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元気があれば喧嘩も出来る

うちの家族は私も含め、一様に我が強く、思い込みが激しい。母と叔母はネガティブに偏りがちで悲観的。その性質が私を呑気な楽観主義に仕立てているので、そうやってバランスをとっているのだなと感じる。ただ、私同様楽観的だった祖母がいなくなってからは、ネガティブ×2対ポジティブ1で、形勢不利になることも多い。

はしかが流行っているので、ワクチン打った方がいいかなと思い、母に既往歴を尋ねたのがはじまりだった。

住んでいる区では助成制度があり、風疹の抗体検査値が低ければ、風疹&はしかの混合ワクチンが無料で受けられる。私が抗体検査に行き、結果が出るまで3~4日ほど待っているあいだ、ひっきりなしにはしかの恐ろしさを説く連絡が実家から届き続けていた。

注射受けるって言ってるのにうるさいな、と思いながらも聞き流していたら、風疹抗体は問題ないため助成対象外、自費ではしかワクチンを打ってくださいとの検査結果。そうかと思い、ワクチンの予約をしようと思ったら、どこの病院にもワクチンがないとのこと。まじか。

その旨を実家に報告したら、ふたりとも「私がはしかにかかりすぐさま命に関わる」というネガティブ妄想にとりつかれてしまった。ワクチンはどこかにあるからすぐ受けろ、と矢のような催促が続くようになり、いい加減嫌になり喧嘩になってしまった。実際、病院に問合せをしまくり、「ワクチンの在庫が尽きて入荷未定」の一辺倒回答をくらったので、いま受けられないのは私が悪いわけではなく、受けたくないわけでもないのだ。

言い争いしたところでないものはないので、諍いは自然と終結に向かった。その流れで、今度帰省する話をしたら、いま車に乗れないと叔母が言い始めた。尋ねたら、事故って修理中だという。はしかの恐ろしさを私に説き伏せようとしている真っ最中の事故だった。

なってもいないはしかに対してばんばん説教してたのに、なんでリアル事故のことを黙っていたのかと聞いたら「心配かけると思って」の一言。
違うんだよな、なんかずれてるんだよなと思いながら、伯母も相手も怪我はないようだし、しょぼくれた様子を見せたので黙っていた。

元気でいてくれればいいや。
事故っても生きてくれてるから喧嘩も出来る。


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