好き、のその先
楽屋の廊下は人の往来でごった返し、むっと汗くさい熱気と嬌声に包まれている。人の頭と頭の向こうに、彼の笑顔が見え隠れする。久しぶりに見る顔、会いたかった笑顔。
ひとめで、これまでの何もかもがやすやすとほどかれていく。
異なったジャンルがコラボするダンスイベントで、私の所属するグループは、彼がリーダーを務めるグループと組むことになった。
彼とは、気まずいやりとりがあって以来疎遠になり、そこからはや数ヶ月が経っていた。どんな顔をして会えばいいのかわからず戸惑いながら、心は嬉しがっていた。
イベント当日、彼とスケジュール表を一緒に見ながら話をした。わだかまりもなにもなかったかのように、和やかに。足りなかったのはこれだ、と思った。空虚で低温だった私の中身が息を吹き返し、あたたかく静かに満ちていく。
気づいたら、彼に肩を抱かれていた。そんなに近くにいたら、周りの人たちに勘繰られてしまう、と思いながら、ふりほどけない。人前でそんなこと、してくれたことなかったのに。してほしかったのに。
私も彼も、なにもいわない。
この大きな手のひらは、いまは私だけのもの。
好きなのだ。
どうしようもなく。
どうしたいともなく。
忘れたつもりでも、呼び寄せてしまうほど。
なのにもう、どうしようもない。
どうしようもないのだろうか。
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エアコンの効いた涼しい室内で、さらりとしたラグに寝転がってタオルケットをかけ、うとうととまどろむ至福。
夢なんて、しあわせだけど少しさみしい。
日が暮れかけた窓の外をみながら、薄れゆく余韻に浸る。
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