでありながら,守備のスタンスにズレが生まれています。このズレをどう突き合っていくかが見所となりました。


前半は福岡,後半は山口

ここからは,このスタンスの違いによって生まれた「あるスペースを巡る攻防」について振り返っていきたいと思います。

その「あるスペース」とは1トップと中盤の4枚の間のスペースです。特に福岡のボール非保持でのこのスペースが試合のポイントになったと思います。

このスペースを山口に使わせなかった福岡が前半の主導権を握り,このスペースを使うことができた山口が後半の主導権を握った試合になったと思います。

前半は1トップの森本からの強度の高い守備で福岡が主導権を握りました。まず,森本が山口のCBに対して外に誘導するように追います。そしてボールが外に出ればシャドーの石津や木戸が一気に圧力をかけます。また,森本が誘導したCBがそのままボールを運ぼうとすれば森本が後ろからついていくことで自由を奪います。さらに森本の後ろで待っている佐々木にもしボールが入ったとしても,ボランチの田邉や喜田が潰しに行きます。

これを高い強度で行うことで山口の前進を阻んで行きました。

実際のプレーで言えば,例えば33分のシーンです。楠本からのパスを福岡の網の外で三幸が受けた場面を見てみてください(25秒付近)。三幸は自分でボールを運んでいくことを選択します。しかし,1トップの森本が後ろから追っていくことで三幸の自由は奪われ,ボールは外に出ます。三幸から高井にパスが出ますが,木戸が対応しているので高井はボールを下げます。この時三幸が間でボールを高井から受けようとしていたのですが,ボランチの喜田がそこを狙っており,高井は三幸にパスを出せませんでした。

そして菊池から楠本に再びボールが渡ります。するとまた三幸が網の外に下ります。ここで楠本は自分で少し運んで,間にいる佐々木にパスを出します。しかし,2人の距離が近く,森本のプレスバックの圧力を受け,楠本に戻します。このシーンで,森本を下げさせたため楠本は三幸にボールを預けます。この瞬間に三幸は再び佐々木にボールを預けようとします。ただ,ここは喜田が強い圧力を佐々木にかけ,前を向かせません。そしてボールを外に追いやります。その後菊池から縦にパスを出すもののそれがズレて福岡がボールを回収しました。

この一連の場面は福岡の守備のいいところが存分に出たと思います。この場面以外でも26分の三幸から前貴之へのパスに対する石津の戻りであったり,40分から41分にかけての佐々木匠に対する森本の潰しであったり守備の強度が非常に高いシーンが目立っていました。

この守備に対して山口は打開策を見いだすことができませんでした。さらに,自分たちの前線からの守備もハマらなかったことで苦しい前半となっていました。

山口の守備がハマらなかった要因は,福岡がそれに対して準備をしてきたことが挙げられます。福岡が準備してきた策は2つだったと思います。1つは山口の前からのプレスに対して石津がボランチの脇に下りてきてビルドアップを助けることです。これは徳島戦でも見られていましたが,この試合でも終始行われていました。もう1つはロングボールを使うことです。山口が,前線から奪いに来るということは当然その裏にはスペースがあるわけですからそこを活用しようということです。特に,ロングボールのこぼれ球を福岡は拾うことでチャンスを作っていました。それは,山口が前線から奪いに行くことによってボランチと最終ラインの間が広がってしまい,山口のボランチが戻りきれないところが要因でした。

福岡の1点目とPKを獲得したシーンはセランテスからのロングボールのこぼれ球,2点目も田邉からの中距離のパスのこぼれ球を福岡が拾ったところがきっかけでした。


しかし,後半になると一転,山口が福岡の1トップと中盤の4枚の間のスペースを使えるようになりました。

現象として現れたのは,51分35秒あたりの山口のビルドアップです。この場面は,菊池と三幸がパス交換をしながら(ミスしかけましたが)相手を動かし吉満にボールを返してからのプレーです。

吉満がボールをキープしている時の福岡の選手のポジションに注目してください。吉満からパスを受けようとしている楠本に対して,森本と石津がちょっかいをかけられる位置にいます。ただ,中盤の選手は画面の外にいる状態になっています。つまり,福岡の前線と中盤のラインの距離が広がっていることが読み取れるわけです。前半はこういった場面はほとんど見られませんでした。

ですから,この後このスペースで三幸がまんまとボールを受けることに成功します。吉満から菊池にボールが渡り,森本が寄せてきます。それに対して三幸が斜めのポジショニングを取ることで菊池からパスを受けることに成功しました。

これが,前半との違いだと思います。この場面では,三幸と高木の意思が合わずミスとなってしまいますが,この後も山口はこのスペースからチャンスを作っていきます。

例えば,60分47秒ごろの三幸からのパスで高井が裏に抜け出したプレーや70分49秒の三幸からのパスで瀬川が相手の背後を取ったプレーも三幸がパスを出した位置は1トップと中盤の間のスペースでした。

このように,前半は使うことができなかったスペースを使うことができるようになり,山口は主導権を握り返していったのだと思います。こうなった要因は1つではないと思います。

考えられることとしては,まず森本や石津の守備の強度が低くなったことが挙げられます。森本は前半からプレスバックを何度も行っていましたし,石津はボランチの脇でボールを受けてゴール前に入っていくという攻撃面のタスクに加え,前貴之へのプレスも試合を通して続けていました。

そのこともあってか,後半になると森本は自分からアクションを起こすことができず,相手の動きに対して反応するリアクションの守備になっていたように見えました。また,攻撃から守備への切り替えの部分で戻りが遅くなっていたようにも見えました。

そのために福岡の中盤のラインも上げることができず,前線との距離が広がっていったのではないかと考えます。

それから,後半の立ち上がりに福岡が前線からのプレスでボールを奪いに行ったように見えたことも関係していると思います。前半はセンターサークル付近で待ち構えることが多かったのに対し,後半の立ち上がりは積極的にプレスをかけていました。前に出ていけば後ろが空くところを突かれたシーンもありました。

このような様々要因が積み重なって,山口は主導権を握り返していきました。


流れに関係ないセットプレーの重要性

私としては,山口が何かをしたということよりも福岡の変化が大きく影響したと見ています。そういった意味では,前半を2-1で終了したことが両者にとってポイントだったと思います。

福岡としては,前半の時間でもっとリードをしていたかったはずです。後半の守備の強度の低下を見ると,前半で試合を決めたかったところだと思います。3-0で折り返すことが十分考えられる内容,展開だったわけですから非常に痛かったでしょう。後半は,選手交代によって強度の低下を補おうとしていましたが,それでは対応できない流れになってしまいました。たらればを言えば,ヤンドンヒョンを投入して1トップの強度が増すかもしれなかったタイミングで3点目を取られたことはアンラッキーだったかもしれません。

山口としてはその逆で,前半を1-2の1点ビハインドで折り返せたことが大きくものを言いました。その点ではPKストップした吉満はMOM級の活躍だったといえるでしょう。また,流れがなかなか自分たちに来ない中で強引な突破からセットプレーを獲得し,そのセットプレーから得点を奪うことができたのは大きな前進だと思います。サッカーは得点が動くことで流れが動くことが大いにあるスポーツですから,自分たちの良くない時間にセットプレーで得点を奪うことは非常に重要です。それが,逆転勝利につながったことはチームにとって大きな前進だといえると思います。


さて,6月を無敗で乗り切ったことで少しずつ上が見えてきました。しかし,1試合ずつ足元を見て戦っていく必要がありますよね。この流れを途絶えさせないような7月戦いになることを期待したいと思います。


*文中敬称略







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?